「#名前2#?」 「せい、そ…」 「#名前2#、いたい?」 「……」  沖野はじっとコチラを見つめている。世祖はバシャバシャと池の中に入ってきた。世祖の後ろにいた、紫の服を着た男が「主! そんなとこにいたら風邪をひきます!」と叫ぶが世祖には気にならないらしい。一直線。最速でこちらを目指して来た。 「#名前2#、しょくじ、こなかった」  何のことかわからない。首をかしげると、沖野がポン!と手を叩いて「そういや食事の時間をすっかり忘れてたよ。朝は7時。昼は12時30分。夜は6時だ。気を付けてね」  それを、今、お前が言うのか。俺は力なく笑って世祖に手を伸ばした。 「いたい。ない」 「ほんとう?」 「うん」 「#名前2#、いたい、ない! せいそ、うれしい!」 「そっか。ならよかった」  俺は水をしたたらせながら立ち上がる。世祖との会話も色々と考えなきゃいけないし、歩くのにもリハビリが必要になるかもしれない。一緒に起き上がった世祖を抱き上げると、紫の男の方を見た。男はビクリと肩を揺らす。さきほど無視されたことでダメージを負ってたようだ。 「お前、名前は?」 「……」  俺の質問には答えてくれなかった。世祖ならなあと思ったが世祖はもう疲れたのかぐすぐすと体を俺にこすりつけている。 「彼はへし切り長谷部。打刀だよ」  代わりに沖野さんが答える。なぜか陸奥の姿はなかった。 「へー。それじゃあ、長谷…」 「あなたに! 言われる名などない!!」  ヒステリーな声だった。どっかのモンペみたいだ。長谷部はどうも、俺のことが気に食わないらしい。こちらを唇をかみしめながら睨んでくる。 「……それじゃあ、紫。お前、世祖のこと大事に思うのは分かるが今の発言じゃあ伝わらねえよ」 「は、」 「自閉症の子の中でも、この子は言葉が未発達だ。単語じゃねえと分らねえ。その単語も、意味がきちんと分かってるかどうかも怪しい。この子と同じように、ちゃんと区切ってしゃべってやんな。あと、主とかいうな。世祖は、自分が主だってこともきっとわかってないから」  ほれ、と世祖を突き出す。世祖は体を前に向けられてバランスの悪さから足をばたばたさせている。言葉から判断するにどうも、ぐちゃぐちゃする靴が苦手らしい。じゃあ、池に入ってくんなよと思うがまあ子供のやることだ。仕方ない。  世祖を地面に下ろし、どうぞと手を出した。長谷部は押し黙ったが、膝をつき世祖より下に目線をあわせた。 「せ、世祖」 「ん!」  世祖は自分が呼ばれたことがうれしいらしく、ぴっと手を挙げる。 「池、危険。風邪、ひく」 「……??」 「紫、お前漢字使いすぎ。危険とかわかるわけねーじゃん。コイツ、まだ小学生だぞ?」 「……。世祖、池、危ない…」  世祖は目をぱちくりさせて「う?」とこちらを見上げてくる。 「世祖。こいつ。名前。長谷部」 「はせべ?」 「そう。長谷部。世祖、守る」 「守る? せいそを?」  俺が笑うと世祖も笑う。「長谷部、せいそ、守る! うれしい!!」  どうやらさっきの長谷部の発言は毛ほども理解してないらしい。だが、長谷部はそれでも十分だったみたいだ。ぼろぼろと涙を流していた。 「おまんらぁ! タオル持ってきたから、使え!!」  陸奥が、ばさりと大きなタオルをふっかける。世祖はきゃらきゃらと愛らしく笑って俺に抱きついてきた。 「紫。お前、食事はしたか?」 「…まだだ。世祖様が、お前が来ないと食べないと頑として聞かなかった」 「あんれま。しゃあねえ。ちょいと風呂入ってくるから先食べてていいぞ」 「……別に、待つことなど造作もない」 「そうか?」 「ああ」 「おっほん」 「あ、キノー!」  世祖は濡れた服のまま沖野さんのもとに飛びつく。  「世祖、元気。いい」 「うふふー」  世祖はとても可愛らしく笑う。あー、ほんと。可愛い。嫁に出せない。 「#名前1#君、それじゃあね」  俺のことをニヤニヤと意地悪い笑みで見ながら、沖野は去って行った。 「なちや、あいつ。意味がわかんのおし」 「いや、俺にはお前の言ってることがわかんねえよ」  とりあえず、風呂いくかな。  風呂から上がると、今度は紫ではなく1人の黒い服を着た男が立っていた。差し色の赤がよく映えたこぎれいな男だ。 「……」 「……」  無言のまま視線をくみしていたら、世祖が「かーす!」と呼んでくっついた。 「世祖! 危ないってば!!」  かーすと呼ばれた青年は赤いマニキュアの映えた手で世祖を持ち上げる。はだかんぼの幼女を刀が持ち上げている姿はどうも気味が悪いが…。何も言うまい。 「お前、名前は?」 「かーす!」 「へえ、かーすって名前なのか。珍しいな」 「かーすじゃない! 加州清光だ!!」  加州の大声を張った言葉に、世祖はびゃんびゃんと泣きだした。加州は驚いて必死に世祖をあやそうとしてる。新妻みたいで面白い。ちょっと傍観していたら、加州はあやすのが下手なのか次第に世祖が 「うおおおん、うおおおん」  タオルを噛みながら泣くもんだから、どうもぶっさいくな顔してるがそれでも愛いと思えるくらいには俺は世祖が好きらしい。 「ところで加州よー」 「なんだよ!!」  今、それどころじゃない! と加州は般若のごとく怒らせた顔をこちらに向けた。おー、こえー。 「お前、何しに来たの?」  途端に、加州はバツが悪そうな顔をして押し黙ってしまった。 「……だ」 「は?」 「~~だ!!!」  加州はしゃべってるらしいが、相変わらず世祖は泣き続けてる。まあ、つまりはあれだ。うるさすぎて、加州の声が聞こえない。  加州は俺に聞き直しをされすぎてもう顔が真っ赤である。というか、泣きそうだ。 「…。しゃあねえなあ」  俺はさすがに寒くなってきて、とりあえずパンツとズボンだけ履く。(今まで全裸にタオル巻いてただけ。正直、カゼひくかと思った。)  俺が加州に近寄ると加州はさっきよりももっと顔を真っ赤にさせた。なんだ、コイツ。 「世祖」  世祖は俺のことを蹴ったり殴ったりするが、俺は無理やり加州から世祖を奪うとその口の中に手を差し込んだ。 「泣いてもいいが、タオルは噛むな」 「あうぁあああ!!」 「世祖。泣く。タオル。噛まない。噛まない。噛まない。噛まない!」  俺が大声でリピートしたせいか世祖はびっくりしたらしく、口をあんぐりと開けたままこっちを見ている。 「#名前2#!」 「おう」 「かーす」 「……」 「かーす!」 「おい、加州。呼ばれてる」 「あ、な、何かな? 世祖?」 「陸奥ー」 「なんじゃあ?」  音もなく陸奥が出てくる。 「長谷部んとこに世祖を連れてってやってくれ。俺は加州と話をする」 「おお、わかったぁ」  陸奥はぽよぽよしている世祖を抱えて服を一緒に持って脱衣所から出て行った。  「んで、加州。お前、何?」 「何って、」 「なんで、こんなところ来たのかを聞いてんだよ」 「……」 「どうせ、やましい事でもしようとしてたんだろ。そうじゃなきゃ、世祖がお前の刀を封するわけねーもんな」  そう、さっき世祖が加州を呼んだのは本体の刀に触るためであった。昔の同僚にオカルトに凝ったやつがいたのだが、そいつに聞いたところによると封印の陣という指のポーズがある。  ずいぶんと昔のことだったのですっかり忘れていたのだが、なぜか今ふと頭に出てきたのである。あ、封印してらーと軽い気持ちではあったが。 「お前が、俺達を見れるようになったって聞いたから見に来たんだ」 「俺達? ああ、そっか。陸奥はお前らの仲間じゃないもんな」 「あんな奴、仲間になんかしたくないけどね、」と加州は言った。元の主の確執でもあるらしい。 「それで! 本当に見れるのか確かめるために来たって訳」 「ふぅん?」 「な、なんだよ。その眼は!」 「お前だろ。最初に、俺んとこ来てたの」 「ち、ちがう!」 「…嘘つくときって、人は右を見上げるらしいぞ」  加州は首を動かして左を向いた。 「……。あほらし」 「なんだと!?」 「だってお前、翻弄されすぎだろ。俺、沖野にかなりやられた噛ませ犬にもほどがある男だぜ? そんな俺に翻弄されるとか…。カスじゃねえか。ああ、ちょうどいいじゃん。世祖みたいにカースって呼んでやるよ」 「世祖はいいんだ! だけど、お前にその名を呼ばれたくはない!!」 「ああ?!」 「俺は加州清光だ!! それ以外の何物でもない!!」 「……そうだろうよ」  俺はそれだけ吐き捨てて洋服を手に取り、脱衣所を出る。なんでもかんでも心のままに叫ぶ加州は、とても羨ましかった。そうやって叫びまくっても、俺には聞いてくれる人はいないんだ。