ホームズと
ホームズがカルデアにやってきた時、#名前2#はずっと聞きたかったことを質問した。別にモデルなどは気にしていない。アイリーンアドラーも気になるがこの話よりは……まあ、といった感触だ。 「なあホームズ」 「なんだい?」 「アンタはいつの時代のホームズなんだ?」 時間が止まったかと思った。スタッフたちもダ・ヴィンチ女史も動きを止めていた。ホームズも目を瞬かせる。聞いてはいけないことだったのか?と思ったらホームズは笑い出した。 「ワトソンについて聞きたいのかい?」 「ワトソン呼びなのか」 「そこからかい? 僕の小説を読んでるんだろう? さっきの質問するくらいだ」 「色んなホームズとワトソンの物語を書いてるやつがいるからな。ホームズが女になったりワトソンが女になったり、果ては二人とも女だったり。あ、人間じゃないやつもある。でも全部の作品でホームズがワトソンの名前を言わないのはなかったな」 ホームズは、嫌味を感じさせないと思っても煽っていると思わせる笑顔でたははと笑った。何で「たはは」なのかと思ったらホームズは顔を真顔に変えて「なんだい、笑わないのか」と言い出す。 「おかしいね、人は笑いに合わせて笑う生き物だと思っていたよ」 「笑えるかよ。お前の笑顔狂気を感じる」 「男はこの世のものとは思えない雰囲気で凄んだ。深淵の闇に触れた君はSANチェックだね」 「おーい! 誰だ、ホームズとクトゥルフやったのー!!」 数名のスタッフがさっと顔を逸らす。あいつらめぇと#名前2#は顔を顰めたが怒っている雰囲気はない。ホームズはふふっと笑って「我が宿敵、モリアーティを知らなければあそこには行かなかったよ」と言う。 「ってことは、ライヘンバッハの滝はやったあとか」 「あの事件はそんな名前に?」 「ワトソンの日記にちなんで名前が付けられてるよ」 「なるほど。ワトソンのそれが有効活用されるとはね」 ドクターのミドルネームは?と#名前2#が問いかける。ホームズはニッコリと笑ってヘイミッシュだと答える。 「アイリーンアドラーについては?」 「いうことは無いよ」 「……。ダ・ヴィンチ女史とどっちが綺麗だった?」 ホームズは驚いたような顔を見せたが「美しさの基準は誰の目にも変わるものだよ」と言う。逃げたと#名前2#は思ったが深くは突っ込まなかった。 「ドクターの結婚式はどうだった?」 「素晴らしかったよ」 「そして貴方は一人ぼっち」 「前からそうだよ」 「マイクロフトのことはどう思っていた?」 「兄のことも? 彼についてもノーコメントだ」 #名前2#はシャーロキアンと呼べるほどに小説を読んでいるわけではない。質問終わり、と椅子から立ち上がった。 「もういいのかい?」 「俺はシャーロキアンじゃないし」 「シャーロキアン?」 「ホームズの小説の熱狂的ファンってやつ? それだよ」 「へー」 ホームズは自分のことには無頓着すぎた。#名前2#の言葉に深く頷いてさらに質問を投げかける。席を立って#名前2#のあとを追いかけていくのだ。 「ワトソンは? どこまで小説で書かれていた?」 「貴方との出会い、結婚して、死別?して」 「ほう、死別になってるのか! 面白い!」 Amazing!!と叫ぶホームズを後に引き連れて#名前2#はスタッフルームを出ていった。サーヴァントたちの集まりに戻るのだろう。見ていたダ・ヴィンチはふうと深呼吸した。 「すごいね、彼ら」 「ホントですね」 ホームズも#名前2#も情報の駆け引きをしていた。と言っても#名前2#にはそんな自覚はないだろう。だがダ・ヴィンチよりもホームズの小説に慣れ親しんでいてスタッフたちよりもホームズに近しい#名前2#は臆することなく話しかけていた。だからこそのやり取りだった。面白い光景に出会えたと思うべきか、この後の嫌な予感に顔を顰めるべきか、ダ・ヴィンチには悩むところだ。 ホームズとワトソンは基本がセットなのだ。読者たちはワトソンの視点から冒険を楽しみ謎解きに驚きホームズを賞賛する。ホームズにとってはワトソンであったものが実はワトソンを通じて世界に広まったというのだから驚いたことは確実だ。ホームズはワトソンを待っているのだろうか。モリアーティという宿敵はいてもそこに友は連れてこなかった。宝具として名前を変えているのならば別かもしれないが、あれはホームズの謎を解き明かす人という力を昇華させたものだ。ワトソンは、もしかしたら元からいないのだろうか? どれにしても、今ここにワトソンがいない理由になりうる。そして#名前2#がホームズに捕まった理由にもなりうる。 ダ・ヴィンチはにこりと笑っていい鎖を見つけてしまったね、我々はと言い出した。 「鎖っていうより楔でしょう」 スタッフの混ぜっ返しにダ・ヴィンチはうまい!と頷いた。 「ホームズはきっと#名前2#を手放さないだろうね。相棒のワトソンがいない間の擬似的存在をようやく見つけたから」 「物理的にですかね?」 「どうだろうね? でも、小説ではワトソンがいるからこそホームズが成り立っていたのは事実だ。そしたら、今カルデアにいるホームズをホームズたらしめるものがあの力だけでは足りないのかもしれない、と考えられるね」 ようは#名前2#を利用しよう、というのだ。ワトソンがいないホームズという立場を消すために。何とも遠回りな証明だ。 「#名前2#には私から声をかけておこう。ホームズと世祖が大喧嘩しないうちにね」 それを効いてスタッフたちはけらけらと笑い出した。善は急げというようにスタッフルームを出ていったのを見送ってスタッフたちは各々の仕事に戻ることにした。仕事をしているスタッフと交代する時間だ。 廊下を歩きながらある女性スタッフはダ・ヴィンチの言葉を思いだしながらうーん?と首をかしげた。 「? アメリア、どうしたんだ?」 後ろから声をかけられてあー、うんーと声を濁しながらも小声で話した。どうしようか考えあぐねていても伝えたかったのだろう。 「……なんかね、ダ・ヴィンチさんの考えすっごい論理的じゃない?」 「だな」 「でも、あのホームズさんがそんなに証明にこだわるかしら?」 「……。確かに」 スタッフの頭の中にははははと笑いながら無理難題を吹っかけるあの名探偵が浮かんでいた。小説を読んだことないがあんなのが颯爽と探偵してるのかと思うと小説ヤバいとしか思えない。グラフや数式と戯れてる方がマシだ。 「私、思うんだけどホームズさんは#名前2#さんのことが好きなんじゃないかしら?」 「はぁっ!?」 「やだ、そんな大声出さないでよ」 「いや、おま……。そりゃないだろ。確か昔のイギリスは同性愛は禁止なんだろ?」 「そうそう罪人になったの……って、なんで知ってるのよ? バリバリの理系のくせに」 「昔見た映画でやってた。なんか第二次世界大戦のドイツの暗号うんちゃらかんちゃら」 「あー、わかった。うん、確かにあれは同性愛者だったわね。まあ、ホームズさんがどうかは分かんないけど絶対あれ気があるわよ」 「ふーん? 俺には分かんねえな」 女性スタッフは女の勘よと呟いて早く仕事に行きましょと声をかけた。 ホームズを連れて部屋に帰ってきた#名前2#を見て世祖が最初に思ったのは綺礼のことだった。まるで世界がわざわざ似せてきたかのようなデジャヴュだったのだ。 「おや、私の小説か」 「世祖のだ」 「共用では?」 「ない」 世祖はベッドから下りるととてとてとホームズに近づいた。見れば見るほど今までのホームズのイメージと違うと思わされる。世祖の中のホームズのイメージはグラナダTVバージョンの見た目で性格は原点だ。他にもシャーロック・ホームズは色々なヴィジュアル化されたが、#名前2#が見たいと思ったものしか世祖も見ていない。 見てきたものといえば先に言ったグラナダTV、ソ連時代のドラマ、新ロシア、BBC現代、ハリウッド、CSN……あとは人形と犬のホームズだ。挙げてみたら意外と見てたかもしれない。 どのホームズたちも個性豊かでたまに話についていけない。ワトソンがおかんみたいな時もあればホームズの方が甘やかす祖父みたいなものもあった。ここにいるホームズはそのどれにもあまり当てはまらない。カルデアに英霊として存在するからだろうか。それとも原典だけでなくパスティーシュまで典拠を求めたせいでおかしくなってるのだろうか。後者だとしたら「これはフィクションだから」で終わるのだがカルデアにいる以上それでは終わらない。シャーロック・ホームズにワトソンから感じるアンバランスな感触は#名前2#たちには「これはフィクションだから」で終われないのだ。 「私は英霊になってから力も変わってしまった。マシュ嬢も私のことをよく知っているが、彼女は正統派というやつだったからね。私のことをよくは知らないよ」 ふっと見せた流し目に#名前2#と世祖はおおっと声を上げそうになった。ドレス的な姿のせいか色っぽさが増している。「そんなことねえよ。俺もよくは知らない」#名前2#のフォローに世祖も頷いた。 「#名前2#、よむ、へた。ぱぁ」 「そこまで下手じゃないですー。臨場感溢れる読み方ですー」 「そっちじゃないだろう」 思わずツッコミを入れたホームズに#名前2#と世祖はゲラゲラ笑った。ホームズが! ツッコミ役! 嬉しそうな声で笑われてホームズは早口に「全く。君たちは失礼にも程がある、」と話す。 「まあまあ」 「まあまあじゃない」 「まーまーまー」 #名前2#と世祖の宥める攻撃にホームズは渋々と口を噤んだ。 「君たちといると退屈しないね」 「うわー、バカにされてる気がする」 バカにされててもいいのだが、ホームズのやり方はいやらしい。#名前2#はホームズに部屋に帰れば?と促すがホームズは腰をあげる気は全くなさそうだ。 「もう少しここにいたい。君たちについて考えるのは面白そうだ」 「………。詮索はんたーい」 「たーい」 「異論は認めませーん」 先程よりも随分とカジュアルな物言いだ。#名前2#ははあと諦めた。