04
ベオウルフはお腹が空くと大体の場合#名前2#というサーヴァントのもとに行く。何か作ってくれと言うと彼はもそもそと動き出して調理を始める。ドラゴンを食材として持ってこいと言われた時は驚いたが、奴はきちんと下拵えをして焼いて味をつけて皿にいれて出してきた。家庭料理か、と思ったが味はそんなに悪くなかった。魚とも獣肉とも違う不思議な感触だが噛み切れるし使いっ走りで取らされた塩も効いている。 「上手いな、これ」 「昔に読んだことがあるんだ」 「へぇー」 何をどこで読んだのかはベオウルフにとって興味ないことだ。要は食べられればいい。満腹になって立ち上がろうとしたら「ついでにメイヴたちにこれも」とまた使いっ走りだ。 「俺はお前のサーヴァント(執事)じゃねえんだが?」 「だがお前はサーヴァントだろう?」 嫌味なやつ、とベオウルフは思いながらも網籠をふんだくった。中には小麦をこねたものでドラゴンの肉と野菜とを挟んだものが入っているのはさっきまで見ていたから知っている。振り回せばぐちゃぐちゃになるだろうが、憂さ晴らしをした後であの女王基質にがみがみと言われるのは真っ平御免だ。 「……チッ」 ベオウルフは満腹になった腹をなぜながらメイヴのもとへ歩き出した。満腹になってなければ無理にでも食べてやるつもりだったことは#名前2#にはお見通しらしい。見透かされていることに苛立ちも感じるがべたついた不快さではなかった。むしろ好ましさがある。悪友のようなものだろうか。 「アルジュナも食べるか?」 こっそり覗いていたアルジュナのことも#名前2#はお見通しだった。インドの英雄は何も言わずにそこに立ち尽くす。ことりと置かれた皿の上にはうまそうな赤いシチューがあった。とろみのある具材に香料のにおいが香る。お腹がすいた。 「ここ、置いとくからな」 #名前2#はそう言ってそのまま部屋を出ていく。自分の方が有名なサーヴァントであるのに、ここにいる奴らはアルジュナを敬わないし凄いと褒めたたえもしない。居心地が悪い。腹いせにむんずと手のままそのシチューにぱくついた。美味いと感じることに余計腹が立った。アルジュナは無言のままそのシチューを口にし続けた。真っ赤なそれは顎を伝って洋服を汚すがそれすらも気にせずにべちゃべちゃと音を鳴らして食べた。誰もいないこの空間はアルジュナのその行為を咎めなかった。ぺろりと食べ終えた時手は臭いがしみついていた。 「………」 こんなものを施しと受け取ることは、英雄として恥ずべきことだと思えた。 アメリカに世祖の気配がするようになったのは俺がアメリカに来てから随分としてからだった。俺は相変わらず俺のままだったが、周りは随分と変わった。アルジュナはカルナとの戦いに更にのめり込むようになり、ベオウルフは戦いが最近つまらないと言い出し、ディルムッドとマックールは何となくぎくしゃくし始めて、メイヴと狂王は俺のことを何かから隠すように手錠をつけて首輪をつけて幽閉するようになった。俺は今アメリカにいるけど、アメリカのどこにいるまでは分かっていない。 ここはどこなんだろう。俺の目の前は真っ暗闇だ。 メイヴという女王蜂がこの地にやってきたとき、#名前2#は既にこの地に落とされていた。風呂に入っていない髪の毛はくしゃくしゃで、洋服は異国のてろんとした何かを着ていた。それもまた本来の色を失い砂埃で茶色がかった汚いものだった。防御も出来ないその服はメイヴにはただのずた袋にも見えた。その時の#名前2#ときたら、顔と服装とが似合っていなくてとても滑稽だった。こんな腐った生き物は殺しましょう。メイヴは単純にそう考えて部下たちに殺すよう命じた。 だが、メイヴは#名前2#に勝てなかった。部下では歯向かえず、自分が行ったにも関わらず、だ。メイヴは知らなかったことだが、その時の#名前2#は別人格に体を取って代わられていた。英霊オキノ。彼が英霊となって手に入れたのは正義を持たない者の攻撃を無効化するというものだった。沖野は具現化された英霊である。時代遡行軍を許さない。滅亡させる。殲滅させる。そんな未来の考えを一身に引き受けて新しい人類として誕生した。文字通り、彼は新しい人類なのである。 2100年に入り、人類は滅亡を恐れて進化を遂げた。新しい人類の誕生である。それが沖野たちのタイプである。彼らは自分たちのことを1型と名付けた。1型が生まれた頃には更なる進化を求めて2型の人間を生み出そうとしていたのである。だから彼らは自分たちを1と名付けた。結局、2型の成功例は実験No.003859のみだった。沖野はその少女に指貫世祖という名前を与えた。審神者として使い、呼ぶためだけの記号である。実験No.003859には名前はなかった。勿論、沖野とて同じ実験で生まれた存在だ。彼にも名前はない。あるのは沖野という、進化させてきた人間に与えられる名前のみだ。 沖野も世祖も本来ならば英霊にはなれない。だが今はなれている。2016年以降の歴史を無くすというソロモンの行為の不可逆性が逆に世祖や沖野を英霊として認知させた。ないものはないがあったと思えばあるのだ。 沖野は概念としての英霊である。本来ならば真名を正義にしてもいいくらいの概念の英霊である。彼には彼なりの正義がある。その正義を守るため、彼は#名前2#に体を渡して力を奮わせるのだ。正義のないものに沖野は攻撃を受け付けない。悪があり、正義があるからこその概念は生み出される。何も無い虚無の戦いに正義という概念は見えてこない。メイヴのような自己の中で完結された攻撃は存在していないものに通ることになる。 「チャリオットマイッ…! ラブッッ……!」 「それだけか?」 何も当たらないし何も感じない。目の前の男は平然と立っていた。疲れ始めて倒れそうになったメイヴに#名前2#はわざわざ声をかけた。やめた方がいい。そう、勧められているようだった。彼の顔は逆光で黒く塗りつぶされている。 #名前2#の声にメイヴは自分の自尊心が踏み潰されるのを感じた。この男は私を見ていない。それの意味が自分で思っていたよりも重く大きいものだった。女王がここで負けるなんて。有り得ない。有ってはいけない。そんなのは、消すべき事象だ。 聖杯がその時なぜか光だした。1度しか叶えられない願望器だったのになぜか二度叶ったの。昔、彼女はそう言っていた。メイヴの言葉は間違っていた。聖杯が叶えたのではなく、オキノがわざわざ聖杯から力を吸い取り自分を変えたのだ。 オキノは#名前2#との記憶を切り離した。人格を切り離したとも言える。切り離すことは容易ではなかった。ぴんと張ったゴムを捻じきったようなもので衝撃は#名前2#にもオキノにもぶつかってきた。#名前2#はそのためこのアメリカに来てからの記憶がほとんどない。そして#名前2#には第二宝具が生まれた。オキノという存在に変わる特殊宝具である。 メイヴはその後、何事も無かったかのようにクーフーリンオルタを召喚した。赤と黒の槍騎士である。この世界を蹂躙し、この世界に国を生み出し置いていかれる虚無の王様である。#名前2#のことをどうしようか彼女は迷ったが、今後の戦いに彼は使えると直感した。女王としてのカリスマが彼女にプラスの選択肢を選ばせたのだ。プラス、と言ってもそれは戦いにおいての話である。戦いのみを求めるクーフーリンオルタが#名前2#に興味を持つことは彼女にとっては想定外だった。 #名前2#のことはメイヴがクーフーリンオルタと共に聖杯の力で連れてきたということにした。メイヴが言う事を否定するような輩はこの場にいない。#名前2#とメイヴが戦ったことは言わない。暗黙の了解が生まれた。 だがその了解について疑問を持つ者もいた。#名前2#のことを気に入っていた彼はつい口に出してしまったのだ。 「なあ、#名前2#」 「フェルグス……。酒ならもうないぞ。違うところへ当たれ」 「今日は酒の催促じゃないさ」 「なら俺に男妾をしろと?」 「それも違う。お前も俺も抱く側なのにどうやるんだ」 「お前が俺のことを食べるのかも」 #名前2#の言葉にフェルグスは少しだけ笑った。今日のメンタルは安定しているようだった。これなら大丈夫だろう。そう考えて、彼は踏み込んだ。 「お前はどうしてこのアメリカに呼ばれたんだ」 #名前2#はフェルグスを見つめたまま「ああ、そうだな」と頷いた。 「何でかは分からないんだ。誰かに送られた気もするし、メイヴに呼ばれた気もする。よく分からないんだ」 「そうなのか」 「でも一つだけ覚えてる。俺はアメリカじゃないところで呼ばれたんだ」 #名前2#の目は虚ろにアメリカの荒野を写していた。違う場所へ行きたいのかと聞けば違うんだと首を振られた。 「俺はただ会いたいんだ」 誰に、と聞く前に#名前2#は自分の部屋へ戻ると行ってしまった。フラフラと歩く姿はまるで亡霊のようだった。 ああ酒が欲しい。 フェルグスは己の失態を悟り無性に酒を欲した。酒があれば大丈夫だ、と頭の中で誰かが言っている。 酒がいる。 フェルグスは立ち尽くしそう呟いた。 アメリカに来てまず機械と戦った。ロンドンで出会ったバベッジさんのものかと思ったけど、それよりももっと銃撃が多かった。なんとか防ぎきって倒した後、僕は吹き飛んだ。何が起きたのかマシュにも僕にも分からなかった。ひどい怪我をしたことだけが事実だ。そんな僕を助けてくれたナイチンゲールという女性に僕らは出会う。彼女のクラスはバーサーカー。話が通じそうで全く通じない白衣の天使さんだ。まだ動くのに足を切断しようとするし殺してでも人を救おうとするし。それでもその信念は昔から変わらない本物だ。特異点の修復を「患者を全員助けられる」と言い換えたら仲間になってくれた。少し卑怯な手だ、と昔の僕なら思ったかもしれないが今じゃそんな思いもない。僕はマスターとしてこの世界を救わなければいけないんだ。 ナイチンゲールは会って早々に「病気ですね」と言い出した。 「あの子。あの子の病気は体に深く巣食っています。今、取り除いてやらねば彼女は彼女として生きられないでしょう」 「え、それは……」 「あの子の名前は?」 ナイチンゲールは全く話を聞かせてくれない。それどころか自分勝手に話を進めようとしている。世祖ちゃんはそれに気づいたのかふいっと霊体化してしまった。ナイチンゲールはそれも気にした様子はなく、僕に話しかける。 「お名前をお教えいただけますか」 「……指貫世祖って言ってたけど、本名じゃないって」 「そうなんですか?」 「自分の名前は隠しておかなきゃいけないみたい。サーヴァントとしての名前は指貫世祖でいいって言われたんだ」 「ならばマスター立夏に言わせていただきます。あの子は既に限界が近いです。このまま戦わせることは危険ですよ」 世祖ちゃんの声がかすかに頭の中に聞こえた。#名前2#。たった一言だけ。何だか泣いてるように聞こえた。 思えば彼女は仮契約なのだから魔力供給も薄いのだ。バーサーカーを使うと一気に疲弊するのに自分は彼女を使い続けられた。それが意味するのは仮契約の弊害というやつだろう。 「……。ナイチンゲール。#名前2#っていう人を知らないかな? 世祖ちゃんはその人を探すためにずっとこのカルデアにいるんだ」 「……その名前は前に患者から聞いたことがあります。行きましょう」 歩き出したナイチンゲールの背中は白衣の天使という異名にそぐわない逞しいものだった。戦いに出ても彼女は人間を凌駕するかのような動きで敵を倒していた。 「患者の元に行かせはしませんッ…!」 「……ますた、敵がいます」 世祖ちゃんの言葉で奥を見ると確かに槍兵が二人見えた。遅れてドクターからサーヴァント反応を聞かされる。相変わらず世祖ちゃんの方がサーヴァント反応は早いらしい。フィオナ騎士団のディルムッドとマックールはうちにもいるサーヴァントだ。パスを通して「あれは別の霊基なのですマスター!!」とディルムッドが泣きそうな声でしゃべっている。まあ、敵と被ることだってあるから仕方ない。アステリオスやエウリュアレもそうだったし、黒ひげやヘクトールもだ。みんな割り切っていると思ったが、突然世祖ちゃんの雰囲気が変わった。 「#名前2#はどこ」 「……貴女にお教えする義務はないな」 「教えなくてもいい。お前の脳を見れば済む」 「いけません、病原の脳を見るなど。死をもってして根絶させるべきです」 「………」 あの世祖ちゃんが口の応酬で負けてしまった。アンデルセンにも歯向かっていたのがウソみたいだ。ナイチンゲールは美しい笑顔で世祖ちゃんの頭をなでると「探しにいけばよいのです。病原を倒していれば必ず見つかります。居場所は敵にしかないのですから」といいのか悪いのかよく分からない言葉でなだめていた。フィオナの二人もぽかんとしている。僕もぽかんとしていた。