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アルジュナとカルナの戦いに決着がつきそうなその時、横に座っていた男が腰を上げた。 「抉り穿つ塵殺の槍」 「悪く思うな、施しの英雄。何しろこいつぁ、ルール無用の殺し合いでね」 何やってるんだ、あいつは。思わず体が乗り出そうとするのをメイヴの鞭で叩かれた。首の傷跡に尋常でないくらいの痛みをくらう。歯を食いしばり悶絶しながらメイヴの方を振り向くとつん、と蹴られた。 無様に椅子から転げ落ちた#名前2#の腹に足を乗せて「ほら、嬉しいでしょ。私に踏んでもらえて」と語りかける。#名前2#は腹から胃酸が逆流してくるのを感じた。酸っぱい臭いと喉の痛みが追加されて喋るのも辛くなった。 「クーちゃんはね、あんたに見ていろと命令したかったのよ。隣で、ずうっと、見ていろ、と。そこに座るのはアタシのはずだったのに」 ヒールがさらに重みを増した。メイヴが加重してきている。息をするのも辛くなってきた。口を開き無様にあえぐ#名前2#を見てメイヴはようやく満足した笑みになる。 「そう、それでいいの。あんたは、私に、勝てない。そうでなければいけないの」 まるで呪文のようにそう呟いて足をどける。クーフーリンオルタがカルナを殺し戻ってきたのだ。馬車に乗り込み、出ろと声をかける。後ろにつけられた窓からそっと覗き込んだ。アルジュナは置いていかれるのか。もし、これで戻ってこなかったらどうするのだろう。世祖も探したが姿が見つからなかった。馬車はうなりを上げてそこから離れていってしまう。痛みにさいなまれた頭はしっかり働かず、目がかすんだままマスターたちは豆粒のように見えなくなってしまった。 馬車の中は風が吹くだけで誰も何も言わなかった。以前のように#名前2#が場をコントロールして話をするわけでもない。メイヴが時たま#名前2#に向かって足を突き出す。先ほどのなぶり方とは打って変わってじゃれつくように対面の#名前2#に絡んだ。 #名前2#も何も言わずにその足をさすってやる。その光景をクーフーリンオルタはじっと見ていた。 「おい」 「やだクーちゃんってば。嫉妬してるの? 大丈夫。私が好きなのはクーちゃんだけよ」 「ちげえ。#名前2#をそっちに引っ張るなって言ってんだ」 は?とメイヴも#名前2#も同じ顔をしていた。鎧の一部か、尾のようなものが#名前2#を巻き取り引っ張った。棘は#名前2#をチクチクと突き刺し、筋肉の少ない所はその棘もぐっさりと刺さっていた。先ほど顔を叩いてきたものが今度は体に巻き付いてとぐろを巻いている。何だろうなあ、この状況。ぶつけた傷から血を流しながら#名前2#はそんなことを思っていた。 「……。フン、ペットのくせに」 メイヴはそれ以上は何もしてこなかった。クーフーリンオルタも巻き付けただけで#名前2#に槍を貫こうとはしない。#名前2#は不思議な気分のまま馬車に揺られた。 前までの城に戻ってきた。ワシントン。王になるにあたり、図ったように彼女たちはここを拠点としていた。広い部屋に#名前2#は放り出される。零れ落ちそうになる内臓を体に押し込め魔力で修復をほどこした。すると、そんな#名前2#を修復させるようメイヴがシャドウサーヴァントを出してくれた。 「……いいのか」 「別にい。仕方ないじゃない。クーちゃんに言われたんだもの」 #名前2#の体の傷が癒えていく。シャドウサーヴァントは誰か分からないが姿からして小さな女の子のようだった。メイヴ曰く「あんたの縁で出てきたのよね、その子」ということだったが、世祖の姿ではない。誰か分からないものの、礼を言うと照れたようなしぐさをした。可愛い。そう思った瞬間には赤い槍がシャドウサーヴァントを貫いていた。振り上げられた槍は少女の体を真っ二つにしてしまう。 「ちょっとクーちゃん! 戦線に入れようとしてたんだから!」 「ああ? また作りゃあいいだろうが」 #名前2#も段々と見過ごせなくなってきた。狂王、もといクーフーリンオルタは#名前2#に執着しすぎている。何が原因か分からないが、とにかくこの状態のままマスターたちと戦うのはごめんだ。 メイヴも見てみぬふりをするのが辛くなってきたのだろう。バチンと空気を裂く音をさせて「そこに這いつくばって」と命令する。大人しく従う#名前2#の背中に何回も鞭が当たる。#名前2#には痛みで快感を拾う性癖はない。苦痛と羞恥を仕方なく耐え忍んだ。背中のシャツは破け落ち、抉ったような傷がつけられた。 息を荒げたメイヴからやめよ、という声を聞く。ゆっくりと立ち上がり壁際に移動した。どうせ寝るところなど探したらメイヴにまた何かやられる気がしたのだ。それならば一歩も動かずに体を休めた方が良かった。 クーフーリンオルタが近寄ろうとしたがメイヴに腕を引っ張られて部屋を出ていく。そのまま消えてくれ、と自分勝手に考えた。 翌朝になって傷が回復していた。ぬめりとした感触が顔についている。こすった指についている白いもの、そして独特の臭い。何をされたのか想像がつき思わず口をふさいだ。ここで吐くのはまずい。必死に胃へと押し戻し、松明の火でスーツの上着とシャツを焼いた。ひどい異臭がしていた。魔力を減らし、もう一度服を換装しなおした。傷をすべて隠すようにボタンを掛けてネクタイを締めた。 「……」 クーフーリンオルタが部屋の中に入ってきた。#名前2#は一瞥するのみで何も言わない。向こうもそれでいいのか隣に立っただけだった。少し後にメイヴもやってくる。カルデアのメンツもここに来るようだ。 ラーマ、ナイチンゲール、マスター、マシュ。そして一番後ろから世祖が入ってきた。何をしてきたのか、いつものランドセルは下ろして審神者としての正装、巫女服を着て琴を背中に担いでいる。琴をつなぐ赤い組みひもは胸の中央で梅結びをしていた。アルジュナとカルナの戦いに姿が見えなかったのはその準備か、と納得した。 他のサーヴァントたちは北部戦線にいるのだろう。メイヴたちが昨夜、全戦力を傾けるといったそちらに。もう勝敗は一方的に狂王が有利だった。だがマスターは諦めてないようだ。 一歩前に出たナイチンゲールがよく通る声でメイヴに話しかけた。正義や悪という考えよりも、患者かどうかを考えている彼女にとってはメイヴが邪魔なのだ。 「女王メイヴ。あなたの邪悪は病ではなく、生まれついてのもの。健康優良児そのものです。邪悪ではありますが」 「は?」 「退け、メイヴ。そいつはオレに用があるらしい」 「クーちゃんをどうする気?」 「どうするもこうするも。私は看護師です。看護師としての役割を全うするだけ。勿論、そこにいる#名前2#の病気も取り除きます」 とりあえずは不干渉を貫こうとしていた#名前2#に最初から流れ弾が当たっている。いや、ナイチンゲールはメイヴのみを生来からの邪悪な人間とみなしているだけでその他を患者と見ているのか。 「#名前2#なんてくれてやるわよ。ただし、クーちゃんに何をしようっていうの」 「治療です」 ナイチンゲールの返事と同じタイミングで、博多藤四郎が#名前2#の前に現れた。一番の機動の速さを誇る彼は#名前2#の口に何か押し込めるとすぐに世祖のもとへ帰っていった。クーフーリンオルタの槍が博多のいた場所を抉る。 「メイヴ。言ったはずだ。コイツを引き合いに出すな」 「チッ」 口に押し込まれていたものを飲み込んだ。ドクリと心臓の鼓動が早くなり、世祖と出会ったばかりのあの衝撃を思いだした。頭が割れている気がする。肌や爪が下から新しく生まれてくる。何とかそれを我慢できたのは沖野さんにやられた一発目が相当に苦しかったからだ。 そんな#名前2#を見てかばうようにクーフーリンオルタが前に出た。 「オレは、お前らを敵として殺害する。ただ、それだけだ。看護師だろうが、なんだろうが敵は敵だ」 「どうぞご自由に。私は貴方たちを治療し、貴方は私を殺害する。矛盾していますが私たちの在り方は妥当です。では、戦う前に一言」 「何だ」 「貴方は病気です。自刃するか、敗北することをお勧めします」 これまでの会話の中で一番よどみないセリフ。言葉を選ぶという配慮もない。 「オレも大概だが、お前も静かに狂っているな? 言ってることがめちゃくちゃだな?」 「愉悦を抱かない。王になったことで、封じたのですね」 「黙りなさい、看護師」 「自らを降りに閉じこめ、代わりに王という機構に体を譲り渡す。だというのに、その体は#名前1##名前2#という男を捨てられない。彼のことは世祖から聞いています。元が英霊である以上、世界という機構から逃れられない。貴方も分かっているのでしょう」 「黙れ、って言ってるでしょ!?」 メイヴが叫んだ。わなわなと震えた体は美しい桃色の髪の毛を揺らし前髪の奥からナイチンゲールをねめつけている。 「見てきたような口ぶりだな。なんだ。おまえ、前世で因縁とかあったか?」 「いいえ、見てきた訳ではありません。何故なら、生前の私自身がそういうあり方でしたから。まあ、流石に抑止の力とは出会っていませんが」 抑止の力。守護者。ピースががっちりと当てはまったような気がした。自分という英霊の在り方はひどく歪つで、ギルガメッシュが世祖を匿ってくれなかったら壊れているところだ。 ナイチンゲールの話は本当に人間だったのか、と思うくらいに苛烈な生き方だった。バーサーカーであることに疑いを持たないくらい、純粋な治療機械であろうとした彼女に、周りは何も言えなかったのだろう。 看護師は問いかけた。この支配に意味はあるのか、と。狂王もさてな、と答えを隠す。看護師はそれを想定したかのように「無いでしょう」と断言する。 「私に治療させなさい、クーフーリン。私は貴方を血治療しなければならない」 「話はそれで終わりか。病。病。病気か。言い得て妙だな。体を清め、血を清めれば正気になるかもしれねえな。だが、世の中には不治の病ってのもあるんだろ」 「――ッ!!」 「クーフーリン。推して参るぜ」 「我こそはコノートの女王メイヴ。貴方たちなんかに、遅れは取らない…!」 「余はコサラの王ラーマ。これは、志半ばにして倒れた者たちから手渡された使命である。おまえたちが世界を滅ぼす者である限り――余の戦意、余の闘志に揺らぎはない。我が妻シータの名に懸けて。信奉する神の名に誓って。汝に鉄槌を下す。覚悟するがいい、女王メイヴ!」