08
聖杯戦争が始まった。残りの枠であったキャスターのマスターが決まったのらしいのだ。璃正の元にある霊盤器にはきちんと7名のマスターがいる。時臣はそれを聞いてホッとした。無事に聖杯戦争が始まりそうだ、という安心感だ。兄から聞かされた話は俄には信じられないが、全てを信じないでいるには話が重すぎる。これまでの苦労を泡にしろ、と言われているのだから当たり前だ。そんな話、嘘だろうと思う自分はいる。だが、兄は魔術に関してデタラメを言う人ではないし、かのマキャベリストからの連絡も信じるに値するものだった。(まさか脳に直接手紙の内容が送り込まれるとは思わなかったが。) こんこん、と窓を叩く音がする。またマキャベリストからカナリヤが送られたのだろうか。音の方を振り向くと、そこにいたのは巨大なハゲタカ。時臣はこれを見て優雅に座っていられるような男ではなかった。 #名前2#は既に聖杯戦争を止めるための行動を始めていた。三次戦争の頃に生きていた蟲を見つけ出したのだ。……だが、これが本当に間桐の蟲であるかは怪しい。何しろ持ってきたのは世祖であるため、彼女が作為したものかも分からないのだ。とりあえず本物と信じて瓶に入れ、プロジェクター機械に接続できるように世祖に改造してもらった。 幕開けとなる戦いの中でアサシンが死んだところを信濃に確認させ、きちんと順序立ててどうにかこうにかマスターたちを集められないものかと思った。(ウェイバーの時に理解したが1人1人に話しては無駄だった。あまりにも決断の責任が重いので、あそこでは決められないだろう。)そして聖杯のアンリマユという存在について知らしめ、まだ願いを叶えるために聖杯戦争を続けようとするマスターがいたら沖野さんと共にそいつを殺すのとその隠蔽をしてから聖杯を転送しようと思っていた。サーヴァントは願いを叶えようと躍起になるかもしれないが、いざとなったら令呪を全て消費して世祖にサーヴァントを滅させるかもしくは原爆投下のような大事故を起こせばサーヴァントでさえも生き残れはしないだろう。被害は大きいので出来れば世祖が歯向かうものたちを殺してくれればいいのだが。 「#名前2#さーん、お腹すいたー」 「おー、俺もー」 「はいはい」 キャスターことクーフーリンは何かよく分からん服を着ていた男のサーヴァントだった。聖杯戦争について全くといって理解していない龍之介のサーヴァントととなり、最初はイライラしてばかりで、なんで戦わせない!?と叫ぶようなやつではあった。#名前2#から、聖杯を菊池が消えたような掃き溜め本丸のある次元に移し、緩やかに消滅させる話を聞いて渋々納得した。血肉踊る戦いが彼の望みだったので、#名前2#がそれなら刀剣男士と戦うか?と聞いたのだ。 「……俺は、ランサーのクラスでは召喚されてねえ。獲物はこいつだ、」 カラン、と出された木は確かに魔術師っぽい。魔術の感知について鈍い#名前2#にはそれしか分からないが確かにそれは彼の武器だった。師匠のスカサハから学んだルーン魔術を扱うための獲物である。 「別にいいじゃねえか、戦いたいんだろ? 獲物持ってないからって戦わせてもらえないのか?」 「聖杯戦争ってのは! そーゆーもんなんだだ!! 何なんだ、あんたは!」 「だから、サーヴァントと戦うのがキャスターとしてじゃなきゃいけないんだろ? なら、俺と稽古すりゃあいいよ。俺、マスターだけどサーヴァントじゃねーから」 「……ダメだろ」 「えっ」 クーフーリン曰く、サーヴァントはその召喚された枠に自分の力が縛られるため、獲物を変えて戦っても本気にはなれないのだとか。難しい話であるが、その枠を刀装とすると軽歩兵だと足が速くなれるけど盾兵だと守備力があがる、というように自分の力に縛りがあるということらしい。(刀によってはつけられる刀装が限られるように、サーヴァントたちも自分の召喚されうる枠があるのだとか。#名前2#は刀装を使った例えの説明をされてようやく全部を理解した。) 3日間待っても誰もが動く気配がなかったら動きだそうと思っていた#名前2#は、2人のサーヴァントが港近くの倉庫街で戦いを繰り広げ始めたことを全く信じていない神様に感謝を捧げた。よかったよかった世祖に駄々をこねられなくて済んだ!! バンザイしそうになったが、自分の歳を考えてやめにした。一緒にバンザイをしようとしていた世祖と龍之介は急に手を下ろした#名前2#を不思議そうな目で見つめる。 「俺やったらダメだろ、これ」 #名前2#の言葉は残念ながらきちんと伝わらなかった。倉庫街で戦っていたのはセイバーとランサーの2人で、セイバーは女性サーヴァントだった。戦う女性を見るのは久々で#名前2#にはなんというか凛々しさや心配よりも物珍しさが勝った。(乱も女の子っぽいが、やっぱり女の子っぽいと女の人は違う。)戦う2人とも美男美女であるが浮世離れしたその顔には何の思いも湧かない。一応世祖と視界を共有して見ているのだが、世祖は早くも飽きてしまったらしく#名前2#の膝に寝転んできた。 「#名前2#ー」 「んー?」 「呼んだだけー」 「なんだよそれ」 けたけた笑い合う#名前2#たちのところへふんわりと少しの気配を残して#名前2#に寄りかかった三日月。#名前2#は優しくその頭を撫でてやった。くすり、と三日月が笑う。頭を撫でる行為はもう癖のようになっている。時空を超えても変わらない#名前2#に三日月はもう1度笑った。そして少し黙る。下ろされた#名前2#の手を再び握って自分の膝へと持ってきた。夜風に冷たくなった#名前2#の手は死体よりも凍えていて生きていると思わされた。冷たくて重たい手ではない。血の通ったせいで冷たさを強く感じる生きた人間の手だ。 「心配なのか?」 「ああ」 喉から押しつぶしたような声で返された。 「そなたがいない日々はそれなりに堪えた。死ぬなと言われなかったら皆が一様に折れていただろうな。ここで死なれたら俺達はどうすればいいのか分からなくなる」 また、死ぬななどと言われてもこの世はあまりにも生きにくいだろう? 「大丈夫だろ、今度はまだまだ死ぬ気はねーぞ」 そう言って#名前2#は名刀三日月宗近を持って立ち上がる。世祖は#名前2#の背中に張り付いている。眼前の戦況の中には死んだはずのアサシンに、アーチャー、ライダーも加わったのが見えた。姿を表しているマスターは#名前2#と龍之介を除けばセイバーのマスターであろう女性に、ライダーのマスターであるウェイバー、ランサーのマスターであろう男がいた。(消去法でいくとアーチャーのマスターは時臣ということになる。綺礼はアサシンが殺されたという理由で教会に隠れているからだ。) 沖野さんからもらった情報によるとランサーのマスターはケイネス・アーチボルトで、アーチャーの所はやっぱり時臣、そして……セイバーは衛宮切嗣だった。 衛宮切嗣。聞き覚えのある名前であったが、どこで聞いたか思い出せず結局世祖に記憶を探ってもらった。すると、中東諸国に世祖を探しに行った時に出会った男の1人だと思い出せた。ああ、あいつか。うんうん、八つ当たりしたから覚えてるわ、と#名前2#は言ったが世祖にしてみればただただ#名前2#が屁理屈で切嗣と舞弥を叩きつけているようにしか見えなかった。可哀想とは思わないが、あんなにいわれても聖杯戦争に参加するそのメンタルは人間としてクズとかゲスとか言われている人に近いと思う。自分の脳を開放してその力で不可能を可能にするのではなく、聖杯の力に頼むとは。仏教で言うところの他力本願で極楽にでも行きたいのだろうか。 世祖の視界が急激に広がってどこに人がいるのかがはっきり見えるようになった。この戦場にも暗闇の中には銃を手にして戦況を見ているのが昔になんかやらかしたエミヤとマイヤがいる。なかなか#名前2#には厳しい戦況だ。実際に見てみると沖野さんの情報が合ってるのか合ってないのか分からないが世祖にはその眼でパスすらも見えてるらしい。セイバーと切嗣と繋がっている確証がとれた。 このまま悩んでいても仕方ないので行くことにする。わざとアサシンの後ろに立って、アサシン自身には空気を固定し体を動かさないようにする。#名前2#はにこやかに、世祖は寒さに埋もれて#名前2#のジャケットの中に顔をもぞもぞと押し込んだ。#名前2#の体は冷たいがこれから動くのだからどうせ暖かくなる。それに、こうやって張り付いていないと#名前2#は体が脆いのですぐに死んでしまう。それは困る。 「あ、あーあー。マイクテスー」 「!?」 アーチャーがこちらに真っ先に振り向いた姿は見覚えがありすぎる。あっれま、あいつはアーチャーだったのか。サーヴァントなのは分かったがクラスは全然見えなかったのだから仕方ない。呼びかけ用に持っていた拡声器から口を離して#名前2#は「こ、こんちわー」とか細く伝える。思いのほか寒さが辛くて口がガタガタとしてきた。海風は危ない。再び口を開こうとすると、ひゅおんっとアーチャーに一瞬にして街灯のところへ連れてこられた。 「なんだ、お前さんがうちのマスターに話をしに来たやつか」 「どもー、ライダーは日本語しゃべれんだな」 あはは、と笑った#名前2#をアーチャーは容赦なく掴んでいた手を離した。うわっと言いながらも落っこちずガラス板の上に乗っているかのように#名前2#は空中に立って見せた。それでも王と称するアーチャーに敬意を払ってか数段下に構えている。 「はは、王様怒ってます?」 「………怒ってなどいない」 いや、怒ってるでしょうと誰もが思ったが口にはしなかった。先程までの戦場の空気は一変している。あのピリッとくる刺すような緊迫感がなくなり、あるのは目の前の男の異質感だけだ。そして、サーヴァントたちは気付かなかったがマスターたちにはナニカがひたひたと近づかれていた。 「多分マスターの皆様もいるけど、面倒なことになる前に危ない人に関しては口は塞がせてもらいました。すいませんねえ」 全くすまなそうには見えない口調で#名前2#は指を鳴らした。世祖も同じように#名前2#の服の中で指を鳴らす。姿を表すことを許された宝具(刀剣男士)たちが姿を現した。極となった短刀たちだ。五虎退、今剣、小夜、秋田が各自切嗣、舞弥、ケイネス、アイリスフィールの首に刀を当てていた。喉は既に世祖がコントロールしているので、最低限の呼吸のみができる程度しか開けていない。 「マスター!?」 思わず叫んだセイバーとランサーにアーチャーは王らしく声高に笑いあげた。#名前2#よ、そなたは相変わらず面白い!と叫びながら。有難いですねえと言いながら#名前2#は下にでんと待ち構えるライダーたちを見つめた。ライダーの横でウェイバーはがくがくと#名前2#のことを見つめている。 「お、前……」 「君には俺を殺すほどの力はないし、殺す気もない、だろう?」 「ばばば、バカに、」 「うるさいぞ、小僧」 デコピンの威力ってあんなに大きいものだったのか。チャリオットの中で痛みにわめくウェイバーを見ながら#名前2#は「君は賢いから、俺の言ったことを理解してるだろうってことさ。あ、力に関しては差が歴然なんでな」 「ほう、そなたのサーヴァントは余に勝てると申すのか」 ライダーは王である自分に敬意を払わないでアーチャーには敬意を払う#名前2#に意地悪く尋ねた。ここで面白い返答があったらこの無礼は水に流して(忘れるわけではない)臣下に誘ってやろうとも。#名前2#はやはりニッコリとして「勝てるよ」と言う。 「うちのサーヴァントは勝てないから勝てるんだ。力じゃ勝てないし、ウェイバーよりも弱いけど、勝てるんだよ。人間、出来ないことなんてないのさ」 「#名前2#よ、余興もここまでだ。姿を晒し雑種どもを根こそぎ瀕死に追い込む理由は何なのだ」 「あ、忘れてました」 忘れてた、だけで人は勝手に殺されるのか。さすが、沖野の息子。ウェイバーは謎の納得をしながら、#名前2#がまた拡声器を構えるのを見ていた。