難しいお年頃なの
くわぁっと欠伸をした#名前2#に眠いのか?と声をかけた。 「いや、ちょっと朝から疲れただけだ」 「珍しいもんな、お前がこんなに朝早くから来るなんて」 #名前2#は少しだけ口を曲げて「色々あんだよ」と呟いた。こいつのうちのカテイノジジョーというやつは複雑で隣のクラスの衛宮に今は世話になってるらしい。衛宮のことは有名だ。頼めば何でもOKする断れない男だとか、いい女が集まる男だとか、この#名前2#との関係とか。#名前2#は噂に疎いというか、クラスでも腫れ物扱いされてる所があるのでそういった噂はこいつに届かない。ただ、女子達はもっぱら衛宮士郎と#名前1##名前2#の恋路というものに興味を持っているのだ。男同士かよ、と思ったのは一瞬だった。あまりにも衛宮が可哀想でならなかった。#名前2#は鈍感ではない。ただ、境遇から恋愛については無視することを体が覚えてしまったのだ。そのせいで衛宮はやきもきとしている。じれったいという気持ちよりも「え、可哀想」という声の方が先に上がるくらいには。 #名前2#は今も恋愛小説なんかを読む俺に「こんなのが面白いのか……」とビックリした声で話しかけてきた。 「いいだろ、面白いんだから」 「具体的にはどの辺が?」 「俺は報われない恋愛とかを見るとめっちゃしんどくてすごくいいなって思う」 「お前、ドラマで当て馬の女子を好きになってしんどくなるタイプだな?」 「大正解」 #名前2#はははっと笑って俺たちの他に誰もいない教室をぐるりと見回した。ぽつりと「告白まがいなものを受けた」と言う。 「そうか。良かったな、ついでにそのトラウマを捨ててこい」 「家族みたいに思ってたヤツだったのに」 思わず吹きそうになった。もう相手が誰か言ってるようなものだ。想定はしていたがやっぱり驚かされる。家族みたいということは衛宮で合ってるだろうが、さらに驚いたのは#名前2#が心底嫌がるし表情だったからだ。返事はどうした、と聞くと何も言ってないと返された。横顔を見つめる。綺麗な顔だ、それも憂いをたたえた未亡人みたいなタイプ。衛宮みたいなタイプに好かれるのも何となくわかる。陰のある#名前2#はきっと家族は別格のように大切にしているものでその身内に入ったが最後、そこに恋愛感情は一切合切無くなるのだろうと思った。身内からの告白なんてありえない。あってはならない。あることは罪である。そんな三段論法が#名前2#の頭の中にはあるのかもしれない。 「真面目に考えてるからこそタチ悪いよなあ」 「何がだ?」 「当て馬になる女の子の話」 「ああ、仕方ないだろ。本気の恋なら」 さも当たり前のように言う訳だが、その本気の恋の相手に#名前2#は選ばれたのだ。これで身内だから、と切ったら今度こそこいつの頭を疑うことになる。 バイトが終わり、今は夜の10時過ぎである。女じゃないしもっと遅くのバイトも入れたかったが高校生であることを考慮してこの時間までしか入れない。タイムカードを切ってぐだぐだと喋りながら着替えて道を歩く。バイト仲間とは途中の道で別れることになっていて今はひとりきり。頭に浮かぶのは今朝のことだった。弁当箱は2つきちんとカバンの中にある。両方全く同じ味だった。中身は違うものもあったが5割は同じ料理だったのだ。二つの弁当を見て、愛妻弁当か、と友人にからかわれたが今朝のことを匂わせると察したように何も言わなくなった。俺とて何でこんなことになってるのか分からないのだ。自分でも知らないうちに何かしていたんだろうか。また、俺は家庭を壊すのだろうか。母のように、また誰かを狂わせるんだろうか。そう考えるととても怖く、カバンの中にある弁当箱を投げ捨てたくなる。自分のせいじゃないと思い込んでも、こうも事が立て続けに起きると嫌な気分になる。 ズボンに手を突っ込み苛立ちを隠せないまま歩いていたら前にぽつんと誰かが街灯の下に立っていた。夜中だというのに黒い服だ。近づくとそれは今朝から頭を悩ませる原因の1人、アーチャーであることが分かった。驚きと少しの恐怖とで固まった俺に「すまない、最近夜は危ないから」とアーチャーは聞いてもない言い訳を言い出した。そうやって隠される方が面倒だ。俺はカバンの中を探るとアーチャーから渡された弁当箱とA4の紙を取り出した。 「ん」 「これは……?」 「俺のシフト。誰が情報流してるのか怖くてやだから自分で渡しとく」 アーチャーは目を丸くさせたあと「すまない、ありがとう」と普通に受け取った。丁寧に端と端を合わせて折りたたみ自分の胸元に閉まった。しまえる機能があったことにまた驚いた。 「あと弁当箱も返す」 「…その、どうだっただろうか」 顔も上げずもじもじと恥じらいながら聞く姿は俺の知っているアーチャーとは全く違った。いつものクールでカッコつけみたいな彼はどこに行ったんだろうか。 「あー、量が多いな。二人分はきつい」 「! それはあいつも持ってきたからだろう……。味は、悪くなかっただろうか」 「……うん、うまかった」 俺の言葉にアーチャーは朗らかに笑った。一瞬誰かが重なる。だが、それが分かるほど俺はその笑顔を見なれていなかったらしい。弁当箱を返して2人で家まで歩いた。玄関にはセイバーがでんと立って待っていた。 「セイバー? どうしたんだよ」 「おかえりなさい#名前2#。いえ、少し気にかかることがあったので」 そう言ってセイバーはチラリとアーチャーを見た。アーチャーは素知らぬ顔で「凛を迎えに来る途中で会っただけだ」と嘯く。本当ですか?とセイバーに聞かれたが俺とて「出待ちされてたっぽいー」なんて言えるはずがない。 「そうなんじゃないかな」 それだけ言うのが精一杯だった。 家の中に入ると衛宮が料理を作っていた。いつもはレンジでチン出来てもいいものを置いてくれているのに珍しいこともあるもんだ、と席に着いた。衛宮はこちらを見ないで「お疲れ様、シフト表出たか?」と聞いてきた。 「ああ、あとで藤村先生に渡す」 「……それなんだけど、俺が受け取っちゃダメか?」 「……いいや、構わない」 「ありがとう」 本当は断ればよかった。だが、そうして衛宮が悲しげな顔をすると俺もどうすればいいのか分からない。甘ったれた考えだが俺は衛宮を傷つけたいわけじゃなかった。 ほら、と出されたのは味噌汁とご飯とロールキャベツだった。なかなかにすごいラインナップだったがロールキャベツは割とサッパリした味付けだった。美味しく全て平らげてさて部屋に戻ろうと言うところで「弁当箱出せよ」と声をかけられる。 「すまんすまん」 差し出した弁当箱を衛宮はじっと見つめていた。そしてふっと笑うと「お粗末さま」と背中を見せた。その背中の寂しさは昔の自分を見ているようだった。俺はすぐに部屋に戻った。自分から動いてくるアーチャーと諦めることの方が楽だと知っている衛宮は全く違うのになぜか俺は2人とも似ていると感じてしまうのだ。 全く本当に自分は情けない。結局2人に何も言えなかった。