以蔵と
その日、以蔵は食堂に来るのが早かった。二日酔いで痛む頭に寝ることも出来ず起き上がり太陽もでてないうちに食堂へと向かった。かちゃかちゃと食器の音がする。新しく設備された小さなキッチンの方だった。大勢のサーヴァントがいるので調理器具はどれもみな大きい。時間外に来たときに少し作れるようなキッチンがほしい、と#名前2#がお願いして作らせた。 「あれ、以蔵だ」 「なにしとう」 「見れば分かるだろ。朝飯作って来たんだ」 見せられたのは昔懐かしの塩にぎりだった。サーヴァントになってから匂いにも敏感になった。うまそうじゃな、と言うと「ほしいの?」と言われた。 目の前にあるものは上手そうだ。どうしようか。以蔵が答える前に#名前2#は皿を突き出した。 「俺は別の作るから」 #名前2#はまたキッチンに引っ込んだ。刀剣男士の声が聞こえてくるが誰かなど覚えていない。皿を受けとって背を向けると、食べ終わったらキッチンに持って来いよと声をかけられた。手を振り返して返事に代えた。 以蔵から見ると#名前2#という男は気色悪いものだった。なんだ、この男と思っていた。自分のことも棚に上げてこいつはやばい男だ、と思っていた。#名前2#からすれば刀剣男士と似た思考回路をしているお前の方がやばいと言いたくなる。話を聞いていたのは刀剣男士だったがあまりにも面白かったので掘り下げた。 「……おまんらの主人貶したんだぞ」 「#名前2#さん? あの人はマスターでも主人でもないよ」 「ですね」 大太刀兄弟の言葉に以蔵は首をかしげながらも気色悪いと思う理由を語ってみせた。仲間思いかと思えばレイシフトは容赦なく人を殺すこと。自死も手段の一つと考えていること。何より、刀を持った時の気迫がおかしい。 「おかしい?」 「……あいつの剣は得体が知れんもの持っちゅう」 「へー、そうなんだ」 今まで一緒に居る中でそんなこと思ったことない。とにかく酒を飲もうと注いだのに以蔵はふと部屋を出ていってしまった。マスターの気配がしたわけでも刀剣男士がいたわけでもない。あの坂本龍馬でもない。何があったか知らないけれどまあ放っておこう。二人は以蔵が残した酒も飲みほして新しい瓶に手をかけた。 一方で以蔵は訳も分からず歩いていた。なぜか歩きたくなったのだから仕方ない。よくわからない感情のまま歩いたりスキップしたり壁に手をつけてみたり。言いようのない気持ちでただ歩いていた。カーブした向こうに気配を感じ取る。ぴっと、立止まった自分に相手は「以蔵?」と首をかしげていた。前の時のように手に皿を持っている。おにぎりではなくスぱなんちゃらというところだけ違っていた。 「どうしたんだ、太郎太刀らと酒飲むんじゃなかったのか?」 「……」 変な気持ちになって抜け出した、とは言い難い。唸りながらいい答えを探していると#名前2#は「酒取りに来たのならやめておけよ、今はキッチンにエミヤいるから」と笑う。 「ほうか」 「おう」 会話が途切れる。#名前2#が歩いていってしまいそうになるので慌ててその背中を掴んだ。振り向いた#名前2#に以蔵は一言、味噌汁作ってくれ!となぜか叫んでいた。今でもあの時なぜそんなことを叫んだのか以蔵には分かっていない。#名前2#の驚いた顔もへにゃりと笑った顔もずっと覚えている。 キッチンにやってきて#名前2#は手早く味噌汁を作った。エミヤという弓兵がいない、と言うと「酒を飲みすぎないための嘘だよ」と笑っていた。ほうか、と頷いた自分はそのときどんな顔をしていたのだろうか。 油揚げと豆腐を入れた簡単なそれと夜食用とラップで包まれた白米と#名前2#がどこからか取り出した漬物をそえれば簡易的な夜食の完成である。向かい席に座った#名前2#は乾燥防止の油にまみれた麺を食べている。味噌汁を飲んだときにふと、こんな風にしっかりとした和食を食べたのは久々だったかもしれないと気づいた。ちらり、と#名前2#を見てみるが以蔵の方を見てにこっと笑うくらいで何か話すということはなさそうだ。別にそれは構わないのだが、なんとなく。なんとなくだが面白くなかった。 翌日、いつもより早く。それでいて他のサーヴァントたちもいる時間帯に行くと#名前2#はいなかった。一人、適当に座ると横にいたのは同じアサシンのサンソンという男だった。いつもは女王と一緒に居るくせに今日はどうしたのか。聞こうかと思ったが食堂を見回したときにあの女王がいないことに気づいた。サンソンも気まずそうに以蔵を見るが何も言わない。むぐむぐと飯を口に突っ込んでいると突如として背後に気配を感じた。振り向いた瞬間にかちゃり、と何か当てられた。聖杯知識から一応ぷらすちっく、というものだということは分かる。 「珍しいな、以蔵! お前がこんなところに来るなんて!」 笑う#名前2#の背中には世祖がおぶさられていた。持っているのは何かついている棒である。後ろからマリーアントワネットとジャンヌダルクも出てきて「素晴らしい経験でしたね」などと言いあっている。 「お帰りなさいマリー」 「ただいま、サンソン! 本丸ってすごいのよ、初めて日本家屋というものを見てみたのだけれどとっても素敵だった! 仕切りの文化、というらしいの」 「ぜひまた後で話を聞かせてください」 「私も妹たちに自慢してきましょうかね~」 マリーやジャンヌたちは歩いていってしまう。空いた席に#名前2#が座り「どうしたんだ、こんな時間に」と笑いかけた。 「……おまんこそ」 「めんどくさいから朝はいつも本丸に戻ってるんだ。ここはサンソンを目印に作った扉」 サンソンがいなくなったからすぐ閉じるよ、と言われて後ろをよく見てみた。昔懐かしの世界が掻き消えていく。#名前2#の方にまた向くと微笑んで自分を見ていた。その表情が過去の記憶と重なる。こうやって微笑んでもらいたかった。ずっと、ずっと。よくやった、と言ってほしかった。 「おまんのとこ、本丸ゆうがか」 「ああ」 「……今度、連れてってくれとうせ」 「え? 別にいいけど。どうした、今日はしおらしいな」 「ふん、いつも通りじゃ」 #名前2#はへにゃりとした顔になった。その顔は普段から見られるものではない、と最近気づいた。その小さなことが嬉しい。自分も笑っていることに以蔵は気づいていなかった。 【↓ここからIF】 食堂を出た後で自室に戻ろうと歩いていると後ろから自分の名前を呼ぶ声がする。 「岡田さん!」 「なんじゃ」 「……あっと、マリーから伝言が…」 「はあ? あの女王様が? わしに何の用き」 「……。一緒にいられるだけで満足なら家族だけど、それ以上に知りたい、ずっとがいいって思ったら恋だよ、と」 アサシンの医者はそれだけ言うと走って行ってしまう。残された以蔵はその場に立ち尽くしてしまう。何が何だかわからない。あの気持ちは恋愛なのか親愛なのか自分でも分からない。とにかくあれが「情」と呼べるのだけは確かだ。 「あれ? 以蔵さん? こんなところでどうしたの?」 「…マスターか」 「珍しいね、この時間に食堂に行くなんて」 「……」 同じ言葉であるが#名前2#に言われた時とマスターに言われたときでは感覚が違う。その差もよく分からなくて以蔵は首をかしげてしまう。 「ご飯まだなら一緒に行く?」 「いんにゃ。もう食べたき、平気じゃ」 「そっか! それじゃあ用事があったらまた呼ぶからね!」 マスターは歩いていってしまう。頼られることは嬉しい。マスターの役に立ちたいと思う。ただそれとよく似てどこか違う気持ちを#名前2#にも抱いていた。この感情にはどんな名前が似合うのか。あの女王様が言うように恋愛とでも言えばいいのか。何となくポカポカとしている心を擦りながら以蔵は自室へ歩き出した。