純黒の悪夢
起きた時にはキュラソーはいなくなっていた。そして書き置きと、スマートフォンには安室からありがとうの、文字。世祖が、何かを、している。直感でそれが分かった。というよりも、これは沖野の手口ではないと#名前2#の長年の勘が言っていたのだ。 「世祖!!!」 扉を開けた先の世祖はベッドに潜り込んでいた。まるでカタツムリのような姿にも#名前2#は怯まず、近づいていく。 「#名前2#、なんだよ朝っぱらから……」 トタトタと#名前2#の怒声に起き上がった加州は寝乱れた髪の毛をとかしながら部屋に向かう。なぜか世祖の部屋からその声は響いていた。 「世祖、お前…!」 「……」 #名前2#は世祖を叩こうとしたのだろうか。でもその手はギリギリと止められている。ビンと張ったワイヤーが#名前2#の手首をギリギリと締め付けていた。 「キュラソーを! 公安に渡したな!」 「……」 世祖は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。彼女は泣くのを我慢してずっと#名前2#と目を合わせていた。唇を噛み締めて、うぎゅ、ゔう…と耐えていた。 「#名前2#、やめなよ」 「離せ、加州! キュラソーは、キュラソーは…!」 「世祖は逃がしたのを止めなかったのに、なんで#名前2#が怒るのさ。出ていったのは、あの人の意思表示でしょ?」 ほら、と出した書き置きには『ごめんなさい。私なんかを助けてくれてありがとう。』と書かれていた。 「……」 ぐっ、と#名前2#も唇を噛み締めた。#名前2#だって、きっと分かっていたのだ。こうなる未来は予測していたはずだ。なのに、こんなにも怒るとは……、つまり。 「#名前2#さ、キュラソーのこと結構好きだったんでしよ」 「……そうかもな」 「何その強情、つまんな」 「うるせー」 「……好きになったやつ助けられなくたって、カッコ悪くないでしょ」 「うるせーって!」 世祖は泣くのを我慢しなくなって、そのまま#名前2#の胸元に潜り込んだ。声もださずに泣く世祖はまるで#名前2#の代わりに泣いているようだ。 「……世祖、キュラソーを助けるのは、俺には無理か?」 「ゔん」 「……そうか」 世祖が#名前2#のためにキュラソーを引き止めなかったのはわかってる。 キュラソーが#名前2#のためにここを出ていったのもわかってる。 でも心はそれに追いつかない。#名前2#は、きっとキュラソーが大事だった。惹かれていたのだ。 「安室さんが、ありがとうって送ってきてな。何かと思ったが……。そうか、やられた。沖野さんと世祖の両方か。これは」 ぐすりと世祖が頷く。加州は全く、とため息をつきながら「朝ごはんの準備するよ」と歩き出す。 「つまり、沖野さんは俺たちを遊園地に向かわせてキュラソーを捕まえて公安にやって恩を売る気だったんだな」 「それを世祖は分かって、止めようとした。とにかく、キュラソーを公安の網に引っかからないように誘導した」 「けど、沖野さんの方が上だった。安室さんは屋上の一角に潜んでて、キュラソーを麻酔銃でスナイプした、と」 「なんか凄い話だよね、それって」 「本当にな」 自分の利益のために公安を動かし続けた沖野さんもすごいが、#名前2#が苦しまないようにと動き続けた世祖も凄い。先程まで何も言わなかったのは疲れすぎていて声が出せなかったのだ。#名前2#にくっついたら安心したのか充電されたのか収まったが。 「とりあえず、公安のこと考えるとキュラソーは東都水族館に連れていかれる可能性が高い。現場って言っちゃ変だけど、キュラソーが水族館で何かを見て頭を抱えることになったのは確かだからな」 「#名前2#」 ひょい、と世祖が持ってきたのは水族館の頂上の景色を模写した絵だった。「うわ、すげえ」と声を漏らす#名前2#にでしょ?と加州が自慢げに頷く。 「世祖に頼まれて書いたんだよね。結構腕かすの大変だったんだから」 「マジか、ありがとう! ……これは、水?」 「うん。なんか噴水にライトあてた景色みたい」 「ライト……」 観覧車に乗っていて見えているものではなく、頂上に行ったらキュラソーはノックのことを口走り出したと世祖は言う。つまり、頂上でしか見えなかったものがその原因なのだ。 「この、噴水のパフォーマンスが何かあるのかもな。でっかく上がった水か、虹か、ライトか」 「……」 行こう、と声に出さずとも世祖と加州は#名前2#の背中に次いで歩き出した。 「あ。加州、すまんが……」 「分かってる。俺はあんまり出過ぎちゃ良くないしね。長谷部たちに連絡は入れといてあげる。それと、黒の組織の探りも欲しいんでしょ?」 「……俺、たまにお前が物分り良すぎて怖いわ」 「はぁ? 殺されたいの?」 「いや、そんなことないって。感謝してるってこと」 「……ったく。とりあえず、安定と見てくるから。作戦とかなんか分かったら連絡する」 「すまんなー。つっても、お前ら組織がどこで打ち合わせするとか分かんの?」 「そういう時のために赤井さんに恩を売るようにしたのが世祖でしょ」 ぐうの音も出ないほどの正論だ。世祖も沖野も打算で動いてるのが加州たちには当たり前で、#名前2#にはまだ慣れない話であると分からされる。 「そんじゃあな、後で」 「RINE報告わすれんなよ」 ゴツムッと拳を合わせて2人は分かれる。#名前2#はもはや迷っていなかった。 「ねえ、あの人本当に大丈夫なの…?」 「いーから黙っとけって」 赤井にはシグマの部下だと嘘をついて加州たちは港近くの貨物倉庫に身を潜めていた。これでも元打刀。暗闇の中に体を潜めて相手を屠ることは得意であるが、残念ながら今回はそういった任務ではない。やるべきは、ウォッカという男に極薄盗聴機をつけること。ジンの相棒である彼につけるのが安全だろうと赤井の判断であった。世祖特製のものなので、おそらくジンが気づくのも時間がかかるはず。パソコンやらを使ってくれれば世祖がすぐに気づくのだろうが今回は期待が薄いのだから仕方ない。 そして、彼らの前ではキールとバーボンと呼ばれた2人が鉄柱に手錠で捕まっていた。ライトを浴びた2人は暑そうだ、というのが2人の感想だ。スパイの恐怖のあれやそれは2人には全くわからない。新選組として、彼らはスパイやらを切る立場にあったからだ。 早くこの劇が終わらないものかと思っていたが、インカムに赤井から連絡が来た。 モールス信号でQと送る。クエスチョンの略だ。 「なに、どうしたの」 「バーボンを助けろって」 「えー!?」 2人は相手の手のひらに自分の言葉を書きながらウォッカ越しに見えるバーボンを見つめた。鶴丸が「あいつ、腹立つ!!」と叫んだ相手である。遠目の雰囲気は似ているのにどうしたのだろうか。同族嫌悪というやつか。 「とりあえず、助けに行くのは決まり」 加州の言葉に安定が頷く。ウォッカが60秒のカウントダウンを始めた。これが終わればジンはバーボンもキールも殺してしまう。その前にライトを消してくれれば良いのだが。 「………」 赤井ってスナイパーなんだから消してくれるよな? 加州は唐突に今更ながらのことを思い出してインカムに連絡を入れる。shoot ライトのlを打ったところで、oがひとつ送られてきた。OKと言いたいのか。そうなのか。 加州はじりじりと動いてライトが消えるのを待つ。 カウントダウンはもうすぐ終わる。 「10、9、8、ーー3、2、」 カシャン、と天井に付けられた備え付けなライトが金具ごと落ちてくる。その瞬間に2人は動き出した。日本ではもはや見られなくなった日本刀を腰に提げて……。彼らにとっては一瞬の気の逸れが相手の落とし穴だ。ライトを倒し、バーボンこと安室透の手錠を切り崩し、背中を押す。あとは赤井に任せようと、2人は貨物庫の上に飛び上がった。その間約18秒。刀剣男士の身体能力を持ってこそである。 「バーボンが、いない……!」 うんうんよく出来たシナリオだ。加州たちはひとつ頷いて2人で貨物の裏へと音もなく飛び降りた。池田屋のギシギシとした木造住宅よりもコンクリートの方が着地は音を立てにくくて助かる。布で飛び降りればいいのだから。 2人は汚れた靴下を脱いで選択し終わっている方に履き替えるとまたジンの言葉に耳を傾けた。キュラソーからラムへメールがあったそうだがまあ偽物である。そして、ラムはきちんとその可能性も考えていた。当たり前か。 話を聞き続けると、公安がキュラソーを連れてどこかに行くらしい。場所を言わないのは組織の性なのだろうか。おそらく東都水族館で合っているはずだが。 「あの機体を出せ」 「ジン、待って。あれは…!」 「アレの性能を試そうと思っていたところだ」 「戦争でもおっ始めるんじゃないだろうねえ?」 「ラムからの命令だ!」 電話越しの声が大きく響いた。今のしゃべり方は確か世祖曰くキャンティのはず。 根気よく聞き続けるといなくなったバーボンを追いかけてきたウォッカが帰ってきた。よしっ、と加州たちはガッツポーズをする。彼がいると一々聞いてくれるので有難いのだ。 ジンはウォッカにきちんと説明をする。 キールとバーボンは後回し キュラソーを奪還する キュラソーは既に公安と出かけている 行く先は東都水族館 ジンたちが消えたと確認して加州と安定は靴を履き出口の方に体を出した。インカムに3回ノックをすると赤井に繋がる。 「聞こえました?」 「ああ、しっかりとな。助かったよ、ありがとう」 「いえいえ」 加州の外向きの声に安定は吹き出すのを我慢しながら聞き続ける。はい、はい、はーい。と頷いてインカムを外した。 「ふう……。あ、キールさん。とりあえず、助けはFBIが来るそうなんでそれまで待っててもらえますか? 俺たちあんまりここに居ちゃいけないんですよね」 「……あなた、たち」 「#名前2#の友達だから気にしないでね」 安定はへらっと笑って刀でキールの手順を壊し、手錠ですれた手首にハンカチを押し当てた。 「あ、ありがとう、」 「なぁに、珍しいことすんね」 「#名前2#がやってるの見てかっこいいなって思ってたんだ!」 「ふーん。あ、長谷部から連絡来てる。安定、行くよ」 「はいはい。じゃあね、キールさん」 そして加州たちは音もなく倉庫から出ていく。キールの目には彼らが一瞬だけ違う服を着ているように見えて焦ったがすぐにそれは掻き消えた。 加州たちはもういなかった。 夕方には水族館に着いたがどうやら公安の人間はいないらしい。#名前2#は仕方なく世祖を抱いたままブラブラと観覧車の周りを歩いていた。ジンたちが来るのはきちんとウォッカに取り付けられた盗聴機から聞こえていた。 「……世祖?」 「#名前2#、」 「んー?」 「キュラソーのこと。たぶん、まもれない」 「……。ああ、そうかもしんねえな」 「……泣かないで」 ぎゅっと世祖が#名前2#の首元に顔をうずめた。泣かないで。世祖は#名前2#のことを心配してばかりだ。それは最初にあった時から変わってない。 「ああ、大丈夫。やれる事はやりきる。とにかく今は観覧車のとこに行かないとな……」 ウォッカの盗聴機から聞こえてくる話によると彼らが乗り込んだのは特別仕様のオスプレイ……。装甲が硬く、しかもゴンドラを取るアームまでついているらしい。さすが、金にものを言わせた代物だ。エンジン音も馬鹿にならないほどにデカい。 #名前2#は仕方なくいろんな人の目をそらしながらスタッフルームへと入り込んだ。公安がどうとか、キュラソーがどうとか#名前2#はもう言っていられない。ゴンドラを取り外すとかバカみたいなことしないで頂きたい。世祖と観覧車内部に潜んでいたら爆弾が既に仕掛けられていた。こんなのジンたちは言っていなかった、ということはボスかラムかどちらかが世祖や沖野を上回る慎重さで用意していたことになる。あいえー、なんてこったい。 「とりあえず、爆弾ひとつひとつ外すか……」 「……。#名前2#、力、使ってもいい?」 本当はキュラソーを眠らせることに1度使っているので2日連続ということになるが#名前2#はよしとした。 「それでキュラソーが助けられるなら」 「…! うん!!」 片方の軸が拾われたところで、よしもう片方といったらなぜか赤井が別の階段から上ってきた。#名前2#は力を使おうとした世祖の口を塞ぎ物陰に隠れる。ここで力のことがバレたら死ぬ! マジで死ぬ!! なんかもう無理!! 頭のキャパが限界になった。#名前2#にはたじろぎすぎてもはや世祖と息を止めていることしか出来なかったが赤井はそのまま観覧車の外へと上っていく。 「っあー、ああ!」 姿が消えた途端にぶはっと大きく吐き出す。そしてなんとか止めていた息をまたま盛大に吸った。今度は安室が来たのである。はやく、はやく行ってくれ…! そう思っていたら今度はかなりギリギリになって安室は赤井の後を追うかのように上にのぼっていく。やはり彼らもオスプレイに気づいているのだろうか? あー、と深呼吸をする世祖と#名前2#にまたも忍び寄る気配があった。 「#名前2#さん!! 世祖!!」 「うわあああ!?」 ガコン!と通路からずり落ちて#名前2#は起爆装置のある消火器のところに着地した。足がじんじんとするが今回は世祖を背中に乗せているので仕方ない。 「ど、どうじだ、コナン……」 「#名前2#さん、組織が…! 爆弾を、!」 「お、おうー。大丈夫だー、今片軸は取れてるからなー。もう片方取るぞー」 「そっか、良かった……。ところで、赤井さん知らない!?」 「上にのぼった。組織がオスプレイでゴンドラこと捕まえる作戦らしい。そんで起爆してみんなサヨナラ」 言われたコナンの目に、やばいという言葉がうつる。そうなんだよ、やばいんだよ。#名前2#が頷いて2人は行動に移り始めた。が、#名前2#はすぐにその足を止めた。世祖が何かを聞いたらしいのだ。 「#名前2#」 「世祖、どうした?」 「歩美たち、いる。せい、……助けたい」 「ぁ……」 これは、本当は止めに行かなければいけないだろう。彼女が死ぬのかも少年探偵団たちがいかに危ないかも分からないのに行かせることは危険がすぎる。だが、#名前2#はそうしなかった。わかった、と頷いたのだ。 「だけど、世祖。お前は自分が助かるのを一番にしろ」 「……うん」 「よし、行け」 スルリと世祖は#名前2#の背中から下りて走り出す。いつもの彼女ではないような動きだった。 それを見送って#名前2#はダッシュしてコナンをすくい上げるとあらんばかりの声を振り絞って「赤井さん!!! 安室さん!!! 聞いてくれ!!」と叫んだ。 「……」 「……」 戦い続けていた2人も止めて耳をすます。戦いが楽しい。続けていたい。だがそれは彼らのワガママだ。なんで#名前2#がいるのかは聞かない。安室も赤井も#名前2#がこの件き関わっているであろうことは予想もしていたし実感もしていた。 「ここに爆弾が仕掛けられている!! これはおそらくジンではなくラムかボスのしかけだ!! 下手したら、キュラソーを奪ったあとこの水族館を! 爆発させる気だ!!!」 「赤井さん! 安室さん! お願いだから、力を貸して!!」 コナンの声も混ざって必死な願いになる。安室も赤井も下に向かうこと以外の選択肢を選べなかった。 下に降りてきた2人に#名前2#は話を始めた。オスプレイでキュラソーはゴンドラこと狙われること。そのオスプレイは特別装甲なので普通の銃弾では壊せないこと。爆弾はC4で片軸は全て取り外したということ。 「爆弾の起爆装置は消火器の中にありますから。後はお願いします。……すんません、俺はこのままキュラソーの助けに行きます」 「#名前2#さん、…?」 「ごめん、コナン。これだけは行かせてくれ。……このままだとアイツ組織に戻っても殺されるって分かるんだ。だから、その前に助ける」 「公安が、それを奪いに行きますよ?」 「FBIがみすみす逃すと思うか?」 「だから、今ここで簡単に取引ですよ。キュラソーを助けられたら、世祖が知りうる限りの組織の全貌を話します」 「……」 「悪い取引ではない、でしょう? キュラソーのノックリストだって彼女が忘れ続ければいい」 「……可能なのかね、そんなことが」 「不可能だと思ってるうちは可能にならないってだけですよ。乗りますか、乗りませんか。今、ここで決めてください」 「……」 #名前2#さん、とコナンが呼びかけた瞬間ライトが落ちた。停電だ。おそらく、組織が……来ている。