番外編3
【続・精神退行マスター】 マスターの泣く声がする。もぞもぞ起き上がり彼の胸の辺りを叩くと「どこにもいっちゃらめっ!って、いっだよにぃ!」と怒られた。君のベッドの横で寝てんだけどな俺?と思いながらもマスターを叩くのをやめない。一定のリズムに段々と落ち着いたのかマスターはあぐあぐと声をあげてそして俺の手を握りしめてベッドにすうすうと眠りの声をあげた。 「世祖、お前先に乗れ」 うんと頷いて世祖がよじ登る。マスターの腹のあたりに足を巻き付けてぐっと近づく。それを抱えるようにして俺も入った。全くこの狭いベッドに男二人少女一人はしんどいものがある。入ったには入ったが寝れない。 「うぅー。おれのにちゃぁあ゛あ゛」 「はいはい、お兄ちゃんだぞー」 どっちかって言うと今のマスターからしたらお父さんって言われた方がいいのだがお兄ちゃん扱いらしい。有難いのか有難くないのか。まあ、世祖の父親ではなかったし父親願望はあるけれど。若く見られて嫌な訳でも無い。 マスターが寝たのを確認してダ・ヴィンチちゃんに念話を送った。出来ればマスターのベッドはもう少し広くしてほしい。今、マスターが退行してる間だけでいいから。 「あの、ますたぁは……?」 「清姫」 いつの間にやら入っていたのか、清姫はベッドの下からもぞもぞと這い出た。さっきの俺が気づかなかったってことは、ベッドの下に横になっていたんじゃなくてベッドの側面に張りついていたらしい。有り余る身体能力はサーヴァントになってからだろう。 「今寝たところだよ」 「そうですか。……あの、私も」 「は無理だからな。やめろ、ベッド壊れるから」 「ぶう」 「やめろ、俺を睨むな」 マスターはすやすやと眠っている。清姫はそれを見たら毒気が抜かれたのか「可愛らしいお顔ですね」と笑った。 「子どもだからな」 「……はい」 「清姫」 うん?と首をかしげた彼女は持っていた大鉈を振り上げている。世祖がその力で止めているのだが馬鹿力を発揮しているらしくじりじりと下がってきている。 「何、殺そうとしてんだお前!」 「だって、私が入れない床に#名前2#さまが入ってるなんて嫌じゃありませんか」 「巫山戯んなぁあああ」 清姫を何とか部屋の外に放り出すとマスターがもぞもぞと顔を上げた。寝相が悪いのは知っていたが、まさか眠ったまま顔を持ち上げるとは。顔をくるっと上へ向けるとまた倒れた。それでもすやすやと眠っている。今の動画に撮れば良かったなと思いながら自分も眠った。 マスターは幼児退行からさらに退行する時があった。彼はたまに夜泣きをした。しかも世祖がその夜にいない時に限って、である。夜泣きの原因は#名前2#は知らない。前に、起きてる時の興奮がさめやまらないからと聞いたことがあった。でも他にも原因はあるらしい。世祖がいないので原因を探ることも出来ない。携帯端末は明かりが強くてマスターを起こす可能性があるので使えなかった。どうしようかと考えた挙句、もしかしたらお腹が空いたのかとマスターを横抱きにして食堂まで連れてきた。毛布に包まって寒さにはふはふと息を吸うマスターを見て急いで暖房のボタンを押した。サーヴァントになってから、人間とは感じ方も変わってしまったので寒さや暑さに疎いのだ。早くあったまれと祈りながらマスターのことを毛布の上から抱きしめた。 ごうごうとエアコンの音がする。マスターは少しだけ暑そうに見えたので毛布を下にずらしてやった。とりあえずホットミルクでも飲ませようと立ち上がると、緑のマントが突然現れた。 「ロビン」 「全く、この夜中に出歩く人がいるなんてね」 「泣き声が聞こえたのか」 「ピーチクパーチク言うもんですから」 そっちの鳴き声じゃないんだけどなあと笑って椅子をずらした。手に持っているコップはマスターのために作ったのだろう。蜂蜜の甘い匂いが鼻をくすぐった。 「……」 バツが悪そうな顔でロビンは椅子に座った。マスターらもう泣いておらず、すやすやと安らかに眠っている。ロビンに話を聞いたら、顔のない王でずっと追いかけてきたらしい。コップを俺に差し出すと「飲みなよ」と言い出した。 「マスターのじゃないのか?」 「ちげーよ。ていうか、マスターはもう眠ってるじゃないすか」 「まあな」 「面倒を見てるあんたにですよ」 ありがたくコップをとった。ほう、とため息がもれた。暖かい。昔、こうやって刀剣男士たちに振舞った覚えがある。考えてみれば随分と昔のことだった。あの時は、まさかサーヴァントになるだとかカルデアとかそんなこと知らなかった。ただ、歴史修正主義者たちを屠るための戦争に身を投じていた。 「どうしたんすか」 慌てたようなロビンの声に顔を向けると、いつもなら見せない慌てたような顔をしていた。どうした?と声をかけると「それはこっちのセリフ!」と強く言われた。 「……泣いてますよ、あんた」 手をほほにあてた。濡れている。本当に泣いていた。何の涙なのか分からない。心が暖かくなったからなのか、夜泣きにあてられたのか。悪い気持ちではないのだ。 「すまん、すぐやむ」 「……」 ロビンは俺を子供のように睨んでぐいっと顔を近づけた。真ん中に眠るマスターをはさんでロビンが俺に抱きついている。平均的な腕は男二人を捕まえるには短くてロビンの腕は俺の肩まで伸ばされた。 「どうっすか」 「どうって、」 「んー。分かんねっすけど、昔こうやって抱きしめればいいって教わりました」 その教えた人間とはーーきっと、ずいぶんと不器用な人だったのだろう。そして、これは自身の大切な人へするべきだと思うのだが。話したいことは多かったがなぜか口にはできなかった。代わりになぜか歌がこぼれた。鼻歌だったがそれでもよかった。歌詞を伝える気はなかったのだから。 少年四人組が死体を探しにレール沿いに探検をする話。その映画の主題歌だ。 恐れることなんてない。 怖がらなくていい。 ただ君が暗闇の中ずっといてくれたら。 そばに居てくれないか。 俺の隣に離れず。 ずっと近くにいてほしいんだ。 この歌も昔に歌ったことがある。その時は歌詞も言っていたし、和訳も皆に知られていたから俺の方が恥ずかしくなった。聞いていた奴らは喜び俺の周りに近寄った。ある少女はこう言った。「あたしたち、#名前2#さんが何か言っても離れてなんかやりませんからね!」その言葉は結局その通りになった。いなくなるまで、彼女たちは俺らのことを友と思ってくれていた。 ロビンは途中恥ずかしくなったのか体を剥がした。顔が真っ赤になっている。歌が分かってしまったのだろうか。 「あんたもそんな歌歌うんすね」 「昔の歌が好きなんだよ」 底に溜まったホットミルクを喉に流した。マスターをロビンに預けて流し台にコップを持っていく。冷たい水はカルデアが山から水を引いてるらしいが、水道管を温めておくのも一苦労らしい。節水!と大きく書かれた張り紙は崩し字になっていて読めないんじゃないかと思った。コップを洗って戻るとロビンは残っていた。いや、このまま帰るのかと思ったのだ。だが彼はいたから少しビックリした。 「なんすか」 「……何でもないよ」 へらりと笑ってマスターを抱いた。ロビンに「早く寝ろよ」と声をかければ分かってますよと言われた。 「おやすみ」 「ええ、おやすみなさい」 静かな夜にまたはや戻り。布団にマスターを寝かせてまた歌を歌った。 そばに居てくれないか。 俺のそばに離れず。 ずっと近くにいてほしいんだ。 マスターも、離れて欲しくないんだよなあ。#名前2#の声がマスターに届いているのかは分からない。彼はすやすやと眠ったままだった。 【人理修復したあとの話】 ※修復したあとも世祖と#名前2#がカルデアにいるという時空。 彼の人がいなくなってマスターは変わってしまった。いや、本来あるべき彼に戻ったとも言えるだろう。 世祖は人理修復を終えて自分の仕事は終わったと思ったのだろう。マスターに巣食うそれらをもう食べなくなった。マスターの心の中には人を嫌う気持ちも、ストレスを感じる性質も、痛みも思い出した。彼は、人間になった。 マスターは傷を負うたびに痛いと言うようになった。サーヴァントの召喚をしたいと言わなくなった。マスターは、#名前2#を部屋に呼ぶようになった。 「マスター、そろそろ部屋を出てみようぜ」 声をかけられてのそりと頭が動く。疲れている頭は痛みを放ち、血管を広げようとしていた。食べていなかったせいで食事の匂いがやけに鼻についた。臭い。声に出さずとも口からそんな言葉がぽろりと出てきた。#名前2#は苦笑いで「少しは食べないとな」とパンを持ってきた。ブーディカ特製のふわふわのパンを一瞥してマスターは「いらない」とか細い声で答えた。 「食べないと体がもたないぞ」 「うん……」 カードにしまわれたサーヴァントを見ながらマスターはへらりと笑った。人類最後のマスターとは笑わせる、と今は思う。なんで自分がそんな仕事を任せられなければいけないのか。ドクターがいなくなって、彼に支えられていたことを実感した。彼は立夏のことを人類最後のマスターと考えていたが、それ以上に藤丸立夏のことを考えてくれていた……と思う。本当はよく分かっていない。人間の記憶は改ざんされるものだと#名前2#がよく言うのできっとそうなんだろうなと思っている。いなくなったロマンはきっと「とてもいい人」で立夏のことを「すごくよく考えてくれて」いたのだろう。 「#名前2#」 「ん」 立ち上がってマスターは痛む腹をさすりながらちょこちょこと歩いた。幕間のレイシフトで足を骨折したのだ。 「痛むか?」 #名前2#ら当たり前のことを当たり前のように聞く。それが立夏には嬉しかった。サーヴァントと人間は違うので身体能力も精神面も全く異なる。立夏は不安定な状態にあった。それでも平気だよ、と答えなければいけないのは彼が日本人だからだろうか。同じ日本人のエミヤや#名前2#はそんな立夏を心配していた。 「辛いなら運ぶぞ?」 「恥ずかしいよ」 「マシュには抱えられるのに?」 世祖から聞いたのだろうか。まだレイシフトの最初の頃は歩けなくなってマシュや世祖が助けてくれていた。キャスターは自分で歩けと言っていたし、自分もそうしようと思っていたが世祖の力は強すぎて敵わなかった。あの頃はまだサーヴァントもいないから大変だった。早くに来てくれたカーミラとステンノが倒れそうなほどだった。 「いいんだよ、頑張ってるって認められてるんだ」 振り返っていた立夏を#名前2#は横だきにして抱えた。女の子だったら惚れるよなあと思いながら#名前2#の腕にしがみついた。安定しているのだが#名前2#は意地悪なのでたまにユラユラと落とそうとするのだ。落とさないと分かっていても怖い。アトラクションのようには思えない。 これから日本の特異点へまた帰ることになる。今度は新宿。何が起きるかは今までと同じように分からない。行ってみて何が起きているのか確認して戦うのみだ。 「さ、種火集めに行かなくちゃ。QPも足りないし」 「はいはい」 お前は休むってことを知らないなあと#名前2#がぼやく。そのセリフ、そっくりそのまま返してやりたかった。