05
#名前2#は眠るといい事を忘れて嫌なことばかりを覚えている。その日も起きた時から昨日のことばかりが頭に浮かんでは消えを繰り返していた。朝食も適当に食べると彼はひとり荒野の中で突っ立った。サーヴァントの気配がする。世祖だろうか?と自分に問いかけてみた。違うだろうな、と沖野さんが答える。やっぱりか、と#名前2#はため息をついた。 「おい」 「……オルタ」 「その名前はやめろ」 「じゃあ何て呼ぶんだ」 「俺はクーフーリンだ」 お前が?と#名前2#は笑った。頭の中ではキャスターとして召喚された男が笑っている。目の前の男とは全く似ていない。同一人物であるのに、だ。 「俺にとってはお前はクーフーリンじゃないな」 ランサーならまだしもなあ、と#名前2#は心の中で続けた。キャスターの彼はいつも槍を欲しがっていたから普段はランサーとしているんだろうなと容易に想像出来た。まあ、彼の逸話を調べれば良いのだが#名前2#はものぐさだったため調べたことがない。なのでバーサーカーとしての彼の激怒した逸話を知らないのだ。 オルタは黙って#名前2#を見つめた。そしてお前は死ぬんだな、と告げた。 「……」 「怖くねえのか」 「そりゃあな」 よいしょっと#名前2#は座り込んだ。つむじがオルタの視野に入ってくる。自分から下を向いたことにオルタは気づいて苦い顔をした。#名前2#に知らず知らず振り回されているようだ。風が吹きすさぶ中で#名前2#は道を知らない子どものようだった。ずっと正面を見つめて、時たま入る砂に目を擦る。 「擦るな」 「いてえんだよ」 #名前2#はひゅっと自分の刀で風を切った。ぱっかりと割れ目が浮かび、風の方向が一時的に変えられた。ものすごい突風がオルタと#名前2#の正面にぶつかりそして元の風に戻っていく。2人とも髪の毛がボサボサになり前髪は跳ね上がっていた。 「あっははははは! ひぃっ、こりゃあいいや!」 「何がおかしい」 「楽しいなあ、これ! やっばい、最高かよ」 #名前2#は目を輝かせてまた刀を振るおうとする。オルタは付き合ってられず鎧を顔にはめた。先程よりも勢いの強い風が顔にあたる。鎧の隙間から見える#名前2#は座ったまま風に顔を押し付けるように首を伸ばしていた。 オルタの本能なのか、その首を突然に切り落としたくなった。真っ赤な血を出すだろうと予測出来ていてもそうせずにはいられない。血のような槍を持ち振り上げたオルタはえてして#名前2#を傷つけることはなかった。攻撃が彼に当たらないのだ。頸動脈はきちんと狙っている。なのにどうにも当たらない。不思議なことにそれは体のどこを狙ってもそうだった。傷一つ彼には生まれなかった。 そのうち#名前2#の方がオルタの様子に気づいてひょいっと上を見た。 「戦いたいのか」 軽い言葉に苛立った。これは戦いたいという欲なのかどうなのか、オルタにも分からなかったのだ。苛苛としたままオルタはまたゲイボルグを#名前2#に向ける。だが必殺の槍は#名前2#を殺さなかった。矛盾が生じるそれに#名前2#は微笑んだ。 「お前は仕方ないよ」 その見透かしたような目が腹立つ。殺したいと思うのに殺せない。面白いと思っていたそれは全く面白くなくなっていた。#名前2#はオルタを見つめない。彼の瞳はどこか遠くにある。分かっていたことだが今はそれがさらに重々しく見えた。 城に戻ったオルタはメイヴに告げた。「あいつはもういらない」 メイヴは嬉嬉として彼の王に答えた。「そう言われると思ってたわ」 #名前2#は幽閉されると聞いて笑った。「俺のことを殺せないやつらめ」 幽閉されて手錠があって困るかと言えばそうでもない。サーヴァントとして人間としての働きはほとんど意味をなさなかったし、フェルグスが時たま顔を見に来てくれるので寂しさで泣くこともない。ただ時たま世祖の気配が揺らいで感じる。何が起きているのか、フェルグスに聞いても教えてもらえなかった。 俺はただ壁を見つめた。壁のシミを見つめてひゅるっと笑う。暇すぎてその時の俺はアホになっていた。だがそうしなければ俺は死んでいただろう。沖野さんはそれを許さないから俺はきっと生きた屍のようにサーヴァントとして生きるのだろう。そんな風に予想してはまた笑う。世祖の気配がようやく感じられるようになった。 マシュがフィン・マックールに求婚されるのを見ながら世祖はどことなく#名前2#を思い出した。#名前2#もあんな風に色んな人に求められていた。でも#名前2#は結局誰かを選ぶこともなく世祖のそばに居た。そのせいか、今この横にいないということが強調されて嫌な気持ちになる。 その後のブラヴァツキー女史に関しては全く興味がなかった。#名前2#の匂いも気配も彼女から感じられなかった。この後どうするかは世祖にとってとてつもなくどうでもよかった。だが戦えと言われたら戦うしかなかった。機械が蒸気だろうが電気だろうが人間じゃないことだけ知っていれば容赦などしない。全てを殺して#名前2#を探しに行くだけだ。 探しに行きたかったのにマスターはやっぱりそうはさせてくれない。まず行ったのはブラヴァツキー夫人と一緒に来たカルナという男達の本部だった。大統王というめんどくさい名前のやつが西部の主らしい。中を探ってみると頭が獅子の男がいるではないか。世祖は驚きのまま立ち尽くした。 「世祖さん? 行きますよ?」 「……」 マシュに手を握られてまた歩き出す。頭の中には先程の衝撃が残っていた。 「我こそはあの野蛮なるケルトを粉砕する役割を背負った王。大統王、トーマス・アルバ・エジソンである!」 名乗りは中々に嫌なものだった。刀剣男士のように言えば「首を差し出せ」というやつだ。エジソンは自分は人間だと言った。体は人間だったが顔は獅子である。 「獅子だ」 世祖は呟いてもごもごと口を動かして「ストレイシープ」と呟く。それがエジソンの耳に届いたようだった。ぴくりと動いた顔はゆっくりと世祖の方に向く。世祖はひゅるりと空中に文字を書き出した。自分の魔力を消費するがこの際気にしていられなかった。 「何だと?」 「貴方は迷ってフラフラしてる獅子」 「何を見て言っている」 「ケルトを殲滅した後のこの地は何も無い。でもアメリカに執着してる」 「アメリカは私の土地だ。故郷を守って何が悪い」 「アメリカだけを守る貴方を国民は誰も指示しない」 「う、ぐ……」 「その愛国精神はヴァレンタインに負ける。彼の正義に曇りはなかった。貴方は正義と思っていない。貴方は、正義を見失っている」 エジソンは体を揺らして世祖を見つめた。そしてゆっくりと話し始める。 「ここをどこだと思っている?」 「やめて、エジソン。それ以上は、」 「アメリカは守るべき国だ。この世界を犠牲にしてでも、だ。聖杯を使い私はこの土地を永遠のものとするのだ。時代の枠から抜け出し新たな未来を切り拓く」 「そのための戦争ですか」 「やむを得ない犠牲だ」 「今この時にも犠牲を出すこの戦争がですか」 ナイチンゲールの言葉は世祖同様淡々としていた。興奮を押さえつけたようなエジソンとの会話が揺れて熱気が生まれる。 「……。ミスタープレジデント、私も世祖さんと同じ意見です」 「……」 「エジソン。僕はあなたを尊敬していた。日本の小学生は誰でも知っている偉人だから。でも今のあなたは尊敬できない。僕はあなたを、止める」 「……私は大統王。君たちをここで断罪する」 機械兵が虫のように現れる。世祖にとってはそれらは気にするような存在ではない。だが今のマスターは#名前2#ではなく藤丸立夏だ。決して冬木での戦い方は出来ない。地下牢に閉じ込められたとしても世祖には文句を言えなかった。 地下牢は不思議な魔術がかかっていた。#名前2#がいたならば突破できたであろうそれはマスターからの魔力供給があまりにも来ないので出来ない。ふわふわと牢で座っていたらキャスターがやってきた。ジェロニモと名乗ったそいつは世祖を見ると顔をへんてこなものにした。驚き、そして世祖の頭を撫でて「君もサーヴァントなのか」と言った。早く脱出すべきことも忘れて彼はまじまじと世祖を見つめたのだ。世祖が頷くとジェロニモは頷いて世祖を背中におぶった。 「さあ行こう」 その背中はまるでどこかの男を思い出すものだった。