05
「彼女が……サーヴァント?」 「ああ。パスも繋がってるしステータスもちゃんと見えてるよ」 「……はぁ、」 時臣がついたため息に長谷の眉間のシワがよった。やめろ、という気持ちをこめて脛を蹴ると俺の方を睨んできたが今のはお前が悪いんだよこの世界では。世祖は桜と凛の宝箱というそれを見せてもらって喜んでいる。小さい子はなぜか宝箱を持つの好きだよなあ。よく分からんものが多いのが一般人。時臣みたいな貴族は欠け落ちた宝石のカケラや時臣が作ってくれたナニカ(俺にはそれが何かわからない。)やスプーンについていた小さな飾りなんかが入っている。あとはミサンガとかキーホルダーとかもか。桜の方はもう少し大人しく貝殻なんかも入っているが、俺にブレスレットを作った時多くを使ったのか宝箱は凛よりスカスカになっていた。そしてそれを見ていた加州も一緒になって喜んでいた。お前は男だろ、と言ってやりたい。薬研、俺の代わりに言ってくれ。 「クラスが審神者とバーサーカー…」 「つっても狂化するにはスイッチがあるらしい」 「スイッチ? そんなものが…?」 「自己申告だから当てになるかは分からんが、マスターの俺が瀕死になると狂化するらしい。そのまま放置すると……。どうなったかなぁ、長谷」 「半径40km以内の人間を殺して審神者も終えた後は消えますね」 「はた迷惑な自爆テロと同じだな」 時臣はまた頭を抱えた。こんなサーヴァントでどうしてくれようか、という顔をしていたし実際そう思っていたのだろう。弟はなんとか気を取り直して「彼女は宝具で戦うのですか?」と聞いてきたからいいや?と答えた。 「俺が前線に出るよ、宝具の刀達持って」 「………」 「………」 時臣は驚きで今度こそ声が出ない模様、綺礼にいたっては何言ってんだコイツという顔をしていた。 「……俺、そんなに弱いのか、長谷?」 「微妙ですね」 「なんだよそれ」 どうやら長谷にとって俺は強くも弱くもないらしい。悲しくはないがやっぱり俺の力ってそんなものなのかとネガティブ思考に陥りそうだ。 「時臣、それで相談があるんだが」 「次は、何ですか……」 「ああ、自分の家に帰って戦争を迎えようかと思ってな。別にお前と敵対する訳じゃない。ただ、別行動で戦わせてほしいんだ」 「……それは、#名前2#兄様は最後に我がサーヴァントと戦うと言うのですか?」 「そうなるかも知れないがならないかも知れない。おそらく、ならない」 「おそらく、ですか。その割合は?」 「80%を超えるか超えないかだ」 「……分かりました。桜も、連れていきますか?」 「ああ、そのつもりだ」 「……桜をよろしくお願いします」 時臣が頭を下げた。先程までのコメディカルな雰囲気が消えて綺礼は居心地の悪そうに立っていたが、それよりも俺の横にいる長谷が笑いをこらえてソワソワしていた。俺が真面目に話してるのがそんなにおかしいと言うのか長谷よ。 綺礼は困惑していた。#名前2#のサーヴァントだという件の審神者はなぜか幼い少女でマスターにベッタリくっついていたのに、今は綺礼のもとにぺとんと座っている。見上げる瞳は世間一般で可愛らしい姿なのに綺礼にはまるで愛らしいと思えなかった。そんな自分が嫌になるが、最近はそう思うことが軽減された。#名前2#という男が綺麗なものを見る度に難癖を付けるので、悪いところを発見しただけなのだと自分を他人より上に見ることが出来るからだ。本来ならばそんな考え方は神への冒涜であるが、#名前2#曰く事実劣っている男をお前は倦厭しないだけよほど立派な男だから、た言われた。それもまた神への冒涜であるのに、なぜか#名前2#という男がいうと謎の説得力があった。 「きえ」 「綺礼です」 「きえ」 これでも世界最高峰の頭脳を持っているらしいが口ぶりはその辺の幼女と変わらない。凛や桜よりも舌っ足らずに綺礼の名前を呼んだ。その度に綺礼は訂正するのだが今のところ効果は何も無い。 審神者は綺礼をじっと見つめては何かを食べるような素振りをする。それが何かはわからないがとにかく良いものではないだろう。審神者は食べる時にひどい音をして食べていた。時臣たちとする食事では絶対に出さないようなひどく歪で耳障りの悪い不協和音だ。がちゃがちゃだったり、ぐぎぐぎだったり、ひどい時はなにかの叫び声のような音を立てていた、審神者は真顔で食べ続けていた。 「せいー?」 「ここ」 「なんだ、また綺礼の所にいたのか」 「うん」 #名前2#は審神者が綺礼のもとにいても何も思わないらしく、綺礼の邪魔はするなよーとだけ声をかけて部屋を出ていった。暖炉の炊かれたこの部屋には綺礼と審神者しかいない。 「うん」 そう答えながらも審神者は綺礼を見つめていた。まるですべてを見透かされるようなそんな形になぜか神を思い出した。いつの間にか食べ終わった彼女は綺礼をやはり見つめてもごもごと聞き取れない言葉をしゃべった。空気が動く気配がして、宝具の刀剣男士というものが動いたのだなと感覚で分かった。この屋敷は秘密経路がいくつもある。刀剣男士たちはそこをよく利用していた。 神様がこの世に現れたなら、きっとこんな姿をするのだろう。審神者とは、正しく体現したような言葉だった。審判をする神の者なのだ。綺礼は自分が裁かれるべき思いを抱いていることを理解していた。神への冒涜と矛盾を自分はいくつも持っている。無意識に黒髪を撫でようと伸ばしていた手をしまって膝をついた。今までは辞書的な意味と頭を垂れる父の真似だけだったそれが急に意味のあるもののように思えてきた。自分が父のようになりたくて成れなかった、真似でしかないのだと悟った時の悔しさが今ようやく昇華された。 「審神者よ」 口にするとサニワという音はまるで口に馴染まなかった。目の前の審神者も何してるんだ?と言いたげに首をヒョコヒョコと動かしている。そこで綺礼は審神者というサーヴァントが神様でも英雄でも何でもない、家族を探していた幼女であることに気づくべきだった。目の前に座るサーヴァントは綺礼を助けることなどしないし、ましてや導くこともないのだ、と。だが綺礼はいつもなら見抜けるそれに知らぬふりをした。自分が初めて助けてもらえると思った存在に勝手に失望などしてはならないことだ、と言峰綺礼の実直で方向性を見誤った素直な性格が災いしたのだ。 世祖は綺礼のそんな考えを見通し、はてどうしようかと考えた。綺礼が悩むもとをいつも食べていたのだが今度はそうもいかなくなった。#名前2#も面倒なことを頼むものだ、と。目の前の神父は1度目は失敗したが今度こそ主(しゅ)と呼ぶだろう。本来ならば絶対神にのみ使われるその言葉を世祖に向けて言われるのは腹が立つ。世祖は主(あるじ)の自覚はないが、それでも刀達を従えるのは#名前2#だという認識の元本丸で何年も過ごしていたのだ。腹が立つのは仕方のないことだった。だが世祖にはそれを神父にすべて伝えることは出来ない。神父は#名前2#ではないからだ。それではどうするか。0.03秒でそこまで考えて、世祖は一呼吸して「#名前2#」と名前を呼んだ。綺礼の口は開きかけて子音のshを口にだそうとしていた。 「……」 「#名前2#、せい に 言う」 「……」 「せい #名前2#だけ。たゃんと、する。きえ は せい できる ない」 世祖の拒絶に綺礼はまたしてもここで彼の性格と#名前2#よりも良かった頭脳が言葉通りの意味を受け取らないようにした。つまり、本意を履き違えて自分の都合のいいように解釈をした。この彼らしくない行動は功を奏した。先程消えた刀剣男士、五虎退が#名前2#のことを連れてまた世祖のもとに戻ってきたのだ。 神は、かの者に委ねているのか。心の中でつぶやくとそれが最初からあったパズルのピースのごとくあてはまった。審神者というサーヴァント。マスターに付き従い、その言葉通りに動く本物の駒と同じように、それでいて家族のように動き回る。 「#名前2#」と世祖が呼ぶ前に綺礼は動いていた。両の手のひらを重ね合わせ拳をつくり上にかかげる。「主は、ここにいたのですね」 審神者は神の者ではなく、神に遣わされた者なのだ。審判をするのは、マスターである#名前2#なのだ。 綺礼の純粋とまではいかなくとも世祖にことごとく悩みを消された頭はまるで子どものように#名前2#を崇めていた。 ゴコに呼ばれておんぶしながら綺礼に宛てがわれた客間に行くとなぜか世祖に向かってしゃがんでいた綺礼が俺の方を見て修道女のごとく俺に頭を下げた。 「シュはここにいたのですね」 うん、ごめん、この事態何事? 「……」 とにかくこれは黙っていた方がいいと思った俺は、なんとか世祖にアイコンタクトを送ると奴はもう知らないもん!と叫ぶ時のままふて寝していた。おい!! 背中にいた五虎退に世祖のもとに行くように手で指示して、とりあえず頭を下げたままの綺礼の手を掴んだ。 「ッ…!」 顔を上げた時の綺礼はまるで世祖と同じ顔をしていた。会ったばかりの頃の、俺が色を入れられて池に飛び込んだあんな感じの時の顔だった。あの時は俺の方が傷ついてたのに、なんでか世祖の方が痛いような顔をしていた。今は、困惑する俺よりも綺礼がこれからどうしたらいいのか分からないと言いたげな幼い顔をしていた。まあ目は死んでいたが。 「綺礼」 こういう時は声をかけて安心させた方がいい。きつく締められた手を膝上に下ろさせて離すように仕向けたが接着剤でもついてるのかなかなかに離れなかった。 最後は諦めて綺礼の背中を撫でてやった。小さい子は背中を温められると安心するそうだ。 「綺礼、怒ってるのか?」 場違い感のすごい質問だったが一応しなければならない。俺は綺礼の怒った顔を知らないのだ。呆れた顔が何種類か、無表情、知ってるのはそんなもんだ。綺礼は小さく首を振った。 「じゃあ、悲しい?」 綺礼は少しだけ止まってまた首を振った。悲しいとは自分でも思ってないらしい。 「……じゃあ、寂しい?」 父親から離れて1人きりでホームシックなのかと思って聞いてみると見事ビンゴした。綺礼はやっぱり小さく頷いて「ひとりは、いやだ」と呟いた。 「俺がいるよ」と肩をさすっても綺礼はまるでうわ言のように「ひとりは、さびしい」とつぶやく。声が耳に入りにくいほどに小さくなって、最後は「神さまがほしい」とだけ聞こえた。 「神様?」 刀剣男士たちみたいに付喪神のことではないよなぁ、綺礼は神父なんだからきっとキリストのことだと思うけど……。綺礼はカミサマと口を動かしてすすり泣き始めた。歯を食いしばり、ひぐっ、……うっ…ふぅっ…と小さく小さく嗚咽を漏らしながら体を預けてくる。綺礼の狭めな額が肩に押し当てられて「私だけの神様が欲しい」とそんなことを言い出した。ぎゅっと袖をつかまれて服がのびそうだ。 ……神様がほしいなんて大それたことを言われても俺にはそんな信仰するに値する神様なんていない。値するのは何もしてくれないくせに存在だけする神様と、神様みたいな力を持つ世祖と、神様みたいなことを自分でも出来ると信じて疑わない沖野さんだけだ。言っておくと、沖野さんは出来ると信じたら完璧にこなして見せるような人だ。危ない。 「そんな神様いないだろ」 俺は思わず呟いていた。まだなく綺礼にはそんな言葉は聞こえなかったのかずっと泣いていた。さっきよりも泣き声は大きくなって、肩をつかむ力が強くなった。 「……信じられるのは、自分で決めるもんだよ。綺礼」 俺は自分で決めて今ここに立ってるからな、騙された感すげーけどと言葉にしないで自嘲気味に笑ったら綺礼はまた泣く力を強めた。ふと前を向くとゴコと世祖がこちらをじっと見つめていた。俺のことではなく綺礼のことを見つめていた。綺礼はそれにも気づかないで俺にしがみついたまま泣き声に飲まれながらも言葉を続けた。 「主よ、許す、と一言だけでいいのです。それだけで私は報われる」 あ、これはやばいフラグだ。 瞬時に理解したがこの許されることがなにか分からないので下手に返事をしたらなんか殺されそう。そんな予感がするし、そういう予感は大体当たるもんだ。俺は慎重に世祖にアイコンタクトを送ると頷かれた。……あ、いいのか。 なんだか拍子抜けした気分だったが綺礼のしがみつく力がだんだん強くなってきた。これはもしかしなくとも俺を神聖視しはじめているようだが、後悔するだろうからやめろ?と言ってやりたい。俺なんかを信仰の対象にしたって意味が無いのに。だが俺は世祖のことを信じている。やれ、と言われればやるくらいには。 「…綺礼、俺はお前を許そう」 そう言われた時の綺礼の顔ときたら、まるで初めてオモチャを買ってもらった時の子どものような顔だった。この男は大人になるためのそれこれを貰わないでこの年になるまで生きてきたのだろうか、だとしたらとんでもない純粋培養だし俺はそんな奴一人も知らない。とりあえず一件落着したようだが、さて抱きついてきた綺礼をどうするかね。 抱きついたままぐずぐず泣いていた綺礼が泣き疲れて寝るまで待って、ようやくベッドにやって俺が時臣のところに行くのは夜更けもいいとこの時間だった。 「兄様」 「おう」 桜の養子縁組の書類にサインをして、これを提出すれば晴れて桜は俺の義娘になる。時臣にも雁夜にも許可をもらった。手を出そうとしていた他の家は謎の不審死が相次いだそうだが俺は素知らぬ振りをする。 養子縁組用の紙ともう1枚、今後の桜の教育についての同意書も作成された。というより、俺が沖野さんに学んだ護身用の魔術を教えるしホルマリン漬けにならないように彼女の身柄の保証はし続けるが、魔術師としては育てないという旨を書いたものを俺がわざわざ作ったのだ。桜を魔術師の世界に引きずり込むのは良くないだろうと判断してのことだ。魔術師になって沖野さんにむざむざと殺されるのは夢見が悪いから。 「……桜を、宜しくお願いします」 「……なんだよ、時臣。そんな改まって」 「いえ、ただ……。兄様がいなければ私は桜をどうしていたか分かりませんが最悪の事態も考えられたのだな、と思うと」 感謝しなければ、と思ったのです。と時臣は笑った。こうして見るとただの弟なのに中身は生粋の魔術師だ。俺が聖杯を壊そうとしていると知ったら怒るだろうし、もしかしたら俺を殺すかもしれない。それは流石に嫌なので戦争は別行動で迎えることになったのだが時臣はまだその選択に納得がいかないのかたまに本当にそれでいいのかと聞いてくる。だけど俺にはこんな豪華な家は過ぎるし、一般的な家庭料理が食べたいし、時臣にいつもいつも兄様と呼ばれるのはなんだか変な気分になる。俺はこの男の兄だと自覚してるが、弟は俺を兄だと思わない方がいいのだ。妾腹生まれの兄など認知しない方が身のためなのに時臣はどうして兄様とわざわざ呼ぶのか。俺にはさっばり分からない。 兄が去っていった後でやってきた彼はまるで美しくなるほど天下五剣と呼ばれるのも分かる気がした。三日月宗近と名乗った彼はニッコリと笑って「まあジジイなのでな、ご容赦頼む」と言ってきたがあれは時臣の感覚が確かなれば牽制だったはずだ。耄碌とは程遠いカクシャクとした彼は時臣と綺礼に自分を紹介した時に#名前2#という男がまるで不健全な視線を向けていたのを見せびらかすように笑っていた。その独占は時臣には腹立たしかったが、仕方ないことなのだとも思っていた。ようやく兄として迎えられたのだから兄弟として過ごしたいというのは時臣のワガママなのだ。だが、それを我慢したうえで三日月宗近の牽制は嫌味にしかならなかった。 「#名前2#と話していたようだな」 「………」 返事などしなくとも彼は分かっている。三日月宗近以外の刀剣男士にだって#名前2#と世祖がどこにいて何をしているかなんてお見通しだ。わざわざ口に出させようとするのは時臣に自分がどんなに#名前2#にとって小さな存在かを分からせようとしている。彼はそう頭から信じていた。 「ふむ……」 対して三日月宗近はそんなこと考えていなかった。好いた男の家族ぐらい知ろうと思っただけだ。ただ三日月自身、自分の中に泥のように溜め込んだ負の感情が抑えられない時があることを知っている。なので、それらは効果的に使うことにしている。世の中ではそれを牽制と呼んだり、嫉妬と名付けるそうだが三日月にとっては#名前2#が振り向かないなら何と名付けても仕方ないことだと思っていた。 「そなたは、聖杯に何を願うのだ?」 聖杯戦争。そのようなものに願いをかけるのは人間らしい愚行をするものだと刀剣男士たちは思っていた。特に、何人もの主を見てきた者達は特に。#名前2#の弟、遠坂時臣は何を考えているのか。それはそれでまた滑稽だと笑ってやろうと三日月は自分でも気づかないほどに意地の悪い笑みを浮かべた。 「私は魔術師ですから。根源への到達。それが願いです」 コンゲン。金源だか根源だか権現だか知らないがそんなものに到達したいがために#名前2#を巻き込んだのかと思うと腹が立つ。実際は沖野が#名前2#を巻き込んだのだが三日月の頭の中は都合よく解釈されていた。 「ほうー」 時臣は余裕な笑みを顔に貼り付けながらもさっさとこの男が書斎から出ていってくれないかと椅子のヘリをなでこすった。ずゅるりと汗がベッタリとくっついて嫌な感じがする。まるで、優雅じゃない。だが汗は生理現象だ。時臣が自主的に止まるようにすることはできない。我慢してここは乗り切るしかなかった。 「……それがどうかしましたか?」 「いや? なに」 何でもない。 そういった三日月宗近の顔は全く何でもないという顔ではなかった。ただただ嫌な予感がする。 「…人間、欲を深めると悲しいものだな」 彼の瞳の三日月がキラリと光った。