から紅の恋文

 大岡の家に帰ると山伏は既に稽古を終わらせていて精神統一の座禅をしていた。 「ただいま」 「おかえり」 「座禅はいいのか?」 「よい。そなたを待っている間の暇つぶしだからな」  座禅を暇つぶしとはよく言うもんだ。向かい合わせになって座ると山伏はにっこり笑って「好かれておるな」と言い出した。 「……」  嫌な言い方だと思った。山伏はただ笑っているだけなのに何もかもお見通しって感じだ。 「世祖のことであるぞ? ほれ、連絡がきた」 「どーもね」  俺が忘れていったスマホには不在着信が2件入っていた。世祖と陸奥からだった。山伏から受けとったメモを見てみると世祖がそちらに行くからよろしくというメッセージだった。 「世祖、ひとりでこっち来れるのか?」 「厚と乱が送るそうだ」 「マジかよ」  あいつら旅するの大好きすぎか。  俺の言葉に山伏はくっくっくと笑って風呂に行こうと言い出した。ここの風呂はまさかの岩風呂という好待遇だが現代でも本丸のように過ごせるとは思ってない。やだ、と俺は言おうとしたのに山伏に「かるたの情報なら拙者の方が持っておるなあ」とあからさまに俺のことを誘惑してきた。くっそ、世祖からの連絡ってのはそんなのも入ってたのか! 「わかったわかった、入りゃぁいいんだろ」 「ああ」  廊下に出ると、紅茶を2杯分持った伊織とすれ違った。 「どこか行くのか?」 「外で警護してくれている方々へささやかなお礼を、と」 「ふーん?」  高そうなティーカップに香ばしい紅茶。いかにもお客様用ーというティーセットだった。冷めないうちに、と伊織はさっさか歩いていく。少しだけ苛立ってるようなそうでもないような。 「ご苦労なこったな、外にいる奴らは」 「然り。だが、客ということは呼ばれて来たわけではあるまい。好きにさせておけばよい」  山伏が山伏らしくないことを言い出した。怒ってる?と聞いてみたら、それなりに、と返された。今の話でどこに怒る要素があったのか。  翌日。伊織から聞いたのだが、和葉ちゃんと大岡が皐月杯で勝負をするらしい。勝った方が先に服部に告白するとかいう青春キャットファイトがあるんだとか。自分には無縁な話で悲しくなった。ああ俺の青春はそんなのなかったなあ。もうオジサンくさいなあ、俺。 「それで、朝っぱらからどうしました?」 「紅葉さまの定期入れがないのです。知りませんか?」 「さぁー? 見てねえなあ、そんなの」  元から部屋を汚すタイプじゃない俺と山伏がお泊まりに使わされた部屋は使用人が掃除したままとほとんど変わりない。部屋の中を確認した伊織は「確かになさそうですね」と言い出した。ないって言ってるんだけどなあ。 「………」  伊織は不思議そうな顔をしながら部屋を出ていった。なぜか俺の腕を引っ張りながら、だ。  警察の護衛と一緒に俺と山伏とが大岡の車に乗った。理由は知らん。定期入れというお守りがないので一緒に来てほしいのだ、と言われたが意味が分からなすぎる。 「大岡、大会には本当に出るつもりなのか?」 「何度も言うてますけど、うちは出ます。必ず。葉っぱちゃんに負けられまへんから」 「狙われてるんだろ、お前。昨日も警察いたみたいだし」 「平次くんがおりますから。それに……伊織のお墨付きの方もいらっしゃいますし」 「……」  山伏のことを見やると肩を竦めた。そうだな、俺達にはそこまで関わるってことはないよな。  前には事件で見かけた阿知波会長に、関根さんがそれぞれ車で走っている。バックミラーにはさんざ見かけた服部のバイクが見えた。疲れすぎて目が幻覚を見せてるのだろうか。目をこすったそのタイミングで、まさか爆発が起きるとは思わなかった。後ろで起きた=大岡が危ないというよりも、一般人を守らなきゃ!という意識の方が強かった。運転席にいた伊織の頭をとっさにひっつかんで押し下げていた。助手席からの運転席の距離とかを忘れていたもんで俺はシートベルトをつけていたことから腹部の打撲を負った。警察に逆に驚かれた。  病院に乱と厚、世祖に綾小路警部という村正事件の4人が来てくれた。聞いてみたら、山伏は念のため大岡のもとにいて、俺はと言えば一旦粟口の家に行くことが決まってるらしい。 「驚きましたよ、大岡さんの車に乗ってるて聞かされた時は」 「すいませんー。今、そっちでかるたの稽古を手伝ってて」 「矢島さん宅で会ったときに言ってくれれば良かったものを」 「コナンたちがいたから言えなかったんじゃない?」  俺の心の中を乱が言ってくれた。綾小路警部ははぁ?という顔をしていたが俺はぶるぶると首を頷かせていた。 「そうなんですか?」 「そうなんです」 「大会は明日に延長されるそうですが、体調が良くなければ来なくても……」 「行きます。大丈夫っす」 「強情ですねぇ」  それでもダメって言わないから有難い。世祖は俺を見ながら「ぷえっ」と変な声を出した。ぶふっと厚が笑う。笑い事ではないのは世祖の真顔からして分かる。 「あー、世祖さん?」 「ぷぇっ」 「ぺぁっ」 「ぴょぅ!」 「ごめん、厚と乱は黙っててくれるか?」  シリアスな空気のはずなのに吹き飛んだ気がする。世祖は真っ直ぐに俺を見て「やるの?」と聞いた。 「やるよ。絶対に」  目的語がないのに俺はそう答えていた。何をやるかっていうのは、まあ俺は分かってないけれど。世祖にはそれで良かったらしい。 「ふぅん」と頷いて厚の耳にこそこそ話をする。 「なんだよ、俺には秘密なのか?」 「#名前2#さんは無茶するからって」 「ひでえ言い方だな」  無茶しないっていうのは約束出来ないから仕方ないことだけど。 「厚たちは事件の話を聞いたのか?」 「まあな。それで世祖が謎解きをした」 「何でだよ、早すぎるだろ」 「#名前2#さんが覚えてなさすぎるんだよー。僕らだって名頃と阿知波の戦い覚えてるよ?」  話を聞いたところによると、警察が犯人と思ってる名頃は犯人じゃないらしい。何で?と聞いてみたらミスリードすぎると言われた。俺には難解な話でついていけなかった。 「じゃあ、あれか? ようするに、名頃は今死んでるって確信してたのか」 「そりゃあ山伏さんが名頃さんの気持ちを引き継いでかるた続けてたからなあ」  言われてみればそうだった。山伏はその考え方から生や死に対して厳しい。なのに、名頃のため大岡の稽古をしていたのはそういう事なんだろう。 「でもなんで阿知波さんが犯人なんだよ?」 「皐月かるたに血の跡があったんだって」 「そうなのか?」 「みたのー」 「へぇー」  どこで見たのかは知らないがとにかく見たらしい。血の跡があるってことは、皐月かるたを所持していた阿知波さんたちが怪しいということらしい。奥さんはもういないから容疑者は会長のみだ。聞いていた俺はもう何も言わずにはい、はい、とだけ繰り返した。  大会は順調に進んでいたが、途中爆破事件があった。会場からは割と離れた小さな物置小屋だ。山伏と厚とを連れて会場に来ていた俺は世祖の指示で皐月堂という所に行くまでの船のもとにいた。厚はそのすばしっこさから、皐月堂の上の崖にいて山伏は俺と一緒にいる。 「なあ山伏。今回、世祖って」 「かなり無理をしたなぁ。#名前2#のため、かるたの映像を見あさり情報を集めていると一期殿から聞いたぞ」 「マジで?」 「情報の受け取り過多で今日もここには来られんようだったしな」 「うわああああ」  自己嫌悪で悲しくなってきた。もう事件とかどうでもいい。とにかく世祖に謝りたい。あいつ、俺のためとか言って何やってんだよ。  む゛~~っとバイブが鳴った。スマホのメールだ。 「綾小路警部から連絡来てら」 「何と言っている?」 「阿知波さんと和葉ちゃんが狙われてるってさ」 「ナイスタイミングというやつであるな」  かさり、と船に近づいてきた3人に山伏はにっこり笑った。さすがの彼でもこの状況の笑いは不気味だった。 「阿知波さん、もうやめんか? ここで罪を重ねて何になるという」 「まって、國広井さん。阿知波会長がこの事件の犯人やと、そう言ってはるんですか?」 「そうだよ、大岡。和葉ちゃんは知らないかもしれないけど、今頃スマホに名頃からと見せかけたメールが届いてる。この決勝戦の相手として、エントリーシートに書かれたメアドにね」 「そんな……」 「阿知波さん、あなたは名頃を殺した証拠をテレビに撮られるのが怖かった。だからプロデュースをした矢島を殺したんでしょう。そこまでは分かる。でも、関根さんや大岡や、和葉ちゃんは何も知らない。なぜ狙われる必要があったんですか」  俺の言葉に阿知波さんは泣きながら爆破用のボタンを地面に投げ捨てた。意味がわからない、という顔をしている大岡たちのため山伏が事件の真相を語り始めた。 「きっかけは名頃と皐月殿の戦いであろう。拙僧は名頃から話を聞いていたのだ。老い先短いため、皐月会と戦う、と。戦って、認められて、そして後を任せたい、と。阿知波皐月殿は名頃が一途に愛した方だったからな」 「まって、あんさんは誰なん……? 何でそんなこと知ってるん?」 「おぉ、すまなんだ。拙僧は國広井伏と言う。名頃の親友だった男だ。かるた取りは昔に1度やったきりだが……」 「君が、國広井くんだったのか……。皐月から聞いたことがあるんだ。唯一、勝てると思えなかった相手だと」  それはそうだろうな、と思う。本丸でのガチ勢は人間レベルで測れるものじゃないし何より年季が全く違うのだ。 「阿知波会長、なんでですか? なんで、人殺しなんか……」 「……」  大岡の言葉に阿知波さんは答えなかった。その頑なな態度が逆に俺たちに、世祖ですらも分からなかった真相を伝えている気がした。 「名頃を殺めたのは皐月殿であったのだろう」 「ッ!!?」 「かるたという証拠は亡くなった皐月殿を辱める代物だ。阿知波殿はどうしても隠さなければならなかったのだな」 「ぁ……、あ…。いや、違うんだ。名頃を殺したのは私なんだ。私がやったんだ、信じてくれ」  そう言われても誰も信じないことは明らかだった。阿知波さんの表情が皐月さんは人殺しだと言っていた。なのに、和葉ちゃんは「信じます」と言うのだ。 「……遠山くん」 「うち、信じます。信じますから、きちんと警察で裁判で、罰を受けてください」 「わても、信じます。また外に出てきたら、稽古つけてもらいます。それぐらい、約束してくれまへんか?」 「大岡くん……。すまない、本当にすまない…! ありがとぅ……!」  阿知波さんは泣きすがるように、ふたりを拝むように膝をついた。皐月さんはもう既に死んでいるのだ、と山伏から耳打ちをされた。亡くなった奥さんのため、色んな人間を殺そうとしたこの男はある意味ものすごい愛情を持っているのだなと思う。それを肯定してはいけないけれど。  決勝戦がモニターに映らないままなのは大丈夫なのかと思ったが、厚がなぜかそこら辺を片付けていた。マイクが繋げられていたのが幸いだ。厚は事件の真相を誤魔化しながらここに阿知波さんたち3人は来ないことを説明した。よく出来た刀剣男士である。  阿知波さんは逮捕され、パトカーに乗っていった。読手をしてから去ってもいいんじゃないか、という声もあったが山伏がその任をすると声を上げた。大岡に有利じゃね?とも思ったが、山伏は今世で読手をしたことがないらしい。なら、いいかなと思った俺も相当にやばい。  決勝戦の盛り上がりが聞こえている。少年探偵団の叫び声と厚の山伏への声援が耳にぽーんと入ってくる。 「#名前2#さん」 「服部にコナン。何だよ、ふたり揃って」 「分かってたんか、阿知波さんが犯人やて」  ジト目で睨まれる。俺がわかったことじゃないため、どうにも居心地が悪かった。その文句は世祖に言ってくれ、と。 「分かってたらもっと上手く立ち回るさ」 「だったら、なんで船に乗る前に止められたんすか?」 「コナンの姿で工藤の口調とか相変わらず変な感じだなー」 「茶化してねぇで答えてくださいよ!」 「はいはい。まあ、決勝戦行われる前に犯人は分かったからな。皐月堂の爆弾も知ってたし。だけど、関根さんはマジでビックリしたよ。あの人は殺されそうなこと何もしてねえんだから」 「………」 「大岡も和葉ちゃんも関根さんも。巻き込まれただけだ。殺害を未然に防げられたら奇蹟だろうけどな。俺にはそんなこと出来ねえし、お前らも出来ねえだろ。起きてから犯人を探す。今回は、テレビ局の爆破事件と矢島さん殺害事件があった。それに、かるたをする味方がいた。だから分かった。それだけだ」  俺はそのまま立ち去った。これ以上に話をしていたらボロが出そうだったのだ。コナンや服部なんかがケガしそうなほどに被害出たらたまらない、なんて本音が出る前に立ち去らなければいけなかった。 「……被害が出ないだけ、マシや。それは当たってるけどなぁ。なんかしっくりこないわぁ」 「おお。それには同意だぜ」 「どうも出来すぎてるわなぁ」 「それこそ奇跡みたいにな?」 「っはは。せやな」 「………」 「………」 「戻ろか、工藤」 「ああ」  山伏はまた山暮らしをするらしい。まあそれはいいんだけど、困ったことに服部から連絡がちょこまかと来るようになった。怪しまれてるなあ俺~と笑って言ったのに、三日月たちは一斉に目をそらした。くっそ、俺のことを助けてくれるやつがいない。 「#名前2#のばーか」 「うるせー、探偵が」  世祖のせいだからな、こうなってるのって。 服部くんは主人公がコナン=新一と分かっている設定です。これまで書けなかったけど。