映画会・はじまり

 その会の始まりはアカとアオが#名前2#の部屋に突撃したことから始まった。彼はパソコンでじっと映画を見ていた。カルト映画と呼ばれたそれを、彼はわざとなのかカレーを食べながら見ていた。 「え、なにこれ」  アカの一言により#名前2#は2人に気づいた。 「ムカデ人間2」  悲しいことに2人が見たのはモノクロの映画の中に唯一カラーが入る排泄物のシーンであった。  そんな映画ばっかり見るなよ、とアカに言われて#名前2#は休みを貰った時や早く帰れた時などには彼に言われた映画を見るようになった。 「俺これ好き」 「アカは何回も見ますよね」 「かっけーからな!!」  彼が持ってきたのはトランスポーターだった。スカッと爽快な後味があり、時たまヒロインとの交わりがあり、と典型的なアクション映画だ。#名前2#にも面白さは伝わったが爽快過ぎてある意味人の命が軽々しいとさえ思った。他にもアカが持ってきたDVDたちを見る日々が続いていた頃、僕のおすすめも見て欲しいんですが、と手を挙げたのがアオだった。 「何持ってきたんだ?」 「チェンジリングです」  アオが持ってきたのはクライムサスペンスものだった。嘘か本当か分からない情報戦だったり、美しいヒロインでさえも不幸が降りかかり絶望に叩き落とされる様は#名前2#も好きであった。だが、クライムサスペンスは悪が勝つ訳では無い。最後は正義なのだ。それが分かっているとアカもアオも根底では正義を信じていてその世界の中に生きているのだな、と思った。  それから三人で木曜日の夜9時からは映画を見る時間と決めたのだった。月曜、水曜、金曜と土日は特別潜書があるので諦め、火曜日は#名前2#の仕事の忙しさから諦め、金曜日に決まったのだった。そんな会があると司書が気づいたのは早かった。 「私も混ざっていいですか」と彼女が持ってきたのはパンズ・ラビリンスだった。 「あ、これオレも見た! なんてゆーか、しんどくなった映画だったなあ」 「僕は結構すきでした」 「私も好きですね~。ファンタジーや恋愛は割と色々と見るんですけど」  #名前2#だけが見たことがなかった。いそいそと隣に座った司書から少しだけ距離を置いてからアカとアオとを座らせてDVDを再生した。映画を見たあとの#名前2#は淡々とした口調で寂しい世界だなあ、と言うのだった。  #名前1#は人がまざまざと死ぬ映画が好きである。とにかく人が死ぬこと、ヒロインやヒーローが痛めつけられるのが好きであった。絶望の中から人が這い上がる様を見るかと思えば、次の映画では明るい未来に突き進むかと思いきや不穏な結末を残す作品を見ている。  #名前2#さんってそういうやべぇ映画好きだよなあ、とアカに言われた。 「うーん……人が、燃やされてる映画は面白いって思ってる」  答えにはなっていない回答だったが聞いていたアカはうへぇと口を大きく揺らした。アオは人が燃えるのに理由が上手くないと面白くないですよ、と突っ込んでから持っていたチップスを細かく砕いて口の中に運んだ。 「僕は口うるさい警察の女性が出てくる映画が好きですね。テンプレート化したようなの」 「あー、分かる」 「えー、あいつら見てると腹立つじゃん」  「腹が立つようにテンプレート化されてるってことじゃないですか。自立した女性は醜い、という社会の遺産ですよ」  なかなか厳しい意見だったが#名前2#も概ね同意だった。その遺産を芸術に必要なものと見るか、娯楽として据えているのかは監督に聞かないと分からないだろうけれど。  アカは微妙な顔をしていたがこれ以上話をしても無駄と思ったのかじっと#名前2#を見た。 「俺はもっとスカッとする話のが好きだけどな」 「ヒーローものですか……? まあ分かりますけど……」 「ヒーローじゃなくてもいいんだよ、ヒーローになるやつは誰か分からないんだからさ」  でも、人はみな自分が特別だと思いたがるだろう。そうじゃなければ主役なんて張れないからだ。  アカとアオとを隣に座らせての映画鑑賞はこれで何度目になるのだろうか。もう何度もやっていて段々オススメ映画だけではなく、全く知らない映画に手を伸ばすようになっていた。今日の映画はつまらなかったな、とアカに言われた。アカがそんな否定的な言葉を出すのは珍しかった。彼は映画を見るとできる限り褒めるタイプである。その寛容さは一種の諦めというか、まあこの程度でもいいやという意思があるのを#名前2#は知っていた。 「あ、それなら新聞に広告を出してみたらどうですかね」 「広告ってあれですか。情報求む、みたいな」 「はい。花袋さんたちにお願いすれば何とかなると思います」  確かに、あの文豪たちの新聞にお願いすれば何か見つかるのかもしれない。それなら、と#名前2#は司書に文言を考えてもらった。自分がやるよりも皆と関わっている司書の方がいいに決まっている、と思ったのだ。だが、司書が言うだけでは終わらなかった。 「ねえ、君たち集まって映画見てたの?」  #名前2#に食いついてきたのは島崎だった。後ろには志賀も連れていた。 「見てたけど」  その二人が一緒になるのは本当に珍しい事だったが#名前2#にはそれも知らなかった。彼は頓着しないままご飯を食べている。志賀は顔を顰めたが島崎はいつものことだ、と向かいの席に座った。志賀は島崎が座ったので仕方なく自分も座った。#名前2#はちらりと視線を寄越したが特に話しかけることもないと判断したのかまた箸をとる。 「僕知らされてないんだけど」 「いや、なんで言わなきゃいけないんだよ……」  #名前2#の言葉は最もだ。彼らは友人関係ではなさそうだった。志賀でさえもあの事件のことは覚えているのだから。#名前2#はもうご飯を食べ終わりそうになっていた。 「面白そうなことやってたんだから、教えてくれても良かったんじゃない?」 「……そんなもんか?」  #名前2#は本当に疑問を持っている、という顔をしていた。 「話さなきゃいけないのか……? よく分からん」  嘘をついているようには見えない。本気で困惑して島崎と志賀を見ていた。ああ、今自分はちゃんと視線を受け止めているのだと志賀は変な気分になった。 「まあ、世間話程度のことだろ。あんまり、気にするなよ」  志賀の助け舟に#名前2#は上手く乗れなかった。世間話か、とやはり困惑した顔をするのだ。彼には立ち止まり少し会話する程度の気持ちもないらしい。それならこの食事の速さもよくわかるのだった。#名前2#はそういった感覚が疎いのだろう。 「次やる時には誘ってね」  #名前2#は食事を終えて立ち上がる時だった。島崎の言葉に考える顔になる。断るための振りだけする、ではなく本当に考え込んでいる様子だった。 「他の奴らにも聞いてからな」  #名前2#の素直な目に志賀の方が面食らってしまった。 「ごめんね付き合わせて。もういいよ」  あまり反りの合わない島崎と志賀が一緒に行動していたのは図書館での決まりだった。島崎はあの事件の後#名前2#と二人で行動してはいけない、という規則が設けられていたのだった。#名前2#の方には二人で過ごそうという気持ちがなかったのですっかり忘れていた。島崎はこの規則を破ったときの罰則についても聞きつけたのか真面目に守っていた。今日は潜書メンバーの1人であった志賀を引き連れてきたのだった。 「いや、いいんだけどよ。……なんつーか、あいつ変なんだな」 「でしょ? あげないよ」 「いや、いらねーよ」  はぁ、と脱力して俯いた。島崎の言葉に反射で突っ込んでしまったが、今「あげない」と、自分の所有を主張したのか?志賀は少し緊張して島崎の顔を見る。島崎はいつも通りの顔をしていた。 「君も参加したいの?」 「……は、いや、…あ、ああ。たまにならな」  これはちゃんと確認しなければならないだろう、と思った。正義感ではなく、ある種の恐怖からの気持ちだった。