うぐぐ、と目を覚ました俺を見つめていたのは一人の男だった。くりくりとした、犬みたいな目をしている。 「!!?」 「よおやっと、起きたな。俺は陸奥守吉行。坂本竜馬が持っとった刀じゃ。よろしゅうな。主守護」 「……」 「どしたんじゃ?」 「うぎゃあああああああああ!!!!!!」 俺はまたもや気絶するはめとなった。人のよさそうな顔している幽霊ほど危険ってのは、よぅく知ってるんだ。 「起きなさい!!」 今度は水がぶっかけられた。もはや訓練時代だ。 「了解、隊長!……って、あれ?」 目の前にいたのはスーツを着て、オールバックのいかつい男の人がいた。イケメンっていう安っぽい言葉じゃない。いうなれば男前。男の中の男って感じだ。そして今の声。さっき聞いたばかりのような。 「こんにちわ、#名前1##名前2#くん。僕が、沖野だ」 「………はあああ!?」 げんこで殴られた。いたい。 「ほら、僕ってこんな恰好してるだろう? そのせいで、ヤクザに見られやすいんだよ。しかも僕みたいな物腰柔らかな物言いするとみーんなビックリすんの」 あはは、と沖野は笑っているが俺にはそんなことよりもいまだに幽霊もどきが近くにいるのがくそ怖い。震えがまったく止まらない。沖野は俺の様子をまったく気にしていないようで机の上にいつの間にか置かれたお茶をすする。俺の前にも出てきたが怖くて飲み込めない。 「そうそう、最初に刀を一振り渡されただろう?」 「ああ、あの業物…」 「業物よりかは、よっぽど斬れる名刀さ。君が受け取ったのは陸奥守だったね」 「……?」 「あれ? さっき聞いた話じゃ、ファーストコンタクトはとったって言ってたけど…」 「…もしかして、髪の毛が長くてオレンジの着物着て、方言しゃべってたやつっすか?」 「なんだ、知り合ってるじゃないか。そうだよ、それが君の刀だ」 「俺のぉ?」 「ここにいる以上、君が世祖の刀に狙われたら危ないだろう? だから打刀である陸奥守についてもらえるように手配したんだ。勿論、君が扱ってくれても構わないけどね」 沖野はにっこりと笑う。食えない男だ。絶対他にも意味があるだろうに俺に教えないって気配で語ってる。ここで突っ込んでもいいのだが未来と言われて幽霊もいて下手に動くのはまずすぎる。 「とりあえず呼んでみてよ」 「いや、ちょ、ま、待ってくださいよ。俺はまだ自衛隊の任務おわらせー…」 どんっと。沖野が何かを鳴らした。それだけで、俺の周りにいた幽霊モドキは消えてビクビクと陸奥守が姿を現した。沖野は何かを持っているらしいが、あいにくと俺には見えない。ただ空をつかんでいる様だ。 「やるとか、やらないとか。そんなのはどうだっていい。要は君が、あの子を使えるようにできればいいんだよ。君の存在価値はそれだけだ。わかる? あの子ほど力を持ってるのなんてめったにいないんだ。使えなきゃ困るんだよ」 どくどくと血が巡っていく。沖野の顔を、見れなくなっていく。正座した足が珍しくしびれてきた。 「君がここでイヤと言えば、僕は君の後ろにいる陸奥守を使って容赦なく君を殺す。はは、たかが自衛隊員1人。消えたって、どうもしないさ」 その一言が決めてだった。人間について何とも思ってないような発言で、だ。俺の理性がどこかで切れた音がしたのだ。 「陸奥!!」 「おう!!」 陸奥が刀に変わり、俺の手に吸い付くようにおさまった。足を踏み鳴らし、机を切り裂くよう俺は前に一直線に刀を振りおろす。しかし。 「甘い」 いともあっけなく俺は転ばされた。沖野さんは何かしたっていう感じはしなかった。壁に突然ぶち当たったような感じだ。さっきと同じところを打ったらしく、だらりと血が流れてくる。 「……ふふ、やってくれるよね」 「はあっ、はあっ、はあっ、」 肩で息をするぐらいに疲れたらしい。なんでなのかは知らないが、たぶんこの刀が原因だ。持ってるだけで体力を消費してる。刀なんて習ったこともない俺がそう簡単にやれるはずもない。 俺は沖野をもう1度見てみた。 「ああ、やってやるよ」 「それは頼もしいことだ。そうそう、君にいいものをあげよう」 「あ?」 「本来ならば、審神者しか刀剣たちが見えないのでね…。ジャーン」 「?」 「なんだよ、反応が薄いなあ。これは君のために世祖が大急ぎで作り上げた色(しき)だぜ?」 「いや、意味がわかんねえよ」 なんで、何も持ってないくせにそんなに自信満々に笑えるんだ? だが沖野は悪人の様には見えない。こいつは俺をなぶって楽しんでいるし、世祖を道具のように扱う台詞ばかりだが本心ではなさそうということもわかる。 「#名前2#君。ものは試しだ。のど元を見せて」 「な、なんで…」 「色を埋め込むのさ。大丈夫、ちょっとしたアザにしか見えないから」 おそるおそる沖野のそばに近寄ると首をつかまれ、床に押し倒された。コミックにあるようなものではない。空気が一瞬にして肺から押し出された。 「っがは…!」 「いやー、君って本当に面白いね。こんなのでも騙されるのか。自衛隊ってのは何してるんだか。まあ、いい。君にはこの特別級の痛みをお見舞いするよ」 「…やだ、やめてくれ」 「上司に刃向う部下は、お仕置きして当然、だろう?」 ぐちゃり。と俺の喉に何かが埋め込まれる。なんなのか。それは俺には分らない。 瞬間、ピシピシと脳内で音が喚く。なんだ。なんだ。なんなんだ。視界が勝手に広がって、180度がすべて見える。ああ、俺の目玉はいったいどうなってるんだ。血管が広がり、浮き出て筋肉がきしみ始める。 「これは本当は痛みがないように、口内接種しなきゃいけないんだけど…。まあ、君にはちょうどいいだろ?」 さわやかに笑う沖野がとても、恨めしかった。刀が動き出して、「守護!」と叫ぶ声が聞こえる。 「む、つ…」 「守護!!」 「おっと、陸奥守。君は手出し無用だ。彼には覚えてもらわなきゃいけないんだよ。これから刀剣たちが味わう苦しみをね」 いたい。いたい。殺してほしい。 体中が作り変えられてく感じがする。四肢がもげそうだ。 ばん!! 大きな音がした。目を開くと、下に沖野と陸奥が見える。こいつは、まさか…。 「天井の気分は、どうだい? #名前2#君」 最悪だ。俺の口は、動かすこともできなかった。 どさり、と落ちて縁側も転げ落ちてすべてを壊しながら転げまわって最後は池の中に落っこちた。ぶしゃぶしゃと腕が砂のように崩れ落ちる。 「ぶはっ!!」 息が。息ができない。ぐわり。ぐにゃり。視界が変形していく。ぼこり、と。何かが取れた。腕か。足か。何か、なんて確認する勇気も起きない。 頭が割れそうだった。目玉が飛び出る。喉が破裂しそうだ。髪の毛が抜け落ちる。爪はもう消えた。皮膚が根こそぎ削られる。叫ぼうにも水が体の中に入ってきておぼれ死にそうだ。 突然痛みが、ぴたりとおさまった。 俺は静かに、池の中に座っている。陸奥が近寄って来た。それに幽霊の姿も見えるようになっている。 「しゅ、…しゅご?」 「#名前2#」 「え?」 「そんなたいそうな名前で呼ぶな。俺のことは、#名前2#と呼べ」 「わ、わかった…」 「沖野さん」 「なんだい?」 「今の奴、いったいなんなんです…」 「ふふ、それは彼女に聞いた方がいいと思うよ」 沖野が指差す先には泣きそうな顔をした世祖の姿があった。 「あ、そうそう。君に言っておくことがあったんだけど、君の号が#名前2#になったからよろしくね」 「…は?」 「だから、君の名前はもはや存在してないんだ。神隠し対策にさせてもらったよ。これから、よろしく。名無しの権兵衛さん」 俺はもうまじでしにてえ。