Dandelion「横顔」「輝いた」「春風」

 がやがやした大食堂に今度はエース、デュース、オンボロ寮の監督生とグリムも集まってきた。監督生とは初めて喋る。自己紹介したら向こうは「初めまして。エースたちから話は聞いてます。アレクサンドルさん」と笑っていた。 「サーシャでいいよ。この前はうちの寮長がごめんね、…えっと」 「ユウで大丈夫です。ちゃん付けは得意じゃないので……」  この前、オクタヴィネル寮の寮長がオーバーブロットしたのだ。俺はモストロラウンジの噂を聞いていたので絶対契約しねえ!と勉強していたしサーシャもそうだったと思う。エースたちは契約したとかなんとか。リドル寮長がめちゃくちゃに怒っていた。この騒動を聞いてカーム先輩はけたけた笑いながら自分の寮生たちの写真を撮っていたけれど#名前2#先輩はどうしていたのだろう。ディアソムニア寮の人間とはそれほど仲良くないので全く想像できなかった。俺の中の#名前2#先輩はミュシャの絵画にいるようなイメージなのだ。いつだって春風に髪の毛をなびかせて黒いサングラスの奥でじっとなにかを見詰めている。あの人はそういう生き方がとても似合う。  いくら終わったとはいえ喧嘩した相手の寮とよく仲良くできるなあと思ったが本人は全くそんなこと気にしてないみたいだった。 「えっと、そちらはー」 「マット・リアイソン。よろしく」 「よろしくお願いします」  何と言うか、初対面はすごく普通の子だ。あのリドル寮長に食ってかかった時の姿とは全然違っていた。彼とも彼女とも言えないユウはそのまま「ユウと呼んでほしい」と俺にもお願いしてきた。さっきサーシャにも言ったのに?と思ったがユウなりの処世術だったのかもしれない。  入寮時にトラブルを起こしていたグリムは今は大人しくなっているのかユウとはいい関係を作っているようだった。グリムの口が汚れるとユウがすかさずナプキンで拭くので失礼とは思いながらも笑ってしまった。  xreaderについて俺が何も知らないと聞いて1番驚いていたのはユウだった。カトラリーを落として俺をマジマジと見つめてくる。 「わ、私なんてファレル先生のfamilialめっちゃ読んでますよ…!?」 「ファレル先生のもあるんだ……。ていうかfamilialって家族系ってこと?」 「意外とあるよな、あの先生」  こういう感じで、とユウが自分のブックマーク欄を見せてくれた。見せていいものなのか俺には分からなかったがエースたちは気にしていなかったのでユウに限っては、ということかもしれない。細かなタグとANを見ながらひとつひとつの意味を確認していく。  注意書きというよりも好きなものを見つけさせるためのタグ、か。その考え方は何だか意外だった。ネタバレになるんじゃねえの?と聞くと「それも踏まえてNRYCでは表記が変わるんですよね」と別ページでアイコンを見せてくれた。作品横についている小さなマークだ。 「年齢制限はまあ仕方ないですけど。暴力表現とかあえて言いたくない人は!?マークで、あるよーって教えてくれる人は!マークをつけるんです」 「なるほど……GやTっていうのは……」 「全年齢、ティーン以上、EはR-18ですね」 「細かなアイコンだな」 「AO3も同じようなアイコンだぜ? ほんっとーに何も知らないんだなあ。こっちはそれにreaderの属性をカラーリングしてるって感じ」 「というか、今までよく知らずに生きてきたなあって感じなんだぞ。エースたちだって書いてるのに」  グリムにそう言われて「えっ、そんなのバラして大丈夫か?」と思ってしまった。それが顔に出ていたのか、エースたちは何故かニヤニヤとした表情になる。 「エースたちも書いてるんだ」 「Romanticってわけじゃないけどなー」 「評価されたらその分嬉しいしな」  デュースの言葉にエースがうんうん、と頷いた。マットは自分が書くことになってもそんなあっけらかんと言うことはないだろうなあと思った。他にも教えてもらったのはタグに付けられている性別のマーク。これは男女、男男、女女、複数CPを示しているらしい。ここ男子校なのに…?と聞いたら「女になりたいやつもいるってことにゃ」とグリムに返された。世の中って広い。  他にも教えてもらったのはさっきユウが言っていたfamiliaの話。Romanticはつまり、恋愛要素がある話でpratonicはあまりそういう事もなくて、familialは家族向けで、それ以外のものもある、と。 「いや、これ難しいな…!!」  昨日初めてxreaderに触れる人間にとっては量が多すぎる。数学の公式だってそんなに一気にやらな……いや、方程式の解はやっていたか。 「まあ普通の小説みたいにワクワクしながら読むって感じじゃないからな」 「どっちかって言うとタグを見て自分の性格にあったものを読ませるためのものだなあ」 「なるほど……?」 「Flameもあるけど、ハーツラビュル寮はほんの一部だよ。うちは寮長がアレじゃん?」 「うん、なんか分かる」  そのあとそれぞれのオススメのxreaderを聞いて第一回目の集会は終わった。ファレル先生と一緒に暮らしている(この言い方にはやや語弊があるけれど)ユウもxreaderを読むのはなんだか意外だった。ファレル先生ってアカウントのあれそれをやっているんじゃなかったか? ユウは本当に大丈夫なんだろうか??  それよりも気になったのはデュースから教えられたyandere!#名前1#の文字である。タイトルはまあ、そのままナイトパーティーだとして。いや、yandereってなんだよ。 「それは、なんて言うか、まあ属性を表す記号なんだけどさ」 「? ああ」 「Yandereに関しては好き嫌い別れると思うから。まあひとまず読んでみろよ。その作者さん、かなり有名な人だし」  まずは知らない単語を調べてみたが何だか種類が多いらしくて説明を見ていても目が滑って仕方ない。読んでみるか、と部活をサボりスマホを開いた。結論から言うと、ビックリした。好き、なのか、これは?と首を傾げるものだった。  これはパーティーで羽目を外したreaderが#名前2#先輩に監禁されると言うタイプだった。まあ卒業生なので監禁??というのは置いといてもあの#名前2#先輩が嫉妬でそんなことするのか……?と疑問になってしまったのだ。自分でも知らなかった#名前2#・ディストラーという男への印象だとか欲望だとかがあらわになる。今までただの人気者だと思っていた彼に対する気持ちとマットは正面からぶつかっていた。それは自分がreaderになったら、という欲望との戦いでもあった。解釈と欲望とが噛み合わないのである。#名前2#先輩はアクセサリーを買っても絶対シルバーにしてくる、でもあの人に露店で売られているようなアンティークのものを買って欲しいとそういった細かな違いである。  今回読んだ「ナイトパーティー」主人公もこれでいいのか、逃げるのかと迷ったような動きをするのもイライラした。合わない。きっとこの作者と合わない。いや、デュースとの好みが合わないのかも。yandere!#名前1#を検索して別の作品を読んでみる。長いものを読むのは面倒なのでなるべくone-shotを選んだ。  何個か見ながら並べ替えのやり方もわかった。kudosよりもbookmarkで選ぼう。いろんな人が何度も読みたくなる作品から調べた方がいい。  ソートした先でマットはようやく理想のヤンデレの#名前2#に出会えた。Angustというタグがついていたのでどうなるかと思ったが読めた。むしろ泣いた。reader死んでる……、まて、この時系列は一体どうなってるんだ? あっ、#名前2#先輩がexに、あっ、ああ~~!!! reader! ていうか俺!! そんなことしたんだ!! #名前2#先輩!!! 死体にキスしてる!!! 幻覚みて好きな人をずっと追いかけてる!!!!  もう情緒がめちゃくちゃになりながらマットは読んでいた。one-shotだけ、と決めていたのにその作者の作品リストに飛んでしまった。いっぱいある、と喜んだ。他の作品もかなり面白かった。この人のangustは俺たちの心を苦しめるんだな、などと納得していた。今ようやく気づいたがcharacter deathのタグが多い。ああいう死ネタが多いのかと思いきや、#名前2#先輩からの片思いなども書かれていた。なんだよそれは。つまり死に方というものは精神的な死も含まれると? 初めて見るのにそこまでわかるか!!  むむむっと悩んだすえにマットは初めて作者をフォローした。 「……でも、これ。名前、なんて読むんだ……」  xreader自体は英語で書かれていたがその名前はなぜかアラビア語だった。うねうねした植物にさえ見えてくる。アイコンはきれいな女性の横顔だった。パブリックドメインなどを使っているのかもしれない。とりあえず明日サーシャに話してみよう。そう思ってサボった部活のことはすつまかり忘れてマットはハーツラビュル寮に戻った。  わいわいと談話室が騒がしい。何があるんだ?と人混みの外側にいた1年生の肩をつつくと「マットか。どこいってたんだよ」と興奮したような口でいう。 「い、いやちょっと……」  xreader読んでもだえてた、とは言えない。マットの歯切れの悪さも気にせず彼は「ディストラーさんが来てんだよ!」と教えてくれた。あの、王子がいる。人混みをわけいり、その奥に見たのはうちの寮長と監督生、そして#名前2#先輩の笑い合う姿だった。その光景が何故か目に焼き付いた。