13
メイヴにラーマの宝具が直撃した。腹が裂かれ、自慢にしていた真っ白い服が血で染まっていく。メイヴは全く聞く耳を持たなかったが、やっぱり赤色が似合うとそう思った。 生来からの悪属性。沖野さんと同じ人。自分の願いは必ずかなえる力を持った人、恋をした女。メイヴは最期まで自分を貫きとおした。 「クーちゃん、私今にも死にそうよ。でも、役割は果たしたの……。本当、本当よ。……褒めて、くれる?」 「――そうだな。お前さんにしては、よくやった。女王として自分の国を守る。やればできる女だよ、お前は」 「……#名前2#、そこにいるでしょ。ねえ、聞いた? 私、クーちゃんに褒められたの」 「ああ、ちゃんと聞いてた。聞き届けたよ」 「……貴方はすごく嫌い。でも、大好きよ。クーちゃん、貴方はやっと私のモノになってくれた」 「一体、何をした?」 「あはははは! 私の名前を知っていて? 我が名はメイヴ! 女王メイヴ! 私の伝説に刻まれた最高傑作をご存じかしら? その名は『二十八人の戦士』! 稀代の英雄クーフーリンを倒す集合戦士!」 「それがお前の切り札か。いいだろう、ならば召喚してみせろ!」 「……あはは、違うの、ぜんっぜん違うの。あなたたちが思っているものとは、何もかも! 何もかもが全く違う!」 彼女の今世での最高傑作…それは二十八体の魔神柱のことだ。メイヴの立てた術式の中にそれを詰め込んだ。聖杯の力を使ってでも、俺を飼いならしてでも、メイヴはクーフーリンオルタのために実行してみせた。犠牲に自分の子宮を使ってでも、実行してみせた。 正義は勝つものではない。勝った方が正義なのだ。メイヴの鞭がぺちりと俺に当たる。 「ねえ、痛い?」 「ああ、痛いさ」 メイヴはにんまりと笑った。いつかの剣はようやく通ったのだ。 「さようならクーフーリン。いつか、どこかで、また――」 メイヴが消えたことで力が回復したようだ。世祖との繋がりも感じられるようになった。俺が死ねば世祖が死んで、世祖が死ねば俺が死ぬ。まあ、器の俺が死ぬだけなのでオキノさんはきっとのらりくらりと英霊としてあり続けるだろう。 こっちに来い、と言われている気がする。しかし、それはできない。クーフーリンオルタが聖杯を持っている限り俺はこちらに結ばれている。聖杯で別の特異点から飛ばされるというのは、そういうことなのだ。 「狂王。俺は戦えない」 「分かってる。そこで見ていろ」 その代りにお膳立てはしてやろう。床に手を置き、外をイメージする。久々に開放した脳の力を使うが、暴走はしないだろう。光が周囲を包みこみ、目を開いたときにはホワイトハウスの前にいた。メイヴが作らせたゲイボルグのオブジェの下で戦わせる。彼女が見ていたらさぞ愉快なことだったろう。 クーフーリンは聖杯の力を使ってまで強くなり、戦っている。俺があいつの背中を刺すとも思わないで、無防備に背中を晒している。その信頼が重い。何であいつは俺に執着を持っているんだ。お前のその想いがある限り、俺はメイヴと聖杯から逃げられないのに。 三回の連戦が終わり、クーフーリンの霊基が壊れ始めた。現界できる時間はあとわずかになった。残る力を振り絞り、聖杯を守護する魔神を召喚するのだろうと思っていたら腕を引っ張られた。世祖と視線が交わる。 「#名前2#!!」 三日月の声が最後に聞こえて俺は強制的に眠りにつくことになった。 世祖の声が聞こえてくる。脈動する何かは随分と昔に感じたようなことがある気がした。目を開けると何も映らない。一体これは、誰の記憶なのか。沖野さんは俺の記憶を封じることが出来る。俺は随分と、人間ではありえないくらいの時間を過ごした。その記憶を少しずつ沖野さんはカットして編集している。でも、この記憶は自分のものという感じがしない。 沖野さん、のものだろう。冬木の聖杯を閉まってくれた沖野さんの記憶。英霊として、少しは融合できたんだろうか。何かが切り裂く音がする。ずるりと開いた視界は刀たちがたくさんいた。 「#名前2#さん、発見しました!」 俺には、まだ最後の戦いをする役目があるらしい。 ゆっくりと魔神柱は消えていく。その中から世祖ちゃんが#名前2#さんを引っ張り出して来た。べとべとに濡れている#名前2#さんは目を開くと「そうかあ」と呟いた。クーフーリンオルタも魔神柱も消えたのにこの世界が消えない。ドクドクと心臓が高鳴る。これは恋のときめきでもなく、激しい運動のあとでもなく、嫌な予感に緊張している感じだった。 ここに残っているのは一緒に戦ってきたラーマとナイチンゲールと、カルデアのサーヴァント。そして……。 「そうか、これが聖杯ってやつだったのか。初めて見た」 世祖ちゃんが今しがた傷を治した#名前2#さんだった。手に持っているのは紛れもない聖杯。でも、これはクーフーリンオルタが使ったはずじゃ……? 「……。俺も、まさかとは思うんだが。ナイチンゲールは俺を抑止の力って言ったけどな。そうじゃないみたいなんだ。俺は、ロンドンで呼ばれた英霊だった。それを、メイヴか聖杯か、何かしらの力がこっちに引っ張り込んだ。俺は、お前たちの敵だ」 敵。敵なんだ。#名前2#さんを怪しんでいたエリザベートは正しかった。世祖ちゃんが即座に念話であの聖杯は本物だと教えてくれた。恐らくクーフーリンオルタが死ぬ間際の会話の中で聖杯が場所を移されたのだ、と。 #名前2#さんは僕らの会話が聞こえているのかにまりと笑っている。空中に浮かばせた聖杯にどくどくと何かが溢れる。生臭い匂いがする。真っ黒に近い血だった。 あ、と思った時には世祖ちゃんは聖杯を奪い取った。ナイチンゲールも動いていた。持っていた銃を構え突撃する。だがナイチンゲールは即座に吹き飛ばされた。まるで重力が正反対に動いたかのように飛んでいった。 世祖ちゃんが奪ったそれも幻なのか手の中でふんわりと溶けて消えた。どくどくと流れる血の音は止まない。この世界にこだましてるのか耳の奥でわんわんと音が唸る。 「ナイチンゲール!!」 「ち、りょう……しなければ」 「ナイチンゲール女史。俺は病気じゃない」 「うそです……。あなたのそれは、病気。まだ、治せます」 #名前2#さんは首を振った。体はやせ細った皮と骨の首を見せつける。治らないんじゃなくて、治す気がないんだと気づいた。 治したとしても今の彼は聖杯に呼ばれた存在だからカルデアには来れない。キャスターや世祖ちゃんみたいに世界からプレゼントされるならまだしも、あの調子だとそれはなさそうだ。世祖ちゃんを見る#名前2#の目は親だった。頭の中に自分を待ってるだろう両親が浮かんだ。寂しさが突然増した。 「世祖。お前にはまだ聖杯を渡せない」 「まだ……? まだとはどういう事ですか」 「あげないつもりはないよ。だけど、聖杯に引っ張られてるのか俺はマスターには渡せないようになってる。自分の力のせいで自決もできやしない」 #名前2#はそう言って聖杯を傾けさせた。真横に傾いた聖杯からピシャリと流れたそれは地面に散らばってとくとくと流れる。世祖ちゃんはそれを見てガタガタと震え始めた。今までどんな敵にも怯えたことのない世祖ちゃんがその血に恐怖を覚えているのだ。 キャスターからの念話がかかる。やべえぞ、から始まった言葉に僕はただビックリするしかなかった。世祖ちゃんがバーサーカーである所以を僕はそれまで知らなかったのだ。 世祖ちゃんは#名前2#さんが瀕死状態になることで狂化が付与される。そして半径15kmにいる人を殺してしまう。それが?と聞いた僕にキャスターはあの聖杯から流れる血は#名前2#のものだ!と叫んだ。#名前2#さんは既にあと少しで死にそうなほどだった。今立っていられるのは体を空気の塊で留めているかららしい。#名前2#さんは自決できないと言った。あれは自決ではないのか、と考えても頭が回らない。 「世祖。俺は、あのマスターを殺したくない。だから、」 「ゃ、やだ。やめて」 「俺を殺してくれ」 #名前2#さんは今までで一番綺麗な顔になった。彼には自決することが出来ないのだ。血の気が失せて真っ白になってる。とくとくと、血が聖杯に注がれていた。 世祖ちゃんは泣いたまま立ち尽くしている。#名前2#さんもじっと立ったままだ。正直、このまま殺しに行ってもいいのだと思う。聖杯を奪いに行って彼が奪い返すことはないだろう。でも、それをしたら俺たちは確実に死ぬ。今の#名前2#さんは聖杯でこの状態を保っているようなものだ。取り上げでもしたら、世祖ちゃんの狂化が発動して俺たちは殺されるだろう。 タイムリミットはあと数分。仮契約のままの俺と、前のマスターでずっと探していた#名前2#さんのどちらかを選ぶなんて。とても簡単な答えだった。 「ごめんマシュ。僕、この世界は救えないみたいだ」 「先輩ッ……!」 「だって、世祖ちゃんがあんなに泣きそうになってるんだ」 どうせ皆死ぬのなら、サーヴァントの皆と死にたい。カルデアにいるドクターやダ・ヴィンチちゃんには申し訳ないけど。レイシフトはここで終わりみたいだ。 「世祖」 ふと、小さな男の子が現れた。青い髪の毛に青い着物を着た男の子。男の子は三白眼の瞳を真っ直ぐに#名前2#へ向けた。世祖ちゃんはいつの間にか泣くのをやめて手を前に向けていた。その手はまるで近寄る準備みたいだった。 「僕は復讐の刀だ。粟田口じゃ主は殺せないからね。#名前2#さんを殺すのは僕がやるよ」 「小夜……。お前が出るとは意外だったなあ」 「そうだね。僕も……まさか僕になるとは思わなかった。でもね、理由があるんだ」 「理由?」 「僕は復讐の怨念に燃えている。復讐は、やり返すまで終わらない。だから、#名前2#さん。僕達に復讐しに来てね」 一瞬、言ってる意味が分からなかった。それは#名前2#さんも同じみたいだったけど、すぐに笑い出した。力なくただ口を曲げてふふふと笑った。 「そーか、ふくしゅーか」 うん、それならまた来れそうだな。そう言って#名前2#さんはピタリと血を流すのをやめた。ずるりと何かから滑り落ちて地面にへたりこむ。ゆっくりと落ちたはずなのに倒れたあとの体はさっきよりも辛そうだった。 「頼むよ」 「ああ」 違う声が聞こえた。もうひと振り、刀が現れた。#名前2#さんの後に白い服の男が現れたのだ。男の子の方は刀になって#名前2#の手の中に収まっている。 「我が名は#名前1##名前2#。審神者を守護するためにここに在り、消えるべくして消える。我が身体が同胞たちの糧とならんことを」 「我らが同胞(はらから)に感謝を」 僕らはその時、男の切腹を知った。潔いとは言いきれないのに、最後まで痛みを見せない姿はかっこよく見えた。腹を裂き、首を落とされた体が砂のように消えていった。 血にまみれた聖杯を世祖ちゃんが渡してくれた。受け取ると同時に血が消える。輝く聖杯はまるで#名前2#の血を吸ったことで生き生きとしているようだった。 「帰ろう。世祖ちゃん」 「うん」 しゅるん、と何かが繋がった気配がした。仮契約は終了したようだ。契約が繋がった世祖ちゃんの横には赤と黒を基調とした男の人がいた。彼は真っ赤なマニキュアをした爪を僕に向けて言い放つ。 「刀を代表して言うけどね。世祖のこと泣かせんなよ!」 「は、はい!」 「あと! #名前2#さんも必ず呼ぶこと!」 「……はい!」 うん、と頷いて彼は消えていった。世祖ちゃん曰くカースは本丸に戻ったということらしい。ナイチンゲールのことをラーマが抱えて戻ってきた。この前とは逆だねと笑うとラーマはふふっと笑った。 ナイチンゲールは背中から降りると世祖ちゃんの頭を撫でて「お疲れ様でした」と微笑んだ。 「ナイチンゲールさん。ありがとうございました。辛かった時も、貴方の言葉に救われました」 「僕からも、ありがとう。ナイチンゲール」 「――どうやら、治療は終わったようですね。独りのではなく。この国全体の、大きな傷が。感謝は無用ですが、謹んで受け取ります。その代りと言ってはなんですが……どうか握手を。ミスター立夏。連れ添った患者が退院するとき、こうやって手を握り合うのが、私の密かな楽しみだったのです」 「もちろん、よろこんで」 「では、いつまでも壮健で、私のマスター」 握手をする僕らにドクターから連絡が入った。聖杯を回収できたことで時代が修正されようとしているのだ。 「マスター。私は貴方に同志シドニー・ハーバートと等しい信頼を置いています。どうか、ミス・マシュへの助力を。貴方たちの進む道に、どうか光がありますように。では、さようなら。またお目にかかる日を、待ち望んでいます」 ナイチンゲールが消えていく。最後にラーマが来てくれた。カルデアにも彼はいるけど、ここでの彼はカルデアにいるときよりもかっこよく見えた。 「マシュ、そしてマスター。余の願い、未だ叶わず――それでも。余は今回の戦いで誇れることがいくつもある。シータを救出することができた。しかも、今回は最短記録だ。そして何より、お主たちと出会うことができた。この縁はシータや弟ラクシュマナと同じくらい尊いもの。カルデアの余は最上の喜びを掴んでいるのだな」 「あはは、そうだといいなあ」 「カルデアの余は王としてきちんとしているのか?」 「もちろん」 「……シータとは、カルデアの余でも会えなんだ。だが、いつか必ず会ってみせる。呪いなど、運命など、王の前ではものともしない。だからマスター」 「……」 「そなたも、戦ってみせよ。サーヴァントと共にこの世界を救ってみるがよい」 ラーマの霊基が消えていく。いつかナイチンゲールがカルデアに来てくれたら、彼女ともっと話がしたい。病気とは、何なのか。話が聞きたいのだ。長かったアメリカの旅はこれで終わりを告げた。