ハロウィンの花嫁

 コナンは下へ到着するとすぐに「博士、あのでけぇボール出るベルト! あれを渋谷のスクランブル交差点に持ってきてくれ、」と電話をかけていた。  俺はといえば風見さんに中和薬の準備を依頼して、動けそうな刀剣男士たちに渋谷に来るように連絡をしていた。 「ここでボールを膨らませて、液体が混ざらないようにする」 「だな。それぐらいのことしなきゃ終わらねえわ」 「問題は、ボールがちゃんと収まるかどうかなんだけど……。伸縮式サスペンダーでもちゃんと押さえきれるか」 「ま、何とかなるだろ」 「#名前2#さん……」 「大丈夫。ていうか、大丈夫にする。世祖があんだけ頑張ってくれたから、俺もやるよ」  小五郎さん、この近くの病院にいるだろ。俺の言葉にコナンはじっと俺のことを見つめた。 「#名前2#さん、自分の家族のことが嫌いなの?」 「……はは、沖野さんのことは好い人だと思ってるよ」 「そ、そうじゃなくて」 「小五郎さんのことを大切にしすぎるって? そりゃあそうだろ。感覚がマヒしそうなときに、普通の人間らしいとか未成年の子どもを守るだとか。そういう忘れがちなところを絶対に見せてくれるのが小五郎さんだからな。あの人は俺が迷った時に、どうしたらいいか教えてくれる人なんだよ」 「……」 「俺が、灰原を守りに行けたらよかったのに。いや、あのメモを落とさせたのは俺だったから。俺が事故にあえばよかったんだよ。ずーっと思ってたんだ。あの時、哀を行かせたからあんなに怖い目をあわせたんだって」 「ッ、それは違うよ」 「……コナンは優しいなあ」  泣きそうな顔で見るコナンのことを抱きしめた。エレニカのことをなぜかめんどくさいと思えないのはきっと同じような感覚を抱いているからだと思う。  息子の代わりに自分が死ねばよかった。そう思ってしまうのは生きている自分がどうやったって許せないから。許したら、死んだものの命がまるでその程度の軽いもののように思えるから。実際は命に貴賎はないけれど、相手が特別ならば尚更だ。俺の場合はまだ小五郎さんも哀も生きているからマシというだけ。  空からヘリコプターが落ちてくる。コナンは「エレニカさんに会わなきゃ」と言い出した。 「エレニカに? なんで」 「復讐を止めたいんだ。そんなことしても、」  そんなことしても、の言葉の続きは知らない。俺はコナンを捕まえると乗り捨てられていたバイクに乗った。 「行くか」 「う、うん」  空を見ているコナンの言葉を聞きながらごちゃついた道を駆け抜ける。駅前のところにエレニカたちがいた。銃を構えている。プラーミャの傍に安室さんはいなかった。代わりに、村中さんがいる。タキシードのままここまで来たのだ。安室さんは、隠れることができたのだろうか。 「エレニカさん!」 「坊や。そこをどいて」 「ダメだよ、エレニカさん」 「そいつを殺さなきゃ……。また誰か被害に遭う!」  コナンは何も言わずにエレニカに手を伸ばした。復讐を望んでいるのかどうかなんて、人は分からない。けれど言えるのは、彼女に寄り添っている少年は復讐を望んでいないし彼女の夫らしき人物は恨みつらみをしゃべっているということ。  彼女の夫婦関係がどうだったのか俺は分からない。あれが夫なのかどうかも。ただ、生きている人間にそれらが伝わることなんてほぼないから。自分たちの道は自分たちで決めるしかないのだ。幽霊の言葉が聞こえていても、どうすればいいかわからなくなった時も。今を生きているのは自分だから。  少年探偵団と、世祖が来たのは同じタイミングだった。伸縮式サスペンダーを持って結びつけてくれと言われる。小学生だけで大丈夫か……? と思ったがなぜかみなやる気満々だった。無茶ぶりに慣れすぎている。 「子どもたちにそんなに無茶させない方がいいんじゃないのかい、坊主」 「!?」 「次郎太刀! 太郎太刀も来てくれたんだな!」 「力がいるって聞いたらね。アニキも誘ってきたよ」 「人助けのためですから」 「あとはもう何人か来る予定だよ。御手杵たちも車かっ飛ばすって言ってた。あと一文字とか」 「そりゃありがたい」  世祖には力を多少使うならOKと言い聞かせて、俺たちは四方にバラけた。とにかくでかいところに結びつけろ! と言ったが、サスペンダーの方が中々のびない。ここからさらにボールで広がるというのに大丈夫だろうか。 「コナンくん、このままじゃサスペンダーが引きちぎれますよ!」  一緒にいた光彦がコナンに叫んだ。さて、どうすればいいか。世祖の力を使わせたら簡単に終わるけれど、あまりややこしい事はしたくない。 「#名前2#、引っ張っていてくれ」 「日光!?」 「話は聞いている。ありったけのロープを持ってきておいた。登山用のやつだ、そんなにヤワじゃない」 「でもそれじゃ……」 「サスペンダー部分に余裕ができればいいのだろう。引き止める部分ならロープでも大丈夫のはずだ」  そう言うと日光はサスペンダー部分にロープをぎゅっと結びつけて柱へと伸ばした。 「おい、そこのロシア人! お前たちも手伝え!」  日光の叫びにわらわらと人が集まってきた。後ろから「遅くなってすまねえ」と同田貫もやってくる。心強い味方が現れてくれた。  せーの、と声を合わせてロープを引っ張る。かなり大きな電柱に縛り付けたので大丈夫だと思いたい。 「ごめんみんな、俺、コナンのところ行ってくる」 「気をつけてくださいね!!」 「こっちの事は任せておけ」  真ん中まで行ったところでボールが膨らみ始めた。危ない、とベルトに捕まる。これ俺の体重もあわさってまずいよな……? と思ったが捕まった以上どうにもできなかった 「#名前2#、こち」  世祖も同じように考えていたらしく、上から引っ張りあげてくれた。道を作ってくれたのか、ベルトの上でも歩けるようになっている。  世祖と一緒に上まで行くとコナンが「膨らめ、膨らめ……!」と焦った声で叫んでいた。 「コナン。焦りは最大のトラップだ。落ち着け、大丈夫、お前の作戦は上手くいくよ」 「#名前2#さん……」 「みんなを助けるんだろ」 「……はい!」  コナンがボールに集中している間にも液体はどろどろと流れ始めている。やっぱりプラーミャはこのスクランブル交差点で爆発を起こそうとしていたようだった。  世祖にヒソヒソと耳打ちをした。どうしようもならなくなったら、力を使ってこのボールを動かしていい、と。世祖がうなずいたのを見て俺は刀剣男士たちに連絡を送った。 「危なくなったらすぐ逃げろ。ローブは世祖の方で何とかする」  返事は来なかった。みな残ってもいいという覚悟のようだった。そんな死ぬ覚悟なんていらないが。 「プラーミャは、ちゃんと罪を償うかな」 「さて、どうかな」  それは俺たちが知るところではない。けれど、村中さんのあの顔を見る限り何かやってくれそうな予感はしている。  心配していたが、爆発は無事に止めることができた。刀剣男士たちに無事だと伝えるとロシア人たちと共に姿をくらませたという返事が来た。ここで返事をするくらいならさっきも返事をしろよ、と思った。  爆弾魔プラーミャの事件はこうして幕を閉じた。  中和薬はすぐに用意されて、どんどんと流し込まれていく。疲れた俺はそのまま倒れそうになったが、いや世祖に話を聞かなきゃならねえと気合いで起きた。  しかし世祖はあまり口を割らなかった。教えてくれたことはひとつだけ。 「みんな、がんばった」  まあ、それはそう。  後日、ポアロへと顔を出すと「お疲れ様です」と安室さんが声をかけてきた。いつものを、と頼めばにっこりと笑われる。 「そっちこそお疲れ様でした」 「……妹さんを巻き込んでしまって、すみませんでした」 「別にいいです、本人も納得してるみたいだから」 「……自分の大切な人が死んだときに、自分が死ねばよかったんじゃないかと罪悪感を抱くことをサバイバーズギルトと言うらしいですよ」 「はあ」 「妹さんは、君のそれを晴らしたかったと。僕に依頼をしたんです」  へぇ、と軽く頷いた。なんとなくは分かっていた。世祖は小五郎さんのことを好ましく思っているけれど、それはあくまでも「俺と沖野さんが小五郎さんのことを大切にしているから」であることなんて。 「小さくても、レディですね。ちゃんとお金も振り込まれていましたよ」 「マジすか?」 「お父上の名義でね」  沖野さんもこの件に絡んでいたということか。松田刑事に変装します、という話もあんな簡単に通るわけである。 「安室さんは?」 「はい?」 「そのサバイバーズギルトってやつ、ないんですか?」 「……人が死ぬことを、僕らは止めることができませんから」 「割り切ってます?」 「いえ。助けられる可能性がある時にはそれに全力をかけると思っているだけですよ」  それなら小五郎さんのことを誤認逮捕させたのってなんだったんですか、と言いそうになってやめた。あれが彼なりの全力の戦い方なのだろう。 「次からは、萩原さんと松田さんの命日には俺も一緒に墓参りに行ってもいいですか?」 「え」 「はは、まあ考えておいてください」  ちょっと待って、と言う安室さんに手を振った。この位の意趣返しは許されるだろう。