ガールズバンド作戦

 枕を頭の上に乗せて落とさずにいかに早く走るかの競争はその電話で一時休戦となった。世祖は力を持っていた時間が長いせいかバランスをとるのは#名前2#の方がうまい。世祖はぼろくそに負ける前に終わらせられそうだとホッとした。  電話をとった#名前2#は「ああ園子ちゃん」と世祖に聞こえるように電話口の相手を呼んだ。耳をすませるとカチャカチャとした食器のこすれる音とストローでジュースを飲む音、あの男と看板娘の会話。つまりはポアロの音が園子の声といっしょに聞こえてきた。 「ガールズバンド?」  やんの?と聞いた#名前2#に園子が少し上ずった声で続ける。 「それでぇ、#名前2#さんにー、ベース教えてほしいんですー」 「おお、別にいいけど…」 「やったー! ミュージックスタジオ方舟ってところで練習するんで、すぐ来てくださいね!」 「方舟、な。分かった。準備してすぐ行くよ」  園子の電話の奥で#名前2#、来るのか?という聞き覚えのある声が聞こえた。久しく聞いてない声だったが耳に残る声なのだ。今彼は友人と世界中を旅していると聞いていたがなんだってここにきてるんだか。 「……」  世祖と顔を見合わせて面倒な…!と呟いた。なんで彼が合流してるのか小1時間問いただしたい気分だ。 「…とりあえず、行ってくるな。世祖は……」 「……」  世祖は考えていた。あいつらと安室と一緒にいるのと誰かに預けられるのはどれがいいだろうか。2分ほどよくよく考えて陸奥と三日月の家に行くことに決めた。(世祖にしてみれば2分はかなりの長考だ。) 「むつ と いる」 「陸奥と? 長谷じゃなくていーのか?」  こくんとお気に入りのこんのすけのぬいぐるみを抱きしめてうなずく。#名前2#もうなずいて「じゃあ電話すっからな」と言った。  世祖だって彼らと会いたいんだろうが安室さんとの相性が悪い。陸奥も忙しいだろうが少し預けるくらいなら平気だろうと#名前2#はたかをくくることにした。陸奥はすぐに電話に出て世祖のことを迎えに来てくれた。本当ならば#名前2#の方から陸奥たちの方に行くのが礼儀なのだが、なぜか電話が終わるころには車に乗って陸奥が家の前にいたのである。これが陸奥マジックか、と#名前2#がつぶやいた。 「そんじゃあ陸奥、頼んだ」 「おん! #名前2#も気張りよ。電話くれたち迎えに行くし」 「え、まじか」  さすがにそこまでさせるのは悪い、と言ったが陸奥に押し切られて#名前2#は車に乗ってスタジオ方舟にやってきた。頭の中にはアイツがいるということはまさか連れ回してる友人も……と頭の中で公式が浮かぶ。いや、ないない。ないことを祈ろう。フラグだとしてもないことを祈ろう。  フラグは折れる人間と折れない人間がいるが#名前2#は今回は後者だった。数が少ないことだけが救いである。入り口の自動ドアのところに面倒だという顔をしている大倶利伽羅とキラキラした顔でこっちを見つめる鶴丸国永が立っていた。あ、やっぱりと#名前2#が遠い目をする。電話口での鶴丸の声が聞こえたときまさかとは思っていたが。 「おい、まさか本当に来たのか……」と大倶利伽羅こと相州廣光(おうしゅう ひろみつ)が言う。 「なあ? 電話させてよかっただろ?」と鶴丸国永こと五条国永(ごじょう くになが)が笑う。彼らは伊達組で集まってちょっとしたアーティスト集団を名乗り世界中を旅している、と聞いていたのだが。なんで日本の、しかも米花町にいるんだ。 「いやあ、光坊と貞坊がそろそろ日本に帰りたいと言い出してな。三日月や一期に挨拶しなきゃならんと思って2手に別れて動いてたんだが、まさか#名前2#の後輩たちに会うとは思わなくてなあ」 「……鶴の爺さんが、勝手に話しかけに行ったんだ。バンドをやりたいと言い出したその後輩たちのところにな」  そんな光景が容易に想像できる。伊達組はその名の通りコミュニケーション能力の高い鶴丸、燭台切、太鼓鐘と1人で構わないと言いながら面倒見のよい大倶利伽羅で構成されている。何が言いたいかというと、困ってる人がいると話しかけにいくのが彼らなのだ。 「電話でも言ってたな、バンドやりたいって」 「そしたらな! カチューシャの子が俺たちのことを知っていてなあ! 俺はドラムだし、伽羅坊はギターだがベースを教えられるやつがいないだろう? だから#名前2#を呼べば解決できると言っといたんだ。キーボードをやる子はピアノをやっていたそうだから簡単に説明がつくだろ?」 「ふざけんな、てめえ」  確かに燭台切に教えたのは俺だがあいつの方が今や数倍は上手いんだが。あとボーカルはいないのか。 「ああ、そうそう。あと、変な男がついてきたなあ。なあ、#名前2#。あの男、なんなんだ?」  鶴丸の急に低くなった声に大倶利伽羅は顔をしかめて「おい、そんな声を出すな」と制した。  止めてくれるのかと思いきや大倶利伽羅は「やるならコイツの家の中にでもしろ」と言う。お前は俺の味方じゃないんだなと#名前2#はじっとり視線を送った。 「…その人って褐色の、金髪だったか?」 「ああ」 「それなら気にするな、仲間でも敵でもない」 「なら、なんだってあの男は君にわざわざ近づくんだ? 価値のない人間なら遠ざければいいじゃないか。まさか……惚れた、なんて言わないよな?」  目が鋭くなって鶴丸はまるで獣のように#名前2#を睨めつけた。なぜか今世では#名前2#という男に執着する鶴丸国永に大倶利伽羅はまたか、とため息をつきたくなった。  今回、日本に帰ってきたのも光忠たちではなく鶴丸が言い出したことである。だが鶴丸のそんなことを気にした素振りもないのが#名前2#なので鶴丸は大倶利伽羅に泣きつくのだ。こっちだって辛いわ、と言ってやりたい。 「大丈夫だよ、惚れてないし」 こうもあっけらかんと言われると逆に心配になる。 「とりあえず中に入ろうぜ。燭台切たちが三日月んとこにいるなら、多分世祖と会ってるはずだから」 「……分かった」  いや、全然分かってないだろ。と大倶利伽羅の内心のツッコミは#名前2#には届かず、背中を押されて中に入ることになった。 「ねえ、園子。そういえば鶴丸さんたちは?」 「ああ、#名前2#さん迎えにいくからって玄関にいるよ。なんか、#名前2#さんが光忠さんにベース教えたらしいのよね」 「へぇー。ていうか、あの人たちそんなに有名なの? あたし、聞いたことない……」 「まあ日本じゃマイナーかもねえ。普段は外国で評価もらってるし、ネットに挙げられた動画はたった1本だけ! でもそれが話題になって日本ブームも重なって、出されたCDはほとんど売れてて次世代のレッチリって呼ばれてるらしいわ…! 普段は4人で活動してんのよ。さっき会った鶴丸さん、倶利伽羅さんでしょ? それと光忠さん、貞宗くんで。確か、ボーカルの貞宗くんが小学生なのよね。でも日本は義務教育あるじゃない? だからアメリカ国籍をとって学校飛び級して、今に至るらしいのよ」 「へぇー」 園子の話に質問した蘭だけではなくコナンも世良も安室も感心したように頷いた。なんだってあの男達が急に園子たちに話しかけてきたのか気になっていたのだ。 「僕としては#名前2#くんがベースを弾けたことに驚きましたがね」 「あ、そっか。安室さんは知らないんですね。#名前2#さん、ニコニコの方に動画あげてたんですよね。確か…サニワって名前で清光、陸奥って人たちと#名前2#さんの3人組でやってたのよね?」 「そうそう! 顔出ししないから判断出来なかったけど#名前2#さんベースだったのねー。まあギターの人はすごく手が綺麗だったからないなって思ったけど」 「動画、ですか?」 「3画面編成でみんな顔途切れてるんですけど、セッションするぜよっていうタイトルで、ね?」 「そうそう、そんな感じ! 陸奥って人が土佐弁話すのよね」 「土佐弁……」  安室の頭の中に#名前2#について調べたファイルがかたかたと鳴る。バンド仲間のムツというとおそらく陸奥吉行のことで、キヨミツとはおそらく中田清光のことだろう。2人とも名前の読み方を変えるとそう読めるし。だがどう探ってもそのDAtEというバンドは聞いたことないし#名前2#との接点も見当たらなかった。一体どういうことか。 「安室さん?」 「あ、ああ、コナン君。どうしたんだい?」 「目つきが怖くなってたから……」 「え、嘘!?」  あわわと目元を手で隠すとコナンはハハと苦笑いして現実逃避するように視線を横に向けた。 とあるガールズバンドが喧嘩するように言い合っていた。  聞こえてきた声から判断するとニット帽をかぶった女性がドラムで、ジージャンを着た女性はギター、メガネをかけた女性はどうやらキーボード、もう1人の茶色の帽子をかぶった女性はベースのようだ。本物のバンドはあんな風に喧嘩するなら蘭たちはあんまりそういったことがなさそうだなあとコナンは蘭を見つめた。 「おう、ただいま!」 「鶴丸さん! 倶利伽羅さん! #名前2#さん! ……って、今日は世祖ちゃんいないんですね」  園子の声にみんなの目が俺に集まった。たはは、と頬をかきながら「今日は世祖は遊び行ってるんだ」と嘘をついた。  さすがに鶴丸たちと遊ばせると危ないからとは言えない。安室さんを嫌ってるからとも言えない。 「そうだったんですね。あ、こっち座ってください」 「え、いいよいいよ。椅子持ってくるから」  ほかの机から椅子を持ってきてとりあえず鶴丸を座らせた。安室さんの隣が空いていたので仕方なく俺がそこに座って大倶利伽羅は鶴丸と安室さんの間にクッションとして挟まってもらった。めちゃくちゃ居心地の悪いクッションだがあるだけマシだ。  鶴丸と真澄ちゃんの間には園子ちゃんが座って世良ちゃんの横……俺の向かいに蘭ちゃんがコナンを膝の上に乗せて座った。大所帯で申し訳ないなあと思うが受付にはこれ以上の椅子がないそうなのでもういいか、と思った。 「曲はどうするんだ?」 「やっぱり人受けする曲がいいからなあ」  あれやこれや語り始めた女子高生たちを面白いなあと見ていたら安室さんから視線をもらった。そしてそれを鶴丸がまた見てるもんだから正直めんどくさい。 「どうかしたんすか、安室さん?」 「ああいや……。やけに来るのが早かったな、と」 「友人に車で送ってもらったんすよね」  割とスピード狂で違反ギリギリを攻めて走らせる友人、陸奥のおかげでこんなにも早く来れたのだ。  すると、なんでか安室さんに疑られている感じになってしまった。苦笑いで小首をかしげると園子ちゃんからタイミングよく声がかかった。 「どうしたー?」 「沖野ヨーコちゃんのダンディライオンにしようと思うんですけど、これってバンドにしたら難しいですかぁ?」 「あー、どうだろ。鶴丸、お前どう思う?」 「そうだなあ、ヨーコの曲だろ? アレンジ次第では初心者向けにもなれるだろ」 「だってさ」 「それじゃあそれで!」  叫んだ園子に黙っていた大倶利伽羅が一言。 「ボーカルはどうするんだ?」  シーン、と女子高生たちが静まってしまった。