煙草の似合わない人
家の中に入ると#名前2#と同世代らしき男たちがたむろしていた。この家の主人らしい着流しの男は神無を見ると 「君が、光幸の娘さんかい?」と問いかける。 「はい」 「そうか。……こりゃあまた、難儀な事だな」 「人の娘に対して難儀だなんて不躾だなあ。最近沙汰無しだからって意地悪だよ」 「そういう意味で言ったんじゃありませんよ」 男は口をへの字に曲げて妻らしい女性に「座布団を持ってきてくれ」と言う。彼女はぱたぱたと歩いてきて長座布団を敷いてくれた。神無と#名前2#がそこに座ろうとすると着流しの男は「待ってくれ、話を聞かせるために来たんでしょう? こっちにお座りなさい」 「いいよ、僕らはここで」 #名前2#は頑なに机の元に行こうとはしなかった。神無はどちらでも良かったが#名前2#が座布団がいいというのでそれに倣った。#名前2#は神無を紹介しなきゃな、と呟いてこほんと1つ咳払いをした。 兄の娘で、今は僕が引き取りました。 #名前2#の言葉に各々が軽く頷いた。どうやら兄はこの面子に知られているらしい。神無は男たちを紹介してもらう。中禅寺、木場、関口、鳥口……。すぐには覚えられないだろうな、と思ったが父は浮遊しながら「まさかこいつがなあ」とぱんぱん叩いているので覚えるべきは鳥口のみだろう。分からなかったら父の言葉に耳を傾ければいい。 「それで、嬢ちゃん。学校で柚木加菜子について何か聞いてることとかあるかい」 「私はあんまり……。彼女は…あの美しさでしたから憧れの的ではあったと思います。でも何と言うか、神秘的なものに憧れてそれに人を巻き込むような癖のある人でしたね」 あぁ、と木場は頷いた。第一発見者の少女はまさにその神秘的なものに巻き込まれている女だった。結局彼女が話していたのは自分の言葉ではないのだ。生きているか死んでいるかも分からない加菜子の言葉をそっくりそのまま使っているだけ。神無の例えはしっくりきた。 「あと、その第一発見者のクスモトさん。あの子は周りから遠巻きに虐められていたというか、まあ浮いた存在でした」 「あの家は一体なんなんだ? あの母親を見る限りそんな女学校に通わせられるなんて思えなかったんだが……」 「元々ヤクザの方と懇意にしていたらしいですよ。噂ですけど」 それで手を切った今はあのザマというわけか。木場はあの母娘について納得出来ても美波絹江と柚木加菜子についてはまだ分からないことだらけだった。神無に学校で柚木の母親や父親について噂はなかったのか、と聞くと「さぁ……?」と煮え切らない返事が来た。分からんのか、と木場は気落ちしたが#名前2#の視線がじっとりと刺さって誤魔化すように茶を飲んだ。#名前2#の視線は中禅寺とも榎木津とも違う。気にしないことも出来るのになぜかその視線に晒されるのが辛いと感じるのだった。 「私もよく分かりません。彼女もまた別の意味で浮いてたんですもの」 「そぅ、か……」 「ああ、でも。彼女、なぜか私の写真を持ってましたね」 げほっとむせたのは#名前2#と関口だった。神無は関口のことを冴えない作家だと思っていたし、何やら浮かない顔をして聞いていたのでしっかり聞いてるとは思わなかった。 「えっ、なに、呪いかい?」 #名前2#のあけすけな物言いに古本屋だという中禅寺が今度は吹き出した。関口はハンカチで口元を拭きながら#名前1#と声をかけた。 「この場合は呪いとかじゃなくてあのさ、」 「……真逆」 「うん、多分。思慕してたって、事じゃないかな」 なるほど、と二人の声が重なった。親子となった二人は顔を見合わせると正面を向き直る。その光景にまた中禅寺は声に出さないように笑っていた。 「そう、だったんですね。てっきり私は彼女に呪われたのかと思って。彼女が事故にあったのはそういう呪い返しでいってしまったのかと」 「呪い返しって……」 鳥口は苦笑いだったが関口たちの興味をひいた。突っ込もうとした関口を木場はその鋭い視線で押さえつける。 「分かった、嬢ちゃんたちには遠くまで来てもらって悪かったな」 「いえ。呪いじゃないと分かってほっとしました」 「何だか厄介な事件に巻き込まれてるみたいだね。美波絹江って木場が好きな女優さんだろう? 早く事件が解決するといいね」 #名前2#の言葉には自分にはそれ以上のことが分かってるからな、という含みがあった。それになんと言おうか迷ったが結局木場も関口も黙ったままで#名前2#たちは「お先に失礼するよ」と立ち上がったのだった。 帰る時にはきちんと中禅寺の奥さんに挨拶していくのが#名前2#さんらしい、と思った。 「久々に会えたのに、もうお帰りですか?」 「いや、この子の引越しも片付いてなくてですね。男一人の家には足りないものが多すぎるんです」 「ああ、なるほど」 少しだけ雰囲気が柔らかいと思った。あの男だらけの空間よりも心地よいのは当たり前だけれど、それにしても、だ。 「そいじゃ、失礼します」 「お邪魔しました」 神無が頭を下げると向こうもしっかり頭を下げてくれた。綺麗な項をみてしまった。 帰り道、神無はあの項に何か見覚えがあるような気がしていた。考え事をしていたからか、それとも自転車の揺れに神無の細腕が耐えきれなかったのか。小石につまずいた時に神無はぐらり、と自転車から倒れた。 「神無!!!」 #名前2#から大きな声を聞いた。自転車を捨ててあわてて神無のもとに来た。すぐさま助けようとした#名前2#さんを見て「あ、」と思い出すことがあった。 項。そうだ。彼女の項を見たのだった。 「神無、大丈夫か」 「……うん、大丈夫」 なぜ今まで忘れていたのだろうか。すっかり忘れていた。日常の中に埋もれていた。柚木加菜子を助けたことがあったのだ。階段からずり落ちるかと思った彼女の腕を引っ張った。その時に見えたその項に、そうだ、見たのだ。 「もうりょう」 「ん?」 あれは、宮内家の蔵で見た魍魎だった。