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間桐の家はちょっと怖い。言葉に出来ない恐怖が体を包んで離さない。でも、いつも世祖や#名前2#が手を繋いでくれたから。廊下を歩くのは怖くなかった。だが今日はその2人がいない。ちょっとだけ足が震える。ほんのちょっとだけだ。 「怖いのか?」 「え?」 獅子王が桜のことをのぞき込んでいた。ううん、と首を降ると獅子王は少し考え込んだ。そして「俺が怖いから、手を繋いでくれないか?」と差し出してきた。嘘だろうな、とすぐに分かった。でも、差し出してくれたのを振るわけにはいかない。いいよ、と繋げた手は思ったよりも冷たかった。チャイムを鳴らして待っていたらすぐに扉が開かれた。 「桜ちゃん!?」 「こんにちはー」 「…! 待ってたよ、桜ちゃん!!」 どたどたとやってきた雁夜はまるで犬のような……いや、はしゃいでいた子どものような。#名前2#が詐欺にひっかかりそう、と言っていたのが分かる。 リビングルームに行くと模様替えしたのか壁紙が張り替えられていた。テレビの前に配置されたソファーでは龍之介が慎二を膝上に乗せてニュースについて呟いていた。主に、殺人事件の操作の仕方について。 「あー、桜ちゃんだー」 「え? 桜?」 慎二には話が伝わってなかったのだろうか。龍之介だけにへらぁーりと笑いながら手を振った。桜、桜と呼びながら慎二が駆けてくる。自分よりも1つ年上のはずなのに、慎二はまるで桜よりも子どもだった。遊びに行こう、桜!と笑う慎二と手を繋ぐ。獅子王に行ってきていいかな?とお伺いをたてたら、すぐにOKが出た。 こっちに面白いものがあるよ、といわれて一緒に行くとそこには花畑と呼ぶにふさわしい庭があった。何の花かは知らない。それに冬に近いこの季節になんでたくさんの花が咲いてるんだろう。慎二を見たら「キャスターがな! やってくれたんだぜ!」と上をゆびさした。3階のベランダのところにキャスターのマントと結んだ髪の毛がヒラヒラしてるのが見えた。 「キャスター、こんなことできるの?」 「なんか龍兄が、『お前こんなこともできないのかよー』って笑ってたら次の日にはこうなってた」 それは世間では煽る、というのだ。#名前2#もたまに刀剣男士相手にやっている。主に長谷部が餌食になっている。すごいねえ、と頷くと慎二はニコニコとしていた。 「俺、前までこの家が嫌いだったんだ」 「………そうなの?」 「ああ。爺様も怖かったし、父さんは飲んだくれだったし、……叔父さんには俺はどうでもいいみたいだったから」 そうだ。雁夜は桜や凛に視線を向けていて慎二は疎かになっていた。いや、実の子どもじゃないんだからそれは仕方ないかもしれない。でも慎二にとっては、桜はあんまり好きになれるような存在じゃないはずだ。#名前2#も雁夜も独り占めしてたのと変わらないんだから。 「でも、今は皆がいるから楽しいよ」 「……」 「龍兄も、キャスターもいるし。父さんも叔父さんも#名前2#さんも世祖も、桜もいる。この家が明るくなって楽しくなった。ありがとうね、桜」 握りしめられた手がほわほわ暖かい。どうして自分はこうやって優しくなれないんだろう。嫌になる。ドロドロしたまま囚われている自分が。遠坂家のことをいっそ忘れられたら良かったのに。 ーー心のどこかにまだ好きだっていう気持ちがあるならそれも大事にしておけばいい。 #名前2#の言葉があるから、忘れられない。急に泣き出した桜を慎二が慌てて家の中に連れていく。許すってすごいことなんだ。桜の心の中ではそんなことが渦巻いていた。 雁夜の中での優先順位というのは難しい。自分? 葵さん? 桜ちゃん? それとも…間桐の家? いや、間桐の家など自分の中ではくそくらえだ。でも、慎二に言われた言葉はガツンと来た。 「叔父さんはこの家じゃなくて桜が好きなんだろ? ここにいないで、#名前2#さんの家に行きなよ」 遠回しにこの家から出ていけ、と言われているのだと思った。自分の居場所はもうここにはないのだ、と宣告されて目の前が真っ暗になった。ここが実家だという意識はあった。ここが嫌いだった。沖野さんに助けられたという自覚もあった。桜ちゃんを大事に思っていた。兄貴が嫌いだった。しねばいいと思ったこともある。けれど、それを人に言われるというのはこれが初めてだった。居場所がなくなったという恐怖を初めて知った。 桜と慎二が庭へと走っていくのを見て龍之介も自室へと上って行った。リビングには雁夜と獅子王のみ。 「……ほいよ、パック」 からっぽのパック。洗われてある。桜からであろうカードがゴムでくっつけられていた。 「桜ちゃん、食べなかったんですね」 「ああ、そうだな」 刀剣男士らしい、歯に衣着せぬ物言いだ。それが逆に痛みを軽くさせている、気がする。食べてもらえなかったのはショックだったが、こうやって手紙があるだけマシだろうか? 「あ、あと手紙だけど。歌仙に言われて書いてたぞ」 前言撤回。痛みをひどくさせる物言いだ、これは。 「そ、そうですか……」 「おう。でもまあ、驚いたぜ。桜に料理を作りたいって言われたときは」 「……」 「遠坂から連れて帰るの大変だったんだぞー」 ぐさぐさ来る。確かに自分に料理の才能はない。遠坂にいたら渡せない。苦労は獅子王に丸投げしてしまった。すみません、と頭を下げるともっと下げろ!と体重をかけられた。屈伸運動させられている。 「……実は、」 雁夜は慎二に言われて居場所がないことに気付いたこと。そして、居場所がないという恐怖を知ったこと、桜も遠坂にいたらそうなるんじゃないかと心配したことを話した。獅子王はふんふん、とうなずきながら聞いてくれるので話さなくてもいいようなぶっちゃけた話までしてしまった。 「そうだなあ、俺から言えるのはアレかな。お前、コミュニケーションとらなさすぎ!」 ぐさっ。 「あと、一人で何でもかんでも決めすぎ!」 ぐさぐさっ。 「#名前2#さんみたいになろうとか思うな! あれは無理だから!!」 雁夜はもう瀕死状態だ。これ以上矢を突き刺されたら死んでしまう。泣き出しそうになったが必死でこらえた。ここで泣くのは何か違う気がする。だってこれは雁夜の悪いところだから。泣きそうになった雁夜を見て獅子王は仕方ねえなあと言いたげに「いいか?」と子どもをなだめるような口調で問いかける。 「#名前2#さんみたいにやろうとかは絶対思うなよ! フリじゃないぞ! あの人はいろんな経験積んでるから話ができるんだ。人を好きになることも嫌いになることもぜーんぶやってきた人だからみんな話を聞くし、しゃべりたがる。雁夜には荷が重い! それと、居場所がないってうだうだするならちゃんとここにいるやつらと話をしろ! 話が通じない、って思いこまないで! 相手の話を聞け!! まずはそこから!!」 はいぃ、と泣きそうな声で雁夜がうなずいたところで泣いている桜を連れて慎二がリビングに飛び込んできた。 「ど、どうしよう! 桜が泣き出しちゃった! 獅子王さん! おじさん! 助けて!!」 桜はぼろぼろ泣きながら「もうやだぁ」と言っていた。 おとーさんに会いたいよお。 あんな家きらい。 ときおみさんも、あおいさんも、りんさんも、だいっきらい。 せいそばっかりずるいよぉ。 雁夜や、慎二、龍之介、鶴野の名前は呼ばれなかった。桜のことをまるで家族のように思っていたけれど、この娘には届いていなかった。それを雁夜が知ったとき、自分が相手の話を聞いてなかったのだとようやくわかった。桜の声に慎二も一緒に泣き出してしまう。病院に通院している父、鶴野と入院している#名前2#のことが重なってしまったのかもしれない。 おれも、おれも、とーさんに会いたいよ。 でも、病院だから。がんばれって、いわないと。 じーさまも、おせわしないといけなくて。 ひとり、は、さびしーよ。 初めて聞いた子どもたちの声に、雁夜はどうすればいいのか分からなかった。自分が子どもの時はこんなふうに泣けることなんてなかった。泣けることが、うらやましい。 トン、と背中を押された。後ろを振り向くと獅子王がかすかに笑ったように「ステップつー、だ」という。 「話を聞いて、今度は自分も話さなきゃコミュニケーションじゃないだろ」 おそるおそる近づくと、慎二が泣くのをやめて桜を守るように立った。 やめて、桜までつれてかないで。連れてかないよ。本当に? ああ、本当だ。 抱きしめた体は、自分が想像しているよりも細くて遥かに重かった。そして、とても 「あったかいなあ」 涙がやっぱり出てきてしまった。すると、さっきまで泣いていた桜もぴったりと泣き止んで「おじさん、どこか痛いの?」と聞いてくる。 「いたくない、痛くないよ…!」 ただ、とっても嬉しくてしかたないんだ。 #名前2#さんがいない間は間桐の家にたくさん遊びに来いよ!という慎二に桜はぶんぶん首を縦に振った。じゃあねー、と手を振るといつの間にか降りてきたのか2階の方から龍之介とキャスターも手を振ってくれた。楽しかった、という桜はスッキリした顔をしている。憑き物が落ちたような顔、というのはこういうことを言うんだろう。獅子王と手をつなぎながら歩いていくと、家に着くまでにはもう日が暮れそうな夕方だった。真っ赤な空になる。桜は、ぱたりと足を止めて太陽を見つめた。赤は、遠坂の色というイメージが桜の中で強いのだろう。なんと声をかけようか、と考えた獅子王だったが桜はぎゅっと手を強く握り「早く帰ろう。歌仙のご飯食べたい」という。まだ踏ん切りがついていないだろうに、強い子だ。そうだな、と獅子王がうなずく。桜を抱き上げて走り出すときゃらきゃらと笑った。こんなに小さくてかわいい子が、家族に捨てられたかもしれないという意識と戦わなければいけないというのは現代では珍しい話らしい。刀としていろんな人間を見ていた側としては、このままがんばれとしか言うことがない。ただ、将来苦しまないための選択をしてくれと願うばかりだ。 結局、#名前2#が退院するその日まで桜は自分の気持ちの決着がつけられなかった。どうしようと思ったけれど刀たちは「それでいいんだよ」と慰めてくれた。#名前2#とよく喧嘩する青江という刀は桜のことを撫でながら「悩めるということが君にとっていい環境なんだよ」と言う。 「どうして? テレビだと、悩みはない方がいいって」 「うーん、そうは言うけどね……。桜は、今までこうやって家族と向き合うことがなかったからね。これを機に色々と考えることはいいことだと思うよ」 「……世祖も? お父さんもやった?」 「……世祖は、悩むような家族がいなかったからね。#名前2#がいればいい、という子だから。 #名前2#さんは、そうだね、悩んでいた時期があったと聞いているよ」 「そっか」 「彼は早くから親と喧嘩して家を出ていった人だからね。悩むよりはまず行動するような人だから」 うん、それはよく分かる。#名前2#はたまにものすごい考え無しなんじゃないかと思う時がある。でもそこが#名前2#のいい所だ。悩んだ結果、桜は答えを出さなかった。いつかは、遠坂の娘だった自分も#名前2#の娘の自分も両方いられるようになるだろう。 そんな楽観的な予感が桜の胸に生まれたこと自体が素晴らしいと言える出来事だった。