光を追い求めては焦がれるのみ
西池大学は1年の頃は基礎を学ぶということで適当に組み分けられたメンツで全体的な話を学ぶ。イッキと一緒の組になれなかった女子達は相当に怒ったり泣いたりしていたがイッキにとっては仕方ないことだ、と割り切っていた。 演習はグループ分けして教師から渡された問題を解きそのやり方を発表する形だった。コミュニケーションを取れということらしいがイッキにはかなり憂鬱だった。女の子たちはまだいいんだ。問題は男。彼女取られたとか、女はあいつの言うことしか聞かないとかさ。結局僕が上に立たなきゃならなくなる。めんどくさい。本音をぐだぐだと考えながら組み分けを待っていた。イッキのところには男が2人、女が3人きた。勿論ブーイングが上がったのは間違いない。どうしようか、と考えていたところに「あのさ」と声がかけられた。 「結局演習だし、今からギスギスしてたらたまらないからさ。女子だけで公平にくじ引きして負けたら文句言わずに仕事するってのはどう」 「何であんたが仕切るのよ」 「うーん、まあイッキくん?と一緒になりたくないって女の子は自分たちで勝手に選んでさ。他の子達でやれば確率上がるし、自分で選んだんだったら文句ないでしょ? くじ引きの紙はイッキくんに作ってもらってさ。それならどう?」 「変に暴動起きるよりマシだろ、時間ないし早くしてくれ」 教師の言葉に男はにへらっと笑った。めんどくさいと思ったが女の子たちは少しだけ静まった。僕と一緒になりたくない女子なんていないだろ、と思いながら黒板を見ていたら手が2本上がった。 「じゃあ私#名前2#のところ」 「私も」 「小林と水沢来てくれるの? うっわ、マジか」 「何よー、私たちじゃ不満なわけ?」 「いやいや」 #名前2#と呼ばれた男は周りを見渡して数を数えた。縦線を引いた紙をよこし、「3つ○つけてね」と笑う。あみだくじになるように適当に線を引いて○をつけた。女子達がざわめきながら集まってどの線にするかを選ぶ。結局3人完全に運で決まった訳だが小林と呼ばれた人は「私なら絶対に高く売りつけるのにあの子達はそういうのしないよね」とふざけたことを言っていた。 手を挙げた小林サヤカと水沢メグミは#名前1##名前2#と仲がかなり良いらしかった。発表の順番を決めた後はグループ活動になってしまったので彼らと特に会話することがなかった。僕とはいつも離れた席にいたし、質問と回答はあってもその関係で終わるのだ。演習では彼らは先生のお気に入りで何かとコメントを求められていた。僕もデキる人間だと思ったけど先生は取り巻きの女の子たちを辟易したのか、それとも僕がダメなやつと思われたのか、話を振ることはなかった。 その時の話を思い出したのは彼が自分を見て「イッキだ」と言ったからだった。新しいバイトだ、と紹介された彼は1年のあの演習以外でめっきり授業も被らなくなり姿も見なくなった彼だった。 「#名前2#、だよね」 「ああ。名前覚えてたんだな」 「優秀だったろ、君たち」 「お前のとこも女子の運がよければ良かったんだろうけど。ぐだったよな」 「なんだ、イッキュウの知り合いなのか」 「ケントさんでしたっけ、論文お読みしました」 「それは有難いな。水沢から君の話は聞いていたのでな」 「あ、俺も水沢から論文貰いました」 意外なところに繋がりがあった。2人は深深と挨拶をしてそのまま分かれようとする。僕はまだ聞きたいことがあったのに#名前2#はさっさと行ってしまった。 「イッキ、か」 「? なんだい」 「いや、なんでもない」 ケンにイッキと呼ばれるのは最初の、まだ仲も良くなかった頃の話だ。何だか不思議な気分でその日は仕事を終えた。 ケントは面白い男がいる、と水沢メグミから話を聞いていた。#名前2#って言うんですけど、と彼女が見せてくれたのは平凡な顔の男だった。 「この男がどうかしたのか?」 「あ、いや、面白いかどうかはケントさんによりますけど。イッキって人いるじゃないですか」 「いるな」 友人だ、ということは伏せていた。水沢という女は恋愛ごとに口うるさいタイプでイッキュウという男は彼女いわく地雷というものらしいのだ。イッキュウは目のせいで女の子に好かれるということだったが、お前が地雷の女と付き合ってみたらどうだと言うと無理だよと手を振っていた。なぜ無理なのかと言えば彼女は意識的にイッキュウの存在を無視してるだとか何とか口さがない言い訳をしていた。 「で、友達とあの人をイットって呼んでたんですけど」 「は?」 「あ、ケントさん娯楽趣味ないから……。あの、世界的に有名なピエロのホラー映画でITっていう作品知ってますか」 「……知らんな、そんなに有名なのか?」 「ピエロ恐怖症を生み出すくらいには。それで、ITって見てはいけないものって言われてるんですよ」 「つまり?」 「イッキとイット。その目を見てはいけない、みたいな」 微妙に掠めてくるのがタチが悪い。ケントは白けた顔で水沢を見たが水沢は気にせず「まあ、そのイットなんですけど」と話を進めようとする。イッキという名前でもなくイットという、蔑称にも聞こえるそれが彼女たちの中でつけたあだ名で、それに対して彼女たちは何の罪悪感も持っていないようだった。 「めっちゃ#名前2#に興味持ってるの分かるんですよね、じーっと見つめてて」 「ほぉーう」 あのイッキュウがなあ、と思いながら頷いた。水沢は怪訝そうな顔をしたがすぐに話を続ける。 「でも#名前2#って顔覚えたり名前覚えるのめちゃくちゃ苦手なんですよね、だからこの前話しかけられた時も『えーっと、どちら様ですか』って真顔で言うんですよ、やばくないですか」 そのやばいという言葉遣いが一番危ないのでは、という言葉を飲み込んで「そうかもしれんな」と無難に返事をした。 「それ以来イット話しかけてこないんですけど、視線はずっとあるんですよね。いやー、あのファンがなにかしないか怖いですよねー」 きゃははというわざとらしい笑い方に水沢はそうなることを願っているかのようだと思った。 「えっ、じゃああの人イッキくんだったのか。名前は聞いてるけどどの人かなって思ってた」 水沢の考えていたとおりに#名前2#はイッキFCに絡まれていた。イッキのこと無視するんじゃないわよー、と絡んできた女子3人と#名前2#とはカフェの中で優雅に喋っていた。#名前2#に毒気を抜かれたのか3人はイッキはね、イッキはね、と喋っている。#名前2#はそれに頷きながら「あの顔のいい男は他にも色んなことができるんだなあ」などと考えていた。 「#名前2#はさぁ、イッキと基礎演同じなんでしょー?」 「まあ、そうだったね」 「#名前2#もイッキみたいに会社希望ー?」 話はいつの間にか#名前2#のものに変わっていたらしい。#名前2#は「いや、俺は院生狙いだよ」と言う。 「憧れの教授がいてね、その人のところで勉強続けたいんだ」 「まっじめー」 「院生ってきびしーんでしょ?」 「他の大学も受験できるよ。やりたいことすればいいよ」 やりたいことかあ。少女たちはううん、と首を傾げている。彼女たちにとってはイッキのあとをついていくのが人生なのだ。 「好きなことしようよ」 「……#名前2#って、なんかお母さんみたい」 「うちの親も似たような事言ってた」 「わかるわかる」 「えー、俺ってばそんなんー?」 #名前2#の言葉などなかったかのように3人はけらけら笑った。イッキのこと好きだからいいんだ、という3人を見て#名前2#は本当にそれでいいのかよく分からなくなっていた。 3人と別れたあとチャットで水沢に「3次元の男を追いかける人生ってどう思う?」と聞いてみると「頭がついにおかしくなったの?」と言われてしまった。 新しいバイト先でイッキという人を見つけた。あの件のイッキ……友人たちの言葉によればイットである。彼は真面目に仕事をやるし、ファンが客としてくるのでそれなりに集客力もあると言い換えてもいい。彼を見ながらイットっていうあだ名はやっぱりそぐわないな、なんてことを思った。 「#名前2#さん!」 「サワ、どうしたの」 「お客様からのお呼び出しです!!」 「小林? 水沢?」 「いえ、今日はイッキさんのファンクラブさん!」 「なんでだーー」 #名前2#が珍しくキッチンから出てきた。後ろにサワもくっついている。珍しいこともあったものだ、と思ったらファンクラブの子たちの方に歩いていく。え、と驚く間に#名前2#は彼女達に手を引っ張られてなにかオネダリされている。よく分からない黒々としたものが胸の中に湧き上がった。 「イッキさん、お客様です、」 「あ、ああ、ごめん」 思わず歩みそうになった足を入口に向けた。可愛い女の子たちが2人組でいる。その子たちを可愛いと思ってるし、いつも通りの自分を演じられると、思った。けれど動く度に聞こえてくるあの子たちの会話にいちいち体が反応してしまう。一体、どういうことなんだろうか。