意外と涙は甘かった

 俺の言いたいことはどちらも選ぶ気はないということ。それは男だから、とか家族のような存在だから、とかではない。俺に、その思いに応えたいという気持ちが全くわかないせいである。  バイト先の常連である金髪のお兄さんは俺を見るといつも「おい、飯はちゃんと食ってるのか」と聞いてくる。 「食ってますよ」 「いつも覇気がなさそうな顔をするではないか。この我が顔を出してやってるというのに」 「そんなこと言われましても」  そんなこと言われても覇気のある顔で「いらっしゃいませ」と声を出すのはあきらめた。常連になればなるほど表情筋が死んでいってしまう。その顔がいい、なんて言う人もいるけれどたいていは「#名前2#くんってそういう顔が普段なの?」と驚く。そういう顔ってどういう顔なのだろう。他人から見た自分にはちょっと興味があった。 「あのお、常連さん。俺、もう少しで休憩時間なんですが」 「ん?」 「ご相談など受けつけてもらえないでしょうか」  金髪のお兄さんはにんまりと笑うとシャツをぐいっと引っ張った。 「いいぞ、聞いてやる」  店長にお願いしてホールで休憩させてもらうことになった。店長は「お前ねえ……」と呆れ顔だったが、常連さんが羽振りもよく注文したので仕方ないとうなずいてくれた。この金髪のお兄さんは人の悩みを聞くといつも「そんなちっぽけなことで悩んでいるのか間抜けが」と人の嫌いなところを抉り出してなぶってくる。自分の嫌なところなどが的確にわかり、かつ立ち直りが早い方向に折ってくれる。いつもの様子からこの人のことを信頼していた。 「あのですね、どうやら同じ時期に二人から言い寄られていまして」 「お前がか?」 「意外でしょう? 俺が一番驚いてます」  いや、まったく驚かんな。と言われてすぐさまなんでですか、と疑問を口にしてしまう。 「うるさい。話を遮るな」 「あ、すみません」  この常連さんと会話するのは結構難しい。タイミングを間違えすぎると機嫌を損ねて店からも出て行ってしまうので要注意だ。今回は水もかけられずに済んだけれど。 「それで、お前はどうしたいのだ。迷惑だと切り捨てるのか」  にやにやと言われて俺はなんで否定を口にしないのか疑問になってしまった。そりゃあそうだ。自分は彼らの行動を勝手に「好意である」と受け取り悩んでいるのだから。海外の文化のように「言わなくても察する」ということをしてしまっている。 「俺、自分から否定したらまた殺されるんじゃないかって」 「ああ?」 「男として俺を欲しがった母も、後継者として俺を欲しがった父も、結局俺のことを殺そうとするんです。俺を好きになる人は、俺のことじゃなくて、俺の命が欲しいのかなって。そう思うんです」  常連さんは黙って水を飲み「馬鹿が」といった。 「お前の命を欲しがるかどうかなんて後から決めればいいだけのこと。無駄に希望を見せることも殺しを引き延ばしているだけだろう。お前が先に相手を殺したのだから、命を狙われるのもまた道理というもの。考えを止めるな、誰かからの答えに乗っかるな。お前がいいたい気持ちを伝えろ」  常連さんはいつもすごい。俺のことを、俺以上にわかっている人だと思う。 「あの、ありがとうございます」 「よい。だが、あとで必ず話を聞かせろ。お前の言葉で結局何人死ぬのか楽しみだからな」  悪趣味な常連さんである。  後継者が必要なあまり俺を誘拐しようとした父は、なぜか今は何も言ってこない。遠坂さんたちが「あんたは心配しなくていいの」と言っていたので彼女たちが何かしてくれたのだと思う。  俺はいつも何かしらのアクションをミスっているのだと思う。もっとより良い選択肢があるはずなのに、危ない方向に足を進めてしまう。今回のこれも合ってるのか俺にはわからないのだ。 「士郎」 「#名前2#? 今日はバイトで遅くなる日じゃなかったっけ?」 「ん、ちょっと代わってもらった」  居酒屋のバイトはシフトを交代するのが面倒なのだが、今日はすごくかわいい女の子がいるので「美人さん大好き!」と言っている友人に代わってもらったのだ。士郎に会いに行くというと友人は「がんばれ! 私、衛宮と#名前1#のこと応援してるんだから!」と返信がきた。残念ながらその期待に応えることはできないとメールを送ったら「ばーーか!!!」というメールがきていた。  馬鹿だと自分でも思う。商店街を抜けて閑静な住宅地の歩道で男を捕まえて話すことでもないのだ。でも、会ったこの時にちゃんと言わねばと思った。 「士郎、俺、人を好きになるってことないんだと思う」 「……。どうしたんだ、急に」 「言っておこうと思っただけ。ずっと考えてた。好きって言われてないのにそんなこと言うの変じゃないかって。でも、言わなくても、俺だって何か行動できるんだなって思って」 「つまり?」 「俺は俺で好きにするから、士郎も好きにすればってこと」  俺のことを好きでいようというなら、俺はそれを否定しない。否定したくもない。ただ、俺はきっとそれを受け入れて、受け止めて大切にすることはできないから。それだけはちゃんと言おうと思った。 「あーあ! 先に言われちゃったなあ。わかった、わかったよ」 「え?」 「俺は、たぶんずっと#名前2#のことが好きだと思う」 「……。さっきの聞いても?」 「あったりまえだろ。何年お前に惚れてると思ってんだよ」  衛宮は俺の手をとり、家に帰ろうぜと笑う。こんないびつな男を好きなままでいるなんて。本当に不思議だ。  翌朝、俺に弁当を渡そうとしたアーチャーに士郎と同じことを伝えた。彼は眼をしばたかせて「君は、この気持ちを嫌がらないのだな」となぜかびっくりしたような声を出した。 「俺のことを嫌がらないお前のほうがびっくりするけど」 「いやなに。人の在り方は人それぞれだ。君がそういう選択をしたなら、私とて選択する。それだけのことだよ」  そりゃあそうだけれど。なんだか達観した物言いだ。俺が爺さんになってもこの気持ちのままだったらどうしよう、と冗談で言うとアーチャーは「いいんじゃないか。それでも我々は君の友人だからな」と笑った。アーチャーは士郎の家にいるときはもっと皮肉ぶってキツい性格をしていたと思うのだけれど。俺の前にいるときはどこか子どもっぽい。  アーチャーは俺を見てにっこりと笑った。今日の弁当は自信作だから、と言葉を添える。 「ありがとう。またバイトの時に迎えに?」 「ああ。そのタッパーを受け取りに。それと、君が元気にいたのかを確認しに」  気障なセリフを残してアーチャーは背中を向けてしまった。俺も教室に戻らなければならない。昨日バイトを代わってくれた友人は俺を見て「もうー!」と怒っていたし、恋愛小説好きの友人は「お前、それは……」という顔をしていた。誰かに言われても気にしない。これが俺の選択である。