欲張りな信者

 母親と二人暮しで、いつもは適当にご飯を食べる。水商売をやって稼いでくれる母に何か頼むのは申し訳なかった。母は産んだ俺のことを可愛がってくれていたが最近は俺のことが邪魔のようだ。いや、あえて邪魔そうにしているだけか。  母は段々と女の目をして俺を見ていた。それを何とか理性でとどめているのは母の客が止めてくれているから。その人と電話をさせてもらったら、君のことを大事に思っている虎さんが僕に仕事をしろって言ってきてねと笑っていた。まあ虎と言われてすぐに思い浮かんだのは藤村先生だしその予想は確かに当たっていた。ふざけたように見せかけてその実、ものすごい洞察力だ。  藤村先生への恩義はそれだけじゃなかった。母から逃げていた俺をそっと自分のスペースに押し込んでくれた。強引な先生だと最初こそ思っていたが、いつの間にかあの先生を大好きになっていた。 「贔屓はできないけど、お友達の家に行くくらいならへーきへーき」  そして俺は衛宮の家にやってきた。クラスは違うからきちんと会話したのはそれが初めてだった。衛宮は理由を聞かずに「どうぞ」と家を開いてくれた。それがどんなに嬉しかったかあいつはきっと知らないだろう。  藤村先生に助けられた俺は週に2回ぐらい、衛宮の家にお邪魔するようになった。下校時間が重なると一緒に帰ることもあったが、向こうもこちらも自分の友達というネットワークがあり、学校内で話すことはあまりなかった。  なので、衛宮が何をしているのかというのは全く知らなかった。 「こんにちは。セイバーと申します」 「よろしくセイバーさん」 「さん付けなどいりません。呼び捨てで結構です。私は、えっと、何とお呼びすれば」 「#名前2#で大丈夫ですよ」 「分かりました」 「#名前1#、夕飯運ぶの手伝ってくれるか?」 「ああ、今行く」  突然現れたセイバーという女性。桜も気にせず対応しているようなので自分も何も言わなかった。衛宮に近づく女の子は桜が1番近くて強くて、俺はてっきり、衛宮は桜と付き合うものだと思っていた。セイバーが現れてから遠坂さんも家に来るようになったし他の人たちも衛宮の家に来るようになった。突然増えた外国人たちの名前も何とか覚えている。  桜と一緒によくいるメガネの人がライダー、遠坂さんと一緒にいる褐色の人がアーチャー、魚屋でバイトしてるランサー。衛宮の妹?姉?のイリヤちゃんもたまにバーサーカーって名前を出すけど会ったことがない。  俺の交友関係はそこから広がることはなく、それまで通り母から逃げるように何とか暮らしていた。だが、ある日俺は失敗した。母の枷をわざわざ自分から外してしまった。ランサーに進められた酒を母のために買ってきた。疲れた時に窘めるよう、手紙を書いて瓶に一日飲める分の線をつけた。言い訳をすると母へ俺からアクションを起こしたのは本当に久々のことだったのだ。熟睡していた夜、母は俺の部屋に入ってきた。藤村先生と相談してつけた鍵は包丁で壊されていた。どれだけの力を使ったのか母の腕はボロボロになっていた。結局母とは未遂に終わった。腹の上にのしかかられて気分が悪くなり俺は起きた。  母と一緒には暮らせない。これ以上は無理だ。  初めて母を疎んだ。あんなに大好きだった母を、たった1度俺が語りかけたせいで嫌いになった。その後は藤村先生と衛宮の好意により、衛宮家に居候することになった。一応は藤村先生の庇護下ということになっている。大変そうだったら養子縁組までするから、と言ってもらって本当に有難かった。 「ということで、#名前2#くんも今日からここに住むわよー!!」 「藤ねえはいつも突然だな……。まあ、そろそろかなとは思ってたけど」 「ふふ、先輩。ちょっと嬉しそうですね」 「う、嬉しくなんか!」 「士郎ー? そんな態度取ったまんまじゃ一生伝わらないわよー?」 「セイバー、隣の部屋になるのでよろしくお願いします」 「!!? わ、分かりました……」  セイバーは士郎にあたふたと話しかけていたがもしかしたら俺がセイバーを襲うとでも思われてるんだろうか。そんなクズみたいな男とセイバーに思われてたんだろうか。 「桜ちゃん、俺セイバーのことは襲わないから安心していいって言ってもらえる?」 「えー、言わなくても分かってますよお。むしろ、やったら逆に殺されちゃいますよ」  桜ちゃんにリアルトーンで諭された。俺が何をしたって言うんだ。こんなに無害でいるように努めていたというのに。士郎にも同じことを言ったら顔を赤くして「そう、だな。伝えとくよ」と言われた。いや、セイバー以外にも襲わないよと念を押すと分かってる!と大きな声で言われた。ちょっと怖かった。  母との確執を自称父の男が聞きつけてやってきた。不倫だったという男は自分の家に女しか生まれなかったので俺を引き取りたいと言い出した。藤村先生とも相談しなければならない、とその場は濁して衛宮の家に戻った。  今までの迷惑料としてお金は払われるらしい。父親側の家について調べてみると家系図のようなものもインターネットで見られるようになっていた。大きな家のとある息子が俺の父親。なんで今更俺を引き取りに来たのか。絶対に裏があるのだろう。  父親の誘いを藤村先生と一緒に断ったあと、衛宮に蔵へ来てくれないかと言われた。あいつが蔵で時々何かしているのは知っていたが、藤村先生とした「士郎たちから言わない限り、私たちも何も言わない」という約束を守っているつもりだった。まさか何かあるのか?と思いながら蔵へ行くと士郎は古びたラジカセを修理していた。  なんだ、と安心して近づくと「ごめん、ちょっと重いもの動かしたくてさ。男手が必要で」と笑いかけてきた。ラジカセを修理するのにそんな重いものが必要なのかと思ったがとりあえず中に入った。 「……」  衛宮は黙ってこちらを見ている。笑顔だが、その笑顔が怖い。 「なあ、#名前1#はここ出ていくのか?」 「……? 何の話だ」 「アーチャーから聞いたんだ。親戚に引き取られるって」 「親戚……ああ、あの人は父親のようなものだよ」 「へぇー、父親か」  士郎の顔がゆっくりと雰囲気を変えていく。まるで別人のようだった。震える声で士郎のことを呼んだ。普通の声だ。そのはずだ。なのにどくどくと心臓がうるさく冷や汗が出てきた。恐ろしくなり電話がかかったと嘘をついて蔵から出た。士郎が俺に戻って来いと言わなかったことが幸いだった。  家の中に入りキッチンで何か飲もうとしたら襖を開けたところで人にぶつかった。いい匂いが漂っている。また料理のことで士郎と喧嘩するだろうに、この人は懲りない。 「#名前2#、大丈夫か」 「アーチャー……。来てたのか、気づかなかった」 「君が学校に行ってから来たからな。それよりバイトはどうした」 「シフト交換したい人がいたから代わった。士郎には晩御飯食べるからよろしくってメールを打った、んだ、……」  ふと気づいた。俺は、この男にバイトの予定など話したか? いつも決まったシフトに入れている訳ではなく、1ヶ月ごとにバイトの人たちで相談しながらシフトを入れている。保護者である藤村先生とご飯を作ってくれる士郎にはメールでシフト表を添付して送信しているが……。桜やセイバーには伝えていない。士郎も俺の母親のことを知っているので情報を漏らさないようにしてもらっている。遠坂にも伝えてないのだ。こいつは、どこから情報を仕入れたんだ? 「#名前2#? 顔色が悪いぞ」 「え、あ、いや……。ちょっと体調が悪くてな」 「大丈夫か、粥でも作ろうか」 「い、いらない! 大丈夫、大丈夫だから……ごめん、ちょっと部屋に戻るわ」  部屋に急ぐと畳んだ洗濯物が机の上に置かれていた。1番上に置かれた下着にさっきの恐怖も相まって気持ち悪さを感じた。箪笥にぶち込み、ベッドに隠れた。母と暮らしていた時のことを思い出した。 ・ ・ ・  翌朝、日直だと偽り家を早くに出た。弁当はいらないと言ったのに校門より前方のところでアーチャーが待っていた。俺の弁当を持って。相変わらず変な身体能力をしている。家を早くに出た意味は全くなかった。 「忘れ物だ」 「……ごめん、ありがとう」 「いや、いい。君が腹ぺこになり変なところで買われたり誰かのものを食べるのも嫌なのでね」 「うん、そうだね」 「…昨日、体調が悪いと聞いたので今日は栄養たっぷりの料理でまとめている」 「うん、そうだね」 「……。私が、君のために弁当を作ってきたと言ったら笑うかね」 「うん、そうだ……ね!?」  適当な返事をしていた俺が顔を上げる。アーチャーは満足げに笑っていた。やっとこっちを見たなと顔が言っている。 「#名前2#! お前、弁当忘れてるぞ!」 「うん、衛宮!?」  何で衛宮がチャリをこいでこっちに来てるんだ。それに弁当を持って。今、手元にあるのは……まさか、さっきのセリフは冗談じゃないのか。アーチャーの方を見るとやつは不遜に笑っていた。 「アーチャー、お前……」 「なんだ、朝から避けられたというのにわざわざ運んでやったのか。お気楽な男だな」 「#名前1#! お前、騙されるなよ! こいつ、体のいい事言ってお前に何か良くないものが入ってるの食わせようとするからな! ていうか、いつも俺の弁当食ってるだろ!!」 「なにか良くないものって……」 「心外だな、昨日の体調の悪さを気遣って油のカットしたヘルシー料理ばかりだぞ。そちらこそ苗字でしか呼べない自分を隠し、親密さをアピールするのはやめたらどうかね」 「……」  何かもう俺が話すのも馬鹿らしくなった。言い返そうとする衛宮から弁当を受け取り、アーチャーからの弁当もカバンにしまった。どちらがどちらか分かるように士郎の方には制服にいつも入れているボールペンを挟み込む。 「両方食べるから、学校行かせてくれ」  二人が落ち着いたわけではなかったが、アーチャーは遠坂さんの家に、衛宮は一緒に学校に行くことになった。衛宮は俺のことを名前で呼んでいいかとわざわざ聞いてくる。 「……セイバーたちが呼んでるの、羨ましくて」 「そっか、じゃあ俺も士郎って呼ぶ」 「え、いいのか?」 「苗字変わるかもしれないし、名前の方がいいだろ」  俺の言葉に士郎は何を思ったのか顔を赤くさせて「そ、そうだな」と上ずった声を出した。セイバー、桜、遠坂さんと一緒に居るのに俺にそんな表情を見せる士郎は頭がおかしいんじゃないか。