Diva「騎士」「眩む」「色彩」

 #名前2#先輩はやっぱり綺麗な王子様みたいで、俺はその輝きに目が眩んでしまった。金髪の王子様と緑色のお姫様。カーム先輩をお姫様と呼んだら怒られそうだけど、その鮮やかな色彩に自分は苦しめられていた。自分と彼の距離感にがくぜんとした。人混みの中心にいる#名前2#先輩とそれを乗り越える自分とがいた。  何の話をしていたのか詳しくは聞けなかった。聞いた方が余計に辛くなる気がした。  自分の部屋であの時感じた何かはなんだったのか書きなぐった。やっぱりこれはただの妄想だ。あの、あの本物を見たあとで「この人の小説を見るのが好きだ」なんて言えなかった。苦しい。恥ずかしい。嫌な気持ちになった。なんでか分からないがさっきまであったはずのあの気持ちはどこかに消えてしまった。監督生。あいつは、なんで、本物と一緒にいるのにxreaderが読めるんだ? 分からない。ただ、今は自分のこの気持ちがなんなのか分からなくてそれだけが辛かった。震える手でスマホをいじる。エースとデュースにそれぞれ「監督生の連絡先を教えて欲しい」と頼んだ。2人とも返事を直ぐに返してくれた。  デュースはオススメの小説読んでくれたか?と聞いてくる。ああ、返事をしなきゃ。そう思うのに体は動かなかった。  翌朝、監督生の方から「私に用事があると聞いたんですが」とテクストを送ってきてくれていた。話しにくいことだから直接聞きたいんだけどと言うと「放課後うちの寮で大丈夫ですか?」とすぐにセッティングしてくれた。助かる。それまでにマットは自分の気持ちを整理させようと思った。  試しに昨日の作者のxreaderを読んでみた。(y/n)の単語はやっぱり自分とは思えなかったがディストラーに求められるという快感はあった。なんだろう、この気持ちは。一応はromanticに入るはずなのにマットは自分のことが1番よくわからなかった。  授業を終えて直ぐに監督生の席に行くとグリムが「なんだよ、昨日の今日で!!」と怒っていた。 「ごめん、ツナ缶は持ってきた」  ユウに教えられて買ってきたのだ。グリムはそれに飛びついて「ファレルもいるし、今日はツナ缶パーティーなんだぞ!」と叫んでいた。ツナ缶のパーティーとは一体……。 「昨日はハーツラビュル寮にお邪魔してすみません」 「あ、いや」 「あれ? それ関係じゃないんですか?」 「……」  関係している、にはしている。ただこれをサーシャたちに言うのはなんだか恥ずかしかったし切り捨てられそうだと思ったのだ。この気持ちが嘘だと言われるのならそれはもうxreaderを読む心も捨てられそうな気がした。 「#名前2#さんとは単純に目的地が同じだっただけで何も無かったですよ」 「あ、いや、そうじゃなくて」 「??」  xreaderを、本人を前にして読むのってどうなのかなあ。  マットのか細い声を聞いてユウはぽかんとした顔で「そ、そんなことですか……?」と聞いてきた。 「そ、そんなことって」 「話は聞いてもらった方が早いかな……。あ、オンボロ寮にぜひどうぞ! ほらグリム行くよ」 「んあ? おみゃーらが変な話を続けてるからもう暇で暇で」 「はいはい、グリムには早い話だもんね!」  わいわい言いながらべろん、と鏡が取り出された。 「え、なにこの鏡……」 「あ、これはファレル先生が作ってくれたオンボロ寮の入口です。ホウキもないし大変だろうって」  どうぞどうぞ!とユウに急かされていつも通り鏡の中に入るとオンボロ寮の中らしき場所にでてきた。少し埃っぽいが家具などは想像以上に綺麗にされていた。グリムとユウも後ろの鏡から出てくる。器用なことに鏡の中から先程の鏡が出てきた。 「すごいね、それ」 「ファレル先生におねだりしちゃいました」  にこにこと笑うユウは鏡をしまうと「ファレル先生ー? ただいま帰りましたー」とぱたぱた中に進んでいってしまう。どうしよう、と立ち尽くしたマットに「そこのソファー座るか?」と声をかけてくれたのはグリムだった。 「あ、ありがとう」 「xreaderってのは……俺は読まないからわかんねーけど、ユウはあれで救われてんだにゃ」 「救い……?」 「あいつ、異世界から来てるから。家族が恋しいんだにゃ」  それ、で。xreaderを読んでいいという理由になるのだろうか。分からない。この世界の考え方はよく分からない。いちいち覆面でのアカウントを作る理由も、それがバレたら叱られる理由も、見えてないからって創作してそれを読んでいる自分もよく分からない。 「ふぎゃっ!! な、なんだよ、お前、泣いてんのか?」 「え?」  なぜだか涙が止まらなかった。自分の欲望もその消費の仕方も自分には重すぎたのだ。  ファレル先生は話を聞いて「そんな大変な重荷背負ったのか」とあっけらかんと言った。 「先生、でもそう言われることもありますよ。だって好きな人が色んな人にこう、欲求の対象になってるってことですし」 「いや、それが重いっていうか。何て言えば分かりやすいんだろうな。好きな人だからってそんなプライベートなことを踏み込んで考えるのが真面目だし、重荷になるってことだ」 「は、はあ……」 「ファレル先生の言葉がきついので噛み砕くと、人に迷惑かけない程度に自分の好きなことしてればいいんだって話です」 「好きなこと……でも、自分の知らないところでその、好かれてるとかって、」 「人に好かれるだとかは普通だろ。それが形になったところでディストラーも俺もギフトだって気にしてないさ」 「そ、そうかもしれないですけど」 「気持ち悪いから制限するっていうのは、本人だけが言えることだ。そこに同調するやつもいればできないやつもいる。ディストラーたちは拒否するつもりはないそうだ。だがハーゲンシェイトは自分が描かれるのは嫌だって言うからそれは投稿させないように監視してる」 「あ、じゃあ、監視って本当に?」 「やってるよ。嫌がる奴らもいるけど、この学園内でトラブルが終わるようにって自省も兼ねてる」 「なんか、あったんですか?」 「ちょっとな。妄想と現実の区別がつかなくなって、妊娠しただなんだと大騒ぎ」 「……こわっ。女子怖っ」 「女子というよりも、その妄想にしがみついて#名前2#としゃべってたギフトにナイフを投げたんだ。あれを見たときに#名前2#がひどくショックを受けて、今の形に至る」 「#名前2#さんは王子様。王子様との恋物語はそこでしか見られませんって形」  始まりはもっと小さなサイトだったが噂が噂を呼び、この3年間で本当に大きな勢力となってしまった。好きなものに対する成長速度というものは恐ろしいくらいに強い。 「まさかそれで俺のやつが書きたいって投稿が来るとは思わなかったけど」 「あっ」 「自分はそれで助かっております。本当にありがとうございます」 「俺も昔は役者してたし、その時に色々とあったから慣れてるけど」 「そうだった、んですね……」  ファレル先生、騎士役でプチブレイクしてその時のxreaderが多いんだー、とユウが教えてくれた。 「今は騎士の面影なんてどこにもにゃーけど」 「役の話って言ってるだろ~」  ファレル先生たちのアカウント管理だとか、xreaderの話は少しだけわかった。十分に頷ける、とは言えないけれどそれでもxreaderがあることで嫌な気持ちをする人を減らそうという根底があったことを知れたのは大きな収穫であった。  そして思ったのは、xreaderでのあの気持ちと本物を見た時のあの気持ち。マットは元々はこの苦々しさを解明したくてユウたちに相談に来たのだ。マットを置いてわいわいしているオンボロ寮の3人に「あの、」ともう一度声をかけた。 「xreaderって、その、役者じゃなくてその中の人を好きになってるって。こと、なんですけど。その場合って……」  ユウは「あー、」と頷いたあと難しそうな顔をした。ファレルの方はもう話すことも無いと思ったのかのんびりと紅茶を飲み始めている。 「自分の話ですが、ファレル先生に恋人ができても結婚してもおめでとうって言いたいしその幸せを願えるんです。あの、もちろん恋愛対象にそう思う人もいるってのは知ってるんですけど。でも、マットが、もし#名前2#先輩とずっと一緒にいたいって思ったら……後悔しないように選ぶべきだと思います。この学園を出て、誰か、自分も知らない女性にその隣を取られたら嫌だと思ったりするなら、です」  ユウの言葉選びは丁寧とは言いがたかった。でもそこに込められている気持ちはいたいほど伝わってきた。ユウはきっとファレル先生に対して一定の線引きがされているのだろうと思う。言い換えるならばユウはファレルの幸せの中に自分が勘定されていなくても平気なのだ。  なら自分は? マットはxreaderの、創作の中にいる#名前2#さんのことが好きだけれどそれ以上に存在して会話している#名前2#さんのことが好きなのかもしれない。王子だ、と思って切り離していた彼のことが。見るだけで視線を吸い付けられて、彼を追いかけては悲しくならないように自分がどこかでセーブをかけていたのかも。xreaderはきっと好きだろうと思う。自分もまたなにか読むことがあるかもしれない。でもそれは#名前2#先輩ではなかった。 「ありがとう、ユウ。俺、自分がどうしたいのか決まった」 「あ、よかった。xreaderって自分もこっち来てから初めての概念だったので」  その割にはお前はずっぷりハマってるよ、とファレルがいう。ついでにどれだけ管理できるんですか?と聞いたらアカウントを作る時の確認の時だけは誰かを見ているらしいが暴言などのコメントやF/O選択でのアラートは魔法によるものらしい。 「イグニハイド寮のみんながそういうの得意だから任せたんだ。個人の楽しみは尊重されるべきだろう?」 「ですね」  その日の夜、マットは自分のアカウントからログアウトした。作家をフォローしたあの時の感動も、kudosをタップしたあの感動もとても大切なものだったと思う。それでも、自分には向いてないと思った。