三日月宗近の話
部屋に入った#名前2#と世祖が上座に座った瞬間、加州清光はマニキュアをつけたその腕を真っ直ぐと挙げた。 「ん、加州どうしたよ?」 「どうしたもこうしたも、なんで蛍丸にしたの!!? どう考えたって選択誤ったでしょ!!」 「俺っちもそう思うぜ、#名前2#さん。蛍丸のあの性格じゃあ菊池持たないだろ」 ー蛍丸。刀派は来で、世祖が一番最後に鍛刀した大太刀である。加州たちが言う通りその性格は苛烈で来たばかりだった三日月や小狐丸も煮え湯を飲まされた存在だった。 薬研の言葉に#名前2#はうーん、と唸ると世祖の方を見た。世祖は自分に害があるとなるときちんとしゃべるが言わないところを見ると何もないのかもしれない。#名前2#としては部屋に入ってからも黙って腕組みをしたまま正座する打刀の方が気になった。 「……長谷は?」 「加州の言い分にも一理あるが#名前2#さんの言葉に世祖が何も言わなかったのだ。意味はあるのだろう」 「そうかー」 長谷部に聞いたのは間違いだったな、と自己完結して#名前2#は世祖を膝に乗せると今後の予定について考え出した。数珠丸や不動を出迎えないまま今こうやって過ごしているのだが、今回は新たに白金治の時代の江戸を調査するとのことでまた出陣しろ、という命令が下ったのだ。歴史修正主義者たちも着々と力をつけているらしく今まで見なかった刀も出始めている、と聞くが#名前2#はまだ見たことがない。それに、その敵に囚われているであろう太鼓鐘貞宗を回収しろ、と言われている。回収出来るかどうかなどというのは#名前2#も世祖も心情的にはどうでもいいところだが同じ伊達で過ごした刀たちはそうもいかない。戦場に連れていけ、というオーラが出ているのだ。 長谷部はそんなこともないし、どちらかと言うと世祖を手助けする側だったので呼び出した。 「とりあえず、あの見習いについて調べようと思う。三日月を置いてくのはどうかと思ったんでここに呼んといたんだが…」 と言葉を切って#名前2#は三日月の方を見た。自分とよく似た男がこの本丸にいる、というのは辛いものだろう。陸奥守吉行とて最初は世祖が鍛刀して引き当てたのだが、#名前2#が持っている自分を見て他のサニーの役に立ちたいと申し出て刀解した話がある。陸奥はそれを一時期かなり気にしていたのだが#名前2#はそれでも手放さなかったし、世祖も沖野も気にしなかったので陸奥は勝手に立ち直っていた。 三日月の方はどうなのか、と視線をやると三日月は微笑んで「俺も一緒に行けばいいんじゃないか?」と言い出した。 「なんだ、気にしないのか?」 「何を気にすることがある。俺はもう指貫世祖の刀だ」 「分かった。じゃあその日の近侍はお前にする。それと、小狐丸も三日月のことが気になるならついてきてもいいぞ? 陸奥を置いていっても心配ないだろうし」 「……いえ、止めておきましょう。菊池、と名乗る男が何をしでかすか分かりませんし」 小狐丸の言葉に加州たち3振りの気にピリリと緊張にも似たしびれが走った。 蛍丸は目の前でびくつく男を睨みつける。なんで自分がこの役目なのだ?という疑問がからみつく。近侍だからって、それだけではないだろう。なにか意味があるのだ、きっと。 「あの、蛍丸…」 「俺、あんたの刀じゃないんだけど。せめて敬称ぐらいつけたら?」 「あ、すんませんッ…! えっと、蛍丸さん、」 「ん」 「あの人、俺をどうするつもりなんスかね……」 蛍丸はその菊池の問いかけに開きそうになった口をぐっと引き締めた。口が少しでも開けばおそらく罵倒と呪いの言葉を際限なく言いそうだったのだ。#名前2#さんは元からアホな人だったのでそれを今になってとやかく言うことは無い。やっぱりこの人アホなんだよね、という気持ちが薄氷のごとく心を覆い尽くし、苛立ちがそこにヒビを入れて叫ぶことでその氷は一気に剥がれ落ちる。 #名前2#は耳を少し塞ぎながらもその叫びをちゃんと聞いてくれるので今まで特に困らなかったがこの相手にはそんなことは出来ない。見習いにされた、と言っていたが感覚からして呪いというよりも封の感が強かったのだ。それをこの男は自分で何とかするのではなく、呑気に処遇を待とうとするなんて。苛立ちばかりが心をくすぐり頭をぐらぐらと沸騰させる。少しばかり目が陰険になってしまったがそれぐらい許されるだろう。 「知らないよ、そんなの」 蛍丸はそう言うと菊池に何も声をかけずに部屋を出ていった。背中に背負われた大太刀はカシャンといつもより重い音をがなりたてた。 スパン、と力強く障子が開けられる。部屋には連日夜戦に繰り出していた愛染が布団に寝そべっていた。顕現されたばかりの明石も付き添うように寝ている。 ふっと気を緩めて蛍丸は部屋の中に入った。 「ん? んんー、蛍…」 「明石、邪魔」 「そんないけず言わんといてぇな」 「俺、今怒ってんの」 いつもはのんびり屋で自分のペースをよくも悪くも崩さない蛍丸が怒りを溜め込んでいるとは。明石は驚きと共にすらっと愛染の横をどいた。愛染はいつも#名前2#にもらった抱き枕を愛用しているので片側しか彼とくっついて寝られないのだ。蛍丸は刀と帽子を部屋の隅に置いて布団にねそべった。 蛍丸はこの本丸で大きく変えられた、と思う。他の本丸での自分はその小さな体に見合わない大太刀を振り回し、自信に満ち溢れた背中をしている。ただ、それは愛染国俊が彼の隣にいることを選んでくれたからこそ、と言える。明石がいない日々での支えは彼だったのだから。 とは言ってもそれは愛染が蛍丸を歓迎してこその話でありこの本丸での愛染は少しばかり卑屈さが目立つ存在だった。愛染は無自覚でその卑屈さを披露する。山姥切が教育係をしていた、というのもあるだろうが元からのモノもあった。本霊である愛染国俊が蛍丸と明石国行に無意識に卑屈さを覚えていたのがこの本丸での蛍丸と愛染が仲良くなれない理由でもあった。 朝起きて歯磨きをしていたら、庭で叫ぶ声が聞こえた。恐怖の雄叫びではなく、あまりにも楽しくて声がのどから零れたそんな声だった。だがしかし突然の声にびっくりするのは人間として当たり前のことで、刀剣男士という器になっても菊池は驚きで歯磨き粉をだらりと口からこぼしてしまった。 「どうしたんすかね…?」 とにかくうがいをしてから廊下に出てみた。ツルツルの廊下には短刀たちらしき足跡があった。汗と脂のついた足跡だ。自分たちの本丸では掃除こそすれど脂が一目で分かるほどにはしていなかった。男所帯だから、と言ってはそれまでだがこの本丸のキレイさは潔癖症のような感じもしてくる。蛍丸などはそーいった強迫性障害を持っていそうだ。昨日は結局疲れていたというのに眠りはなにかに妨げられて目には薄らと隈ができていた。自分の集めた刀剣たちには徹夜など出来ない、と豪語するほどによく眠っていたのだから当たり前といえば当たり前だが。 「あ、菊池さん!」 「おはよーございます、菊池さん」 「おはようです!」 叫んでいたのは後藤藤四郎と、五虎退、そして今剣だった。この本丸では刀派関係なしに仲良くするのが常らしいと知ったのは昨日の夕飯を見てからだった。急かしい和泉守とマイペースな江雪がまさか2人で組んで青椒肉絲を作ると思わなかった。ピーマンは少し焦げていて肉は硬めな気がしたが、#名前2#さんたちは気にせず噛み進めていて菊池も無理矢理飲み込んだ。うまいとは思わなかったが、和泉守や江雪が申し訳なさそうにしていたのでいつもこんな感じなんだろうなと思っていた。 「あー…えっと、…何してるんですか?」 「鶏の世話だぜ、菊池さん!」 「いっしょにきますか?」 今剣が指さした先にはそれなりに大きな鶏小舎があった。実物は始めて見る。 「でかいっすね…」 「あはは、あれくらいじゃあ中堅サイズだな。うちはこの本丸ぐらいて食べる分しか育ててねーからあれくらいで充分なんだよ」 「大きいところは、馬小屋と同じくらい…です」 「へー…」 「いっしょにたまごとりますか?」 「えっ、いいの?」 鶏小舎の中に入らせてもらうとたまごを産むものと鶏肉になるものとで分かれて飼育されていた。過密飼いではなく広々とした仕切りで育てられているので部屋から追い出して1羽ごとにカゴで捕まえてから寝床をのぞいてみた。むわっと臭さが鼻についたが、そこにはツルツルとしたやつやザラザラな表面の卵があった。 「おっ、あるな」 「たいりょー! たいりょー!」 「鶏さん、ごめんなさい…。ありがとうございます」 「す、すげー……」 産みたてが美味しいと聞いた事はあるが実際に見るのは初めてだ。落とさないように慎重に両手で持ったら今剣は「おそいですよー」とケラケラ笑いながら倍のスピードで五虎退の持つ籠に入れていく。今日の朝ごはんはこの3振りで作るらしい。 「今日の内番発表するぞー。近侍は三日月。世祖につくのは薬研だな。えーっと、手合わせは物吉と明石。明石、お前サボるなよー。 飯の方は今剣、後藤、ゴコだな。オムライス美味かったぞ。 畑と田んぼは蜻蛉切と一期…あと適当に誰か手伝えよー。 家畜は燭台切と大倶利伽羅だ。前みたいに逃がして牛を骨折させるんじゃねーぞー。 一番隊と遠征部隊は張り出しとくからそれ見て行動しろよ。終わったら手合わせその他に参加してよし。解散!」 蛍丸は朝餉を食した後、菊池を引っ張り玄関先の梁につけられたタブレットを見に行った。張り出す、と言っていたから紙かと思いきやまさかの端末だった。蛍丸は慣れたようにパッパと確認してから「今日は何も無いから手合わせのところにいてよ。俺もあとから行くから」と言ってどこかへ行ってしまった。 本丸の母屋は場所が変わっていたが、道場と離れの場所は変わってないらしい。庭に下りて道場に行くことにした。 「やあ、菊池さんじゃないか」 「! 歌仙さん」 「蛍丸はどうしたんだい?」 「手合わせのところにいろと言われて……」 「ああ、明石がいるからだろうね。愛染は今日は遠征だから本丸にずっといるだろうし安心していいよ」 「? 愛染…くんと蛍丸くんは仲が悪いんですか?」 「普通の本丸では仲がよいのが普通みたいだけど、うちはどちらかと言うとぎこちないね。色々あったからね、2人には」 「へー……」 「手合わせなら道場に連れていってあげようか?」 「へ? あ、えと多分大丈夫で、す」 「そうかい、なら気をつけるといいよ」 「え?」 菊池には歌仙の言葉がわからなかったが、道場の入口ですぐにその意味がわかった。扉を開けた瞬間にパァンと音がして菊池の頬にはかすり傷、髪はひと房くらい切られて横にはまっすぐな刀身。 「あ、ごめんなさい!! 敵かと思って思わず…!」 「いいいいいいや、だだだだ大丈夫っす…よ……」 ホントはかなりビビったしちびるかと思いましたけどね、という言葉は恐怖とともに飲み込み、謝罪してきた刀剣男士を見つめる。刀を投げたのは意外なことに?浦島だった。もっと温和そうなイメージだったのだがこの本丸ではそのイメージすらもぶち壊されてしまうらしい。菊池は飲み込みきれなかった恐怖と自分の本丸への帰りたさに涙がこぼれた。 朝飯を食べたあとはのろのろと飯を食べる三日月を待って、お出掛けの準備をする。ラニーニャ現象で現世暑いから、と沖野が教えてくれていたので日焼け止めに麦わら帽子に念のための水筒(スポドリ)を首からかけてサンダルをはかせた。オレンジの花の飾りがついたそれはこの前泥だらけにされて洗濯したばかりなので少し窮屈になったらしいがその文句は洗った山伏に言ってくれ。俺じゃない。三日月にも一応日焼け止めをぬって、俺も同じようにぬる。陸奥を肩にかつぎ、世祖の腰に薬研をさしてようやくゲートにこれた。 「行ってらっしゃい、#名前2#さん。世祖」 「おう、行ってくる」 蛍丸が送り出してくれた。が、そこに一緒に菊池がいないところを見ると早々に仲良くはなれてないらしい。まあ当たり前か、と#名前2#は考えてそのままゲートをくぐっていく。ある意味賭けのように危険なことを菊池にさせているのだが、#名前2#のほうけた頭ではそんなことに気が回らず。世祖の方が菊池を心配しながらもゲートをくぐっていった。彼女たちが政府に来るのは久々だった。 「受付を」 「審神者No.42425」 「……指貫世祖さまですね、ご用件は?」 「沖野さんに会わせてほしい。あと、うちのこんのすけ返してくれ」 「?42425のこんのすけは……沖野さまの元に送られていますね。アポはありますか?」 「ない」 「少々お待ちください」 受付のお姉さんが立って中に入っていった。後ろの壁みたいになってるところはいわゆるホログラムになってて、政府関係者に配られるチップを持つ人だけ中に入れる仕組みだ。最初見た時には感動して「リアルジュマンジじゃん…!」と叫んだりしたのだがもう見飽きた。 そしてなんで沖野はこんのすけを呼んでるんだよ……。はやく返してもらわないと世祖の世話が面倒なんだ……。こんのすけはしごき使ってこそのこんのすけだろ、とかブラック企業みたいなことしてた訳じゃないんだから早々に返していただきたい。 「沖野さまが面会されるそうです。応接室3へどうぞ」 「あざいますー」 #名前2#は簡単に頭を下げると世祖を抱き上げて歩き出してしまう。あわわ、と三日月が追いかけていく姿を受付の女はじっと見ていた。 応接室で待つこと数分。沖野とこんのすけが緩やかに動いて入ってきた。沖野は今日は珍しくシンプルな薄青のシャツとスラックスで、いつにもまして若々しく見える。(といっても沖野の年齢は俺は知らないが。)こんのすけは相変わらずの覆面だったが、世祖には久々だったせいか出会い頭にそのままこんのすけを浮かせて自分の膝元に置いた。 「世祖さま ただいまです!」 「おかーり。んふふー」 そう言って世祖はもふもふの毛に顔を埋めてごろんとソファーに横になった。その光景を見るのは2日ぶりだけなのに何故か久々の感覚がする。沖野はにこやかにその光景を見つめて、ゆっくりと口を開いた。 「今回は悪かったね。不測の事態が起きたようだ」 「菊池のこと、どうするつもりっすか」 歯に衣着せぬ言い分に沖野は肩をすくめて「さあ?」と言ってみせた。 「さあ、って…」 「"乗っ取り報告がね、来てないんだ"。この意味、解るだろう?」 「……」 「……覚えてないって顔だね。まったく、君は相変わらずノーベンか」 「すんません」 「つまり、刀剣男士たちは主が変わったと気づいてないってことさ。見習いの呪具については昨今厳しくなっていてまるで麻薬取締のようだけど抜ける人間もいる。そのキクチって子には運が悪かったとしか言えないね」 「助けられないってことっすか?」 「助けるのは僕等じゃないだろう。彼がしたことには彼が責任を取るのがホンモノの審神者っていうものだろう。子供じゃないんだ」 沖野の言葉に#名前2#は何も言い返せなかった。