曇り空、なんとなく頭が痛い
いらっしゃいませ、ご主人様。可愛い声とかっこいい声とが聞こえてくる。キッチンでの仕事は楽だ。顔を見られなければお客は味で評価してくれる。ここのお店はメイドと執事が接客するのだから当たり前だが顔面偏差値が異常に高い。それを高くさせてるのはマイとイッキのせいだと思うがミネやトーマもいるから平均値がまた上がっている気がする。 「#名前2#、今日は私もキッチンです。よろしくお願いします」 「店長、こちらこそよろしくお願いします」 ここの店はそんなに席数が多いのではないが客の数は多いためキッチンはかなりせわしなく動くことになる。下手に人数がいるよりも少数精鋭の方がマシだ。というか、店長の忍びみたいな動作と仕事はこちらも見習うものがあるのでここでのバイトはいいトレーニングになる。今日のウェイターとウェイトレスはトーマとマイだ。ということは、彼が来る日でもある。 「こんにちは」 「ウキョウさん!」 「店長、お友達が来たようですよ」 「私よりもまずはマイさんでしょう」 「そうですね」 注文を受けたトーストセットを作り終えてマイに渡すとちょっと恥ずかしそうに受け取った。ウキョウの元に少しだけ走っていく彼女に微笑んでしまう。 「#名前2#くん、顔が緩むのはいいですが腕の力も緩まれると困ります」 「すみません」 気を取り直して働きながら彼女たちを見つめる。いい子達だ。彼らが幸せになって本当によかった。微笑ましく思っていると店長からの無言の視線をいただいた。そっと仕事に戻る。あんまりニコニコしてるのも気持ち悪いから。 バイトも終えて店じまいをしていると走ってくる音が聞こえた。 「#名前2#!」 「シオン、お疲れ様」 「#名前2#もね! もう終わるんでしょ? 一緒に帰ろ」 「それもいいけど後ろの彼はどうするの」 シオンは振り向いた先にいたシンが#名前2#を見つめていることに気づき、「一緒に来る?」と聞いてみた。彼の幼馴染のマイはウキョウに送ってもらうからだ。中にはトーマもまだいると思うよ、と笑う#名前2#にシンは顔を顰めた。 「別にトーマを見に来たわけじゃないんですけど」 「ああ、ごめん。でもマイはウキョウと一緒に帰ったよ」 #名前2#としては優しさからの言葉だったのだろうがシオンでも分かるくらいにデリカシーがない言葉だった。シンは顔を赤くさせてわなわなと震えているが何とか気持ちを静めた。この男はウキョウと同じくらいズレた感覚を持っていると知っていた。 「ちょっとバイトのマニュアル確認したくて」 「ああ、そうだったのか。このまま中に入りなよ、って言いたいけどお客が来るかもしれないし。通用口から行ってもらえる?」 「はーい」 シオンとシンが連れ立っていくのを見送り、#名前2#は店前の掃除をしてclosedの札を掛けた。中に入り扉の鍵を閉める。窓も閉めた、換気扇もOK。ひとつひとつ確認しながらカウンターに戻る。そこではシンがマニュアルを取ってじっと見ていた。 「#名前2#くん、もう帰っても大丈夫ですよ」 「はい。あ、シオンは……」 「いつもの様に通用口で待っているようですよ」 「急いで着替えてきます! あ、シン。お前も一緒に帰る?」 「……じゃあ、お願いします」 「うん。ちょっと待ってて」 そういうなり、バサバサと音がして着替える音がしている。仕事が終わると#名前2#は普段のキッチリした様子から糸が切れた用にダラりとしたものに変わるのだ。制服をハンガーにかけて出てきた姿はよく分からない柄のシャツとジャンパー、よれたチノパンだった。よくこの格好で外をでられるものだ、とシンは常々思っているが本人は全く気にしていない。 「お待たせ、行こう」 「はい、店長有難うございました」 「お疲れ様です」 店長に挨拶をして2人で階段を上る。座って待っていたシオンは「にひっ」と笑い手を伸ばした。 「執事さん、起こして!」 #名前2#もシンもウェイターではない。あのなあ、と開いたシンの口は#名前2#に遮られた。 「どうぞ、お姫様」 お嬢様ではなくお姫様。嬉しそうに笑ったシオンにシンは口をへの字に曲げた。まるで見せつけられている気分で嫌な気持ちになった。 「シンを送ってから行くか」 「え、途中まででいいですよ」 「シンたちの家の方向においしいパン屋さんあるからちょっと寄ってくだけだよ」 「……」 シオンもそれでいい?と聞いた#名前2#にうん!と大きく頷くシオン。周りから見た幼馴染とはこういうものだろうか。なんだか不思議な気分だった。 #名前2#という男も不思議な男だと思う。バイト先の同僚、イッキとケントと同じ大学だが彼らに誘われてきたのではなく店長からのスカウトである。二人とも知り合いだったようだが、話したのはここが初めてだと笑っていた。そりゃそうだろう、とシンは思っていた。数学的な考え方で世の中を渡る男と熱狂的ファンクラブを持つ男とそうそう仲良くなりたいとは思わない。しかし、話を聞いているとどうやら二人とも#名前2#のことは気になっていたが話す機会がなかったというらしかった。気になるその話を教えてくれたのは#名前2#に懐いている少女だった。彼女はシオン。#名前2#の隣の部屋に住んでいて、一人暮らしの彼女を#名前2#はサポートしていた。同じ予備校だった、と気づいたのは夏期講習用の授業を取ったからだ。 「あ、シンだ」 やけに気軽に話してきた彼女を最初はあしらっていたのに、いつの間にか彼女は友人としてそばにいた。恋愛に話を持っていかない、人の話をよく聞く、線引きがうまい。色々な理由で彼女が友人であるのは心地よかった。家までの帰り道、ぽつぽつと質問をした。 質問に#名前2#は真面目に返した。どちらに対しても誠意のある行動をするべきだ、と彼は笑った。絶対に有り得ないことだろうから俺にとっては憶測だけどね、と笑うようにつけた言葉はシンの気持ちを見透かしてるようだった。 歯に衣着せぬ物言いをして、親の良くない噂が着いて回るシンには友人が少なかった。その友人のひとりの彼女がシンを目当てに付き合っていたことが発覚したのだ。友人はシンは悪くない、と言う。騙された自分が悪いんだと笑う。それでもとにかく後味の悪いことと言ったら無い。身勝手な女のせいで友人を1人失うところだった、とそう思ったが#名前2#は毒気を抜くような笑顔で「どちらにも」と言うのだった。 「シオンならどうする?」 「打算で動くそいつに文句言うかな! いつ別れるか分からない恋愛関係よりもずっと続いて欲しい友情関係を壊すなって!」 シオンにとっては結婚相手とも考えられる相手でなければ基本的に友情を優先するやつだと知っている。そうだろう、という言葉を飲み込んで「有難うございます」 と言うだけにとどめた。家に着いて#名前2#たちは手を振ってまた歩き出した。なんとなしにその背中を見ていたら、彼らはふと立ち止まってゴソゴソとカバンから折りたたみ傘を取り出した。雨なんか降るのか?と見上げた自分の鼻頭にちょぴんと水が垂れてきた。 出した折りたたみ傘は手に持ったまま2人は歩き続けている。その背中が少しだけ面白くて幼馴染のことを思わせて寂しかった。 世界には運命があるが運命も時たまミスをする。続くはずだった彼の運命が横やりのように入れられた誰かの運命で押しのけられた。#名前2#は生き残った彼らのために死ぬこととなった。人間の命は絶対数が決まっている。生き残るなら誰かがその不幸をおっかぶるのだ。 #名前2#は神と名のつく少女にずっと愛されていた。それは前世からの因縁かもしれないし#名前2#の母親の信心深い性格によるものかもしれないし#名前2#自身の幸運なのかもしれない。 #名前1##名前2#を助けたい、とその心だけだった。彼が助かるなら少女は自分の身を滅ぼしても構わなかった。 シオンは自分のあらゆる力を使い運命の女神に運命を変える力を渡した。#名前2#が幸せになることが彼女の望みだった。たった一人に心血注いだ彼女は神から地位を下ろされて人間に溶け込んだ。世界はそれをイレギュラーではなく自分の一部として組み込んだ。人間でもなく神でもない不純物がシオンだった。少女は幼いながらに自分の元々の役割とここに来た役割を理解していた。#名前2#を助けるために彼女は人間に下りたのだった #名前2#は少女のおかげで人間として戻ってきたが変わったことがふたつ。今まで以上の幸運に恵まれるようになったこと、誰かの不幸をおっかぶるようになったことだ。彼はすぐに誰かの代わりになる。誰かが受けるはずだった災難を彼が受け取る。そこに少女の与えた幸運が働き彼は助けを得る。そんな人生を送ってきたので彼の周りには人が多かった。彼の周りにいれば自分は不幸にならないからだ。少女にはそれが嫌でたまらなかった。 「#名前2#さん、起きてる?」 「ああ」 ガチャガチャと音をさせて洗濯物が干されていく。バスタオルを叩く音、服を伸ばす音、ハサミを使う音。全ての生活音に心が落ち着いていく。 「今日もバイト?」 「ああ」 「行ってもいい?」 「いいけど……勉強は?」 「私できるもん」 「知ってるけどさ」 「いいでしょ?」 「そっちのバイトは?」 「ちゃんとやってるもーん」 ベランダでの些細な会話に安心する。今日も彼は生きている。頭に降ってくる運命の女神のちょっかいをかき消して家を出る準備をした。夏休みの予備校通いは彼へのカモフラージュだったがこれがかなり楽しい。受験という戦争に向けてギスギスした雰囲気をシオンはかなり明るく変えた。その輪にそっと入ってきたのが隣に座ったこの男だ。 「シオン」 「シン、おはよう」 「今日は冥土の羊行く?」 「うん。シンも?」 「ああ」 予備校通いも楽ではない。一通りの授業を終えたらもう外は夕暮れを過ぎている。走るように冥土の羊へ行くと#名前2#は店じまいの準備をしていた。駆け寄ると笑われた。体の隅々を確認して誰かの不幸が来ていないか確認する。大丈夫のようだった。マニュアルを見たいというシンに#名前2#は通用口に行くように言った。彼の真面目な所はシンも共感するのか、言われなくてもという表情を浮かべていた。 通用口の階段でシンとは分かれた。従業員でもないシオンはイッキのファンクラブのようにここで出待ちするのだ。後でね、と笑うシオンにシンは頷くだけだった。 待っていると#名前2#はシンを連れて階段を上ってきた。手を伸ばすと受け止めてくれる、その関係性が何よりも嬉しかった。 帰り道、シンはあの嫌味な男との話をしていた。イヤミ男はシンの友達のようでいてそうではない。あいつは自分が1人になりたくなくてシンに付きまとっているタイプだ。今回のことも発覚した当初は怒り狂っていた。それを見たシオンはイヤミ男に対して笑ってやった。 「ねえねえ、シンに対して言ってみれば? きっとあんたのこと捨てるから!」 屈託のない笑顔で毒を吐いた。クラスで数人しか知らないこの会話をシオンは誰かに言いふらされても構わなかった。イヤミ男はチッと舌打ちをして「ああそうだよ! あいつとヤらるならって思ってたよ!!」と聞いてもいない自分語りをし始めた。呆れたように聞いていたシオンは自分の席に座ると適当な相槌を打ちながら頭の中では#名前2#のことを考えていた。 #名前2#はシンの気持ちもイヤミ男のことも知るはずはない。友人の話なんだけどという前置きを信じて「そうだなあ」と考えている。#名前2#の話した言葉はしごく平凡なのに彼が誰かを想って話している言葉だと思うと少し照れた。 シンを送り届けて歩き出す。匂いを感じて折りたたみ傘を出したのに結局雨は降らなかった。あちゃあ残念だ、と笑っている彼の履いている靴は革靴だ。濡れたら困る。なのに#名前2#はへらへらと笑いながら歩いていく。不幸だとかいい事だとか彼にとっては気にするべくもないことだろう。生きているだけで彼には満足なのだ。