彼女が主になるまで
ゴコの頭を洗って、シャンプーを流したあと湯船につっこんだ。 「100数えたら外に出てこいな」 「は、はい…!」 風呂を出てこんのすけにゴコの内番服を用意させた。「そうだ、薬研を連れてきといてくれ。知り合いっぽいし」 「知り合いではなく、兄弟刀でございます。同じ粟田口という派にですよ」 「そうなのか」 こんのすけは、そのままスルッと姿を消して俺はとりあえず部屋に帰ることにした…ら、廊下でアタックをかけられた。 「……?」 サラサラの髪の毛をゴミ屑の紙のように歪ませて顔はぐいっとへの字を描き、その眼は俺の脚から離れないとでもいうように雄弁に語っている。 「…陸奥」 「おお! #名前2#、ようやっと見つけたぞ!!」 「ん、ごめん。ちょっと、色々あったんだ」 陸奥は脱衣所から出た後の話をことかまかに話してくれた。長谷部も世祖を探していたらしく、早々に見つかったこと。本丸にいる刀剣は大広間のような部屋に集まっていたので軽い挨拶だが済ませたこと。世祖の部屋は本当はさっきまでの部屋ではなく離れだと聞いたこと。(さきほどいた部屋は応接室の扱いらしい) 「ここにいる刀剣たちは何人だ?」 「おお、太刀は燭台切光忠だけ。打刀は加州清光に、へし切長谷部。短刀が今剣、秋田藤四郎、薬研藤四郎、小夜左文字じゃき」 「計7振りか…」 世祖の様子からして近侍は1人必ずついていないと危ない。本丸の様子に、ゴコのこともあるし自分は本丸回りの警備をやらなきゃいけないだろう。 1部隊は6振り。ギリギリである。ゴコがきちんと、世祖の刀剣になってくれれば問題はないのだがうまくいくかどうか…。考えることは山積みである。 「……大丈夫がか?」 「あ? ああ…」 陸奥には申し訳ないと思っている。この本丸で、彼のような人の好い刀剣を自分は飼い殺しにしなきゃいけないのだ。胸の奥に強いしこりが残った。 「うう!!」 重い空気がはらわれた。下を見ると、世祖はちょっと拗ねたように「むぅー」と陸奥の着物をぐいぐい引っ張ってた。やめてくれ、陸奥がかわいそうだ。そして、そろそろ降りてくれ。お前さんの体重を支えるのは片足…しかもつま先だけだとしんどいぞ。 「どんやら、主さんはまっこと#名前2#のことが好きなようじゃのう」 「ありがてえんだか、よく分かんねえけどな」 廊下で立ち止まるわけにもいかないのでいったん世祖の部屋へ行くことにした。離れの中は、まあ不思議なもんでかなり現代的だった。なぜここだけ床がフローリングなのか。 「…」 「…」 俺達は黙って障子を閉めて、こんのすけを呼び出した。 「はいはい、およびですーぐぎゃっ!!」 「おい、おい」 「こん部屋は…。のう、ちぃとダメじゃなかと?」 床がフローリングだろうが、ピンクの壁紙だろうがキッチン付きだろうがそれはいいんだ。 「あの天井付きベッドはなんなんだよ!? 今の時代はあんなのが流行か!?」 「ヒエッ!? いえ、そういうわけでは…。あと、天井ではなく天蓋です…」 もごもごとしゃべり、要領の得ないこんのすけを摘み上げて見つめ合う。見つめ合うとは語弊があるか。どっちかっていうと、視線で責めてる。 「うぅ、うううう!!!!」 こんのすけと一緒になぜか世祖も泣き始めた。 「おお、おお。#名前2#は怖くないぜよ~」 どうやら俺の顔が怖くなったらしい。いやぁ、申し訳ない。こんのすけを床に放って世祖に手を伸ばしてみた。世祖は泣きながら腕に飛び込んできて、正直俺の腹にはかなりの傷を負わせた。まあ、自業自得ではあるのだが。 「こんのすけ、この部屋変えるのって自分らでか?」 「いいえ…。言ってくだされば、物品の用意は政府で。本丸の衣装替えは審神者…世祖さまの霊力によります」 「……わかんね」 「……」 「おい、その"あちゃー、わかんないかぁー"みたいな顔はやめろ!」 「そうですね、例えるなら魔法使いの動く城の感じです。お引越し、してたでしょう?」 「ああ。なるほど。じゃあ、この大泣き状態では…」 「無理にございます」 「だよなぁー」 仕方なく本丸に戻って、俺の部屋に行く。元の目的は俺の部屋に行くことだったのにずいぶんと遠回りしてしまったもんだ。廊下をぺたぺたと裸足で歩いていたら、陸奥がちょいっと袖を引っ張ってきた。 「そういや、#名前2#。お前さんの#名前1#っちゅうんは真名なんか?」 「ああ。だが、苗字だけだ。#名前2#っていうのも号でな。沖野がつけてくれたんだ」 「ほぉー」 流れるように嘘をついたが、実際は#名前1##名前2#は俺の真名だったものだ。沖野に勝手に号にされてしまったが……。世祖の方はどうやら真名ではなく、真名をもじった号とのこと。ちなみに、本名は俺も知らない。 そのあとは適当にしゃべりながら歩き続け部屋に来た。さっきまではなかった、"審神者守護"という文字が障子に黒く描かれている。 「おおー!」 陸奥は喜び、世祖は自慢げに鼻を膨らませた。涙でくしゃくしゃな目をしたまま膨らませたせいか、すごい不恰好な可愛くない顔であった。ぶさかわ。 「あ、うん」 これも霊力のなせる技か…。 すごいとは思うものの、世祖と陸奥のやり取りを見ていたらテンションが下がった。自分よりテンション高い奴みるとテンションが下がる法則である。世祖を降ろして、とりあえずダンボールを片づける。 「なあ、おんし。何もんちや?」 背中にかかった言葉は、純粋な興味からのようだった。 「ああ?」 「さっきの戦い方。ありゃあ、何か得体のしれん力が働かれちょったが。刀剣男士がやない、なにかの力」 「……俺も、よくは分からん。ただ、あれが世祖と同じ世界なんだとさ。沖野曰くな」 「…まことか?」 「だから、俺もそこまでは知らねえって。ただそうだとしたら…。この子は、相当辛い人生だったと思うぜ。皆に理解されない、苦しみってやつだ」 世祖は俺達の話など関係ない、といったように座布団のひもをいじっていた。ほこりっぽいのに…。「へっぐしょい!!」言わんこっちゃない。 ティッシュを持って駆け込む俺に、横では陸奥が難しい顔をして考え込む。数秒してバタンと倒れた。文机が動かされてしまい、せっかくの開けたスペースがまた崩れた。 「てっめ…!」 「すまんすまん!! 悪気はなかったがだって! すまんって!!」 「はぁ……。次はねえぞ」 「おお…」 「それで。陸奥、お前どうする?」 「ん?」 「俺の刀として出てきてもらったが…。政府からの連絡だと、この本丸にすべての刀剣を出せっておっしゃってる。例外はない。つまり」 俺はそこで言葉を切った。こんなこと、パソコンを見て話すべきじゃないだろう。 「お前が、ここにまた出てくることになる」 陸奥はほよっと顔をゆがませて、笑った。 「#名前2#は、わしがいらんかのう?」 「なんだ、龍馬のことを気にしてるのか?」 疑問に疑問で返すのはかなり失礼なことだが…。陸奥にとっては核心をつかれたらしく冷えた視線を見せた。「そうじゃのう…。そうかも、しれんのう」と誰に言うでもなく言った。 「さっきの質問の答えだが、俺にはお前が必要だ。だから、言っておこうと思った。俺は、お前を刀としてしか扱えない。俺は審神者じゃないからな。この本丸のような出陣も、遠征も、演練も、何もしてやれないーーと、思う。人として、形をなせるのもきっと今より制限されてしまう。 それだけは、心に知っておいてくれ」 「……おお、もちろんじゃ。それを知ってて、わしはおんしについていくと決めたんやき。これからよろしくの、相棒」 「ああ、よろしく」 陸奥と固く握手をして刀に戻ってもらう。本当に、申し訳ないとは思っている。刀身を鞘ごと握りしめて久々に神頼みをした。 「おい、そこにいるやつ。なんなんだよ、言いたいことあるんならこっち来てくれよ」 障子の前にいるやつはビクッとして恐る恐るこちらに顔を見せてきた。知らない、顔だった。