純黒の悪夢
「乗ります」 「乗ろう」 「ディモールトベネッ!」 #名前2#はそれだけ言ってワイヤーにつられているかのように高い跳躍でそのまま観覧車の上へと行ってしまう。そして赤井もライフルを持って走り出す。オスプレイのウィークポイントを探す、と言って。 全く、どいつもこいつも……と言った安室の顔はなんだかたぎるような表情ではなかった。 「安室さん、大丈夫?」 「ああ。すまないがスマホのライトと赤井の置いていった工具を貸してくれるかい? ……トラップも外してあるし、解体も進められている。まさかとは思ったが、本当に同一人物だったとはな…」 「え?」 「いや、なんでもないよ」 プチン、とひとつずつコードが切られていく。コナンもできるが、ここは安室に任せた方がいいだろうという判断だ。安室は冷や汗をかいていた。 するん、とゴンドラに入るまではよかったがそこからは大変だった。少年探偵団たちにひっつかれたのだ。「世祖ちゃんー!!」「世祖―!!」「指貫さんーーー!!」「ひょわあぁっ」といった具合に。 少年探偵団たちにもオスプレイのエンジン音が聞こえていてとても怖くなったそうだ。大丈夫、となだめる間にもまたボゴリという音と衝撃が走る。ガラスに顔をくっつけると1つのゴンドラが落ちていくのが見えた。 「……」 キュラソーや#名前2#はどうしただろうか。きっと、#名前2#はキュラソーを助けに行っているに決まってる。でも、世祖は、止めちゃ、いけ、ないのだ。 「世祖ちゃん、どうしよう……」 泣き出しそうな歩美が世祖の腕を抱きしめた。涙は水膜となっていて今にも落っこちそうだ。世祖には迷っている暇がなかった。歩美の手を握り、深呼吸する。目の前にいるのは#名前2#ではない。きちんと、声を出すのだ。はっきりと、相手を見つめて。 「みんあ」 「ここ、あぅ…ぶ、ない。にぐぇ、る」 「……。危ないんですね」 「逃げるんだな」 「わかった。わかったよ、世祖ちゃん!!」 歩美たちの顔がなんだかふわふわとして見える。世祖は自分もまた泣きそうだということになぜか気づけなかった。 コナンは、安室にスマートフォンのライトを貸したまま観覧車の上へとのぼってきた。コナンの推理が正しければ、キュラソーは噴水のライトを見て記憶を思い出す。つまり、ノックリストを思い出してしまう! ライトの光の種類と光度、明度がキュラソーの記憶の鍵なのだ。すぐに#名前2#を助けに行かなければ。メガネのズーム装置でゴンドラを探すと、ある1つからキュラソーと思わしき人物と誰かが抜け出て走っていくのが見えた。あれは、と口にしながらも急いでゴンドラへと向かう。コナンが覗き込むと公安であろう男が1人倒れていた。 「おじさん、起きて! おじさんっ!!」 コナンが叫ぶ間にも組織たちはゴンドラを上げようとする。ガクン、グォオオン。まるで獣の咆哮のように重厚な音がコナンたちの乗るゴンドラを襲った。そして、何を思ったのがゴンドラを落としたのだ! 「くっそおおお!!!」 煙をたてながらコンクリートを粉砕してゴンドラが着地する。特に重いけがもせず生き残れたのは奇跡に近いだろう。 「おじさん、大丈夫!?」 「う、うう……」 「はぁ、よかった」 どうやら意識もあるし、けがもなさそうだ。後で助けを呼びに来るからね!と言い残して(聞いているかはわからないが。)コナンはまた駆け上がる。キュラソーが逃げたということはつまり、ジンはあの爆弾を使うであろうと思ってのことだった。 「くそっ、こんな時に電池が……!」 安室は仕方なくコナンのスマートフォンをポッケにしまう。組織に呼び出されたときに自分のスマホは車の中に隠してきたので、ここにはない。つまり、明かりがない。あと数本。それで、解除が終わるのに…! 「ああ、くそっ!!」 公安といっても、爆弾処理班ではないのだ! こんなの、どうしろっていうんだ! 安室の頭の中には自分を置いていった3人に腹が立つようなそんな気持ちを抱えた。 「#名前2#、あそこ!」 「ん、哀は俺が助ける。キュラソーは子どもたちだ」 「分かったわ」 声がしたと見上げたらそこには#名前2#と組織のあの女がいた。キュラソー。それは、ラムの腹心で、#名前2#が宮野志保と初めて会話した時に出てきた名前だ。ひゅおん、と音がして哀の隣に#名前2#が飛び降りてきた。 「#名前2#さん、なんで…!」 「大丈夫、哀。大丈夫だ。キュラソーは、ジンたちについていかない。そう、選択したんだ。お前らと同じように」 「ッ、」 その言い方は卑怯だ。#名前2#もそう思ったのか「ごめん、今のは卑怯だな」と頭をさげた。 「キュラソーを助けたら俺も世祖も組織の壊滅に手を貸すって言った。だけど、今はそんなことはどうでもいいかな……」 #名前2#はそこで言葉を切って、真剣な目つきで哀を見据えた。 「ジンがこの観覧車を狙ってるんだ。子どもたちが危ない。今、世祖が助けに行ったけどたぶん大変だろうから」 「……手伝うわ」 「ベネッ! キュラソーのところまで連れていく! あとは頼んだぞ!」 ゴンドラが落ちた穴で光が差し込むようになった。安室は何が何だかわからないがとにかくいるか分からない神様に感謝する。配線も雷管も見える。これならば、行ける。 「集中しろ……。焦らず慎重に、そして急げ!!」 プツン、プツン、とまたコードが切られていく。急げ、急げ、急げ! こんな所で死ぬわけには行かない。#名前2#には、松田について聞かなければならないことがあるのだ…! 「あとは、この雷管のコードを……」 プチン。切られた瞬間に、爆弾の作動を鳴らすライトが着いた。 「!?」 焦りすぎて間違えたのか!!? そんな考えがよぎるがパネルには「reception」の文字が表示された。なんとか間に合ったのだ。 「ありがとう、松田……」 そんな感謝も束の間に、銃弾の嵐が鳴り響く。なんとか残りの爆薬を回収しなければ、…! 「安室さん!」 「#名前2#くん!?」 「オスプレイを止めなきゃいけなくなった! 荷物を運ぶの手伝ってください!」 「一体何をするつもりなんだ!?」 「赤井さんにオスプレイのウィークポイントを襲わせます。爆弾の回収をしていたらそのまま誰かが殺される!」 「……くそっ!」 赤井のライフルジャケットに工具や起爆装置、#名前2#たちが回収した爆薬を詰め込み安室と#名前2#は階段を駆け上がる。#名前2#の頭の中では既に先のことがいくつものヴィジョンになって見えていた。 「!?」 ライフルジャケットを運びながら#名前2#は上の方をキュラソーが1人、駆けていくのを見つけた。破られたスカートはスリット状になっていてまるで動くためだけに破いたようだ。急に立ち止まった#名前2#に安室も上を向く。……。正直言うならば彼にはキュラソーと関わって欲しくない。だが、公安として喉から手が出るほど欲しい情報を彼は握っている。 公私混同は安室透としてではなく、降谷零として選択すべきものではない。 「行ってください、#名前2#くん」 「……! すいません!」 #名前2#は迷いなくカバンを床に置き、姿が今にも消えそうなキュラソーを追いかける。まるでフラれた男のように安室には唐突に寂しさが襲ってきた。だが、ここで立ち止まるわけには行かない。組織と立ち向かえるのは、ここにいる我々だけなのだから!! 「キュラソー!」 「#名前2#! やめて、来ないで!」 「ふざけんな! 囮になってまで、お前は命をどんだけ粗末にしやあ気が済むんだ!!」 叫び合いながらも#名前2#とキュラソーは銃撃を避けながら走る。ジャンプし、捕まり、また走る。 と、そこで#名前2#の足場が銃撃により端が崩れた。片足がそこに落ち込み、#名前2#の体が宙へと浮かぶ。 「#名前2#ッー!!」 「来るな、キュラソーー!!」 キュラソーは迷いなく#名前2#を助けに地面をけった。そして#名前2#のことを抱きしめて2人で崩れて海が見える場所へと落ちていく。盛大な水しぶきがあがり、#名前2#とキュラソーは波にのまれた。 「みんな! 大丈夫!?」 「哀ちゃん! 平気だよ、世祖ちゃんが助けを呼んでくれるって!」 世祖は空を睨んだままじっと誰かを待っていた。早く来い。雰囲気が、そう語っていた。そんな世祖に#名前2#がなぜいないのか、と哀は伝えることが出来なかった。キュラソーと#名前2#が走っていくのが彼女にも見えたのだ。あれは、完全な囮だった。 誰も、何も、言えなかった。 赤井、安室、コナンが集まってオスプレイから隠れるように話し合いをする。コナンと赤井は下に。安室はひとつ上の階段を上った通路にいた。 赤井の暗視スコープは既に壊れたらしくこのままではオスプレイのウィークポイントを落とせないと言う。 「ウィークポイントって、どこなの?」 「ローターの結合部を狙えばおそらく……」 「結合部なんて見えなかったよ!?」 「なんとか奴の姿勢を崩し、ローター部分を帯をまくように照らすことが出来れば……」 それを聞いてコナンは自分のボール射出ベルトを思い出す。きっと形を崩せるはずだが……。 「大体の形が分かれば、傾けることは出来ると思う」 コナンの言葉の直後にオスプレイから銃撃がやってくる。車軸を狙ったそれは爆薬に火をつけようとするものだった。赤井とコナンが焦る中で安室だけは一人納得したような顔だった。 「なるほど、それで#名前2#くんは僕に爆弾を預けたわけですね。……コナンくん! 見逃すなよ!!」 安室は起爆装置をわざと組み替えて5秒後に発動させるようにするとライフルジャケットの中に入れてそのまま空に投げた。ピシュンという音から、そのままプラスチック爆弾独特のオレンジ色の煙をあげた爆発が空中で起きた。 ーー見えた! コナンはボールをベルトから出すとキック力増強シューズで打ち上げる。真っ直ぐに向かったボールはオスプレイのモーター部に当たりそれでも尚上へと登る。 そして花火となって光がばらまかれた。 「落ちろ」 赤井の言葉は誰に聞こえるでもなく、ただジンにはそう言われたような気がした。あのシルバーブレッドが……! 腹が立つ。死んでほしいくらいに。ジンは最後の悪足掻きのように、いやまるで最後まで自分の狙いは変えないた宣言するように、車軸に重点的に銃撃を浴びせる。それが奇しくもキュラソーと#名前2#を助けることになるとは思わなかっただろうが。 観覧車のホイールが動き出す。こんなことしてはいけないと分かっている。#名前2#との約束も破ることになる。だけど、しないという未来が世祖には思い浮かばなかった。 空気の塊がホイールに対抗する。ズリズリと滑るが世祖の力も負けていない。どうしてこんな事になったのか分からない。重いし、#名前2#の意識がないことが感覚で分かっているし、なにより辛いのはもしかしたら死ぬかもしれないと考えてる自分が嫌だ。#名前2#と約束したのだ。生き残る、と。生き残らなければいけないのだ。 手すりに捕まり、1人力を振り絞る世祖に哀の手が重なった。 「あ、い……?」 「何が起きてるか分からないけど。でも、世祖が頑張ってるのは分かるわ。みんな! お願い、世祖を助けて!」 「えぇっ!?」 「力を込めるだけでもいいの! お願い!!」 哀の言葉にキョトンとしていた少年探偵団たちも世祖に捕まる。頑張れ、と思いが伝わってきた。涙が出そうだ。 「がんわ、る!」 またホイールを止める力が強くなった。だが坂に滑るホイールの重量はどんどん加速している。しんどい。鼻血が出そうだ、だけど止まれない。助けるんだから。みんなを! コナンも奮闘していた。伸縮サスペンダーで片方のホイールと滑るホイールを結んで止めようとしていた。安室も赤井も手伝ってくれた。だが、#名前2#とキュラソーの姿が見えない。それだけがとてつもなく嫌な予感に思えてならなかった。 進み続けるホイールは水族館に突っ込んでいく。ボール射出ベルトをホイールの一つに結び、水族館との間に巨大なクッションを作る。世祖の作る空気のそれとボールのクッション。それを受けても、まだホイール止まらない。 何か、何か、…! もう一つ!! 突如、黄色のクレーンが現れた。建設後の点検用に残された1つに#名前2#が乗っていたのである。裸足のまま、操りホイールを押し込む。 「止まれええええ!!!」 #名前2#の叫び声が聞こえた。そしてクレーンの下敷きになる前に世祖はすぐに#名前2#をそのクレーンから飛び下ろさせた。落ちた#名前2#は鉄骨がグサリと腹に突き刺さるキュラソーをその両腕に抱えていた。世祖の力が及ぶとわかった途端に彼女を抱きしめたのだ。 「きゅ、らそー」 世祖も哀も彼女の悲惨な姿につばを飲み込んだ。#名前2#はキュラソーをずっと離さなかった。