微熱でもにげられない

 なんでもない日には決まりがあるらしい。#名前2#先生は「あのためにローズハートは寮の生徒の誕生日を全部確認してるんだ」と笑って教えてくれた。 「あいつも規則に縛られてるけど、きっとそれが楽なんだろうなあ」 「楽、ですか」 「結局な、決められたレールに従うってらくちんなんだよ。朝起きて、洋服を選ばなきゃならん俺とシャツを変えるだけで普段の制服を変えることはない生徒とじゃ、朝にかける時間が違うってこと」  #名前2#先生はにやりと笑って私たちをそのまま寝かしつけた。パーティーの日は正装だから、と#名前2#先生は洋服を用意してくれた。1年生じゃまだ着替える魔法はないから、って。私はやっぱり女性用のものになるのか、と思ったらすっきりとしたパンツスタイルのものをもらった。オンボロ寮だからなのかゴシック調のそれはグリムとリボンが同じものだ。 「いいなあ、それ」 「トラッポラの方は明日寮生に頼んでもらいな」  #名前2#先生に言われて私は朝は着替えてからパーティーに参加しにいった。エースの作ったマロンタルトもちゃんと忘れずに持っていく。なんでもない日を祝うために寮生全員が集まるなんて不思議だ。ケイト先輩とあとでツーショット写真を撮るのを約束してからエースとタルトを持っていく。リドル寮長は「一応聞くけど、何のタルトを?」とやけにとげとげした目つきで聞いてきた。詫びタルトにも意味があるってことなんだろうか。#名前2#先生はルールに縛られてると楽って言ってたけれど、そうは見えなかった。雁字搦めで窮屈な人だ。エースはわざと明るい笑顔になって「旬の栗をたっぷり使ったマロンタルトです!」と答える。その瞬間、寮長の顔は変わった。目を見開いて口を開けてわなわなと震えている。 「マロンタルトだって!? 信じられない……。ハートの女王の法律、562条! なんでもない日のパーティーにマロンタルトを持ち込むべからず! 重大な法律違反じゃないか!」  わっとまくしたてるようなセリフだった。破ってはいけないルールには思えない。人を傷つけるとかそういう目的でもない、ただのワガママみたいなルールだ。それで、寮長はエースを怒ろうとしている。不思議だった。マロンタルトを持ち込むってことが悪いことか。  私だって、自分の母親に規則を押し付けられてた。スカートを穿かなきゃいけないとか、フリルのついた服を着ろとか、髪の毛を長くしろとか。そういうルールは、結局私のためじゃなくて母のためにあるものだった。私は今、ようやく自分を見つめて自分のことを考えてる。きっとこの人にはそういう経験がない。 「全810条。ボクは全部頭に入ってるよ」 「だから、なんなんですか」 「あ、おい、監督生」 「デュースは黙ってて。そんな、誰のためか分からないルールでエースも、デュースも罰を与えるなら、」 「……だったら、どうだって言うんだい。君はどうせ別の寮の生徒。しかも、魔力を持たない一般人! 君がここにいることもわざわざ見逃しているというのに」 「それらのルールの意味を、教えてください」 「ルールの、意味…!?」 「私はエースのやったことのしりぬぐいを楽しんでるわけでもないんです。巻き込まれた人間ですが、ここまで来たら教えてください。ハーツラビュル寮のルールは、誰のために、何のためにあるルールですか」  リドル寮長は青筋をたてて私をにらんでいた。それでも私は彼を見ていた。楽なそれに合わせてこの人は形を変えているだけだ。 「俺にも教えてください、寮長。タルトを食ったのはエースが悪いと思います。それだけは。でも、今日、パーティーにマロンタルトを持ち込んだからって罰を与えられるのはおかしくないですか。さすがに突飛すぎます」 「ボクに口答えとは、いい度胸がおありだね。いいかい、小さなルール違反が大きな問題につながるんだよ」 「ルール違反がまずいと言っても、意味のないルールに従う意図はないじゃないですか」 「そうですよ! 魔法封じられるのが怖いから言い出せないだけで、こんなのおかしいと思ってる人もいっぱいいるでしょ!!」  でもハーツラビュル寮の人たちはエースには賛同してくれなかった。リドル寮長は自分が一番優秀で一番強いって言うけれど、子どもみたいな支配欲の主張に私は頭が痛くなってしまった。家庭のコントロールと同じだ。家父長制ではなくなったあと、母親が家庭の支配者となった。彼女の機嫌ひとつで私の安息は決定させられる。私たちがお伺いを立てないとこの人は満足しないのだ。 「ボクだって、やりたくて首をはねてるわけじゃない。お前たちがルールを破るからいけないんじゃないか」 「……みんな、ほら、『はい、寮長』って笑って。そうじゃないとどうなるか…」 「………言えません」 「私もです」 「こんなワガママな暴君、こっちから願い下げだ!」 「今、なんて言った?」 「オマエはおこりんぼうでワガママで食べ物を粗末にする暴君って言ったんだゾ!」 「付け加えるとするなら、何でもかんでも思い通りにならないと怒って暴れるしかなくて。誰かに機嫌をとってもらわないと生きていけない人って言いました」  監督生、それは言い過ぎだぞとエースとデュースにじっと視線で言われたけど私は自分の母親と重なるこの人たちが嫌いだった。自分のストレス発散だ。もはや。リドル寮長はすぐにペンを持った。 「オフ・ウィズ・ユアヘッドーー!!!」  グリムとデュースに魔法がかかった。あ、やばい。デュースもグリムも私のことをじろりとにらんだ。いや、今のはグリムも結構悪いと思うんだけど。結局、トレイ先輩とケイト先輩に寮内からつまみ出された。ケイト先輩にはごめんね、と謝られたけど気持ちはおさまらなかった。私もまだまだ子どもだ。私は言いすぎたと思うけど、でも暴君なのは変わらない。私はあのルールについては叫んでよかったんじゃないかと思えるのだ。