約束へ向かう三拍子「強制的」「刃物」「変わる」

!虫(クモ)でます  トレイが何かを探しているらしい。何を探してるかは聞いていない。そんな噂があるんだとか。正直噂よりも今は部活のことの方が忙しかった。エサをやっていた試験用のクモがひょこひょことガラスケースの中で動いている。ようやく動けるようになったからと言ってそんな暴れるもんじゃない。でも可愛い。俺と友人のロジャースは二人しかいない昆虫同好会のメンバーだ。なんで消されなかったかと言うとクルーウェル先生やトレイン先生から「授業で使うものを育ててくれるから」援護してくれたというわけである。今育てているコイツもあとでエキスを出すために殺される。その悲しみから逃げるように話しているのかロジャースはトレイの話を止めなかった。あのトレイクローバーだぞ!?というが、どのトレイクローバーもきっと人間だからわざわざ「the」とつけなくてもいい。 「あのトレイの無くし物ってちょっと興味ある」 「俺も興味はあるけど何かって……なに?」 「さあ、俺も知らない」 「知らないのかよ……」 「だって俺の周りも知らなかったし」  トレイ・クローバー。同じ学年同じクラス。俺たちが歩兵みたいに動く寮生だとしたらあいつは…リドルの右腕? 参謀? まあそんなポジションだと思う。  NRCは全寮制で外に出るのも許可がいる。そんなわけで学園内の面白そうな出来事はすぐにスクープとして挙げられるし、寮長や副寮長なんかは半強制的にターゲットになるのだ。ちなみにオクタヴィネル寮のスクープが少ないのは新聞部の部長の鍵アカがあいつらにバレたとかなんとか聞いている。真相は分からないがオクタヴィネル寮ははぼポジティブなスクープばかりなので俺は本当なんじゃないかと疑っている。 「で、あのキマジメ副寮長さん、何探してると思う?」 「えー、ナイフとか?」 「刃物の悪魔じゃん」 「奴こそグレートセブン最弱の刃物の悪魔……」 「だっさ、刃物の悪魔って名前だっせえ!」  悪魔の刃物にしてもだせえぞ、とロジャースが言うのでさらに笑ってしまった。1週間ぐらいこれで笑える自信がある。ロジャースとクモを保管室に戻し(もしくは壁に伝わせるとも言う。)寮に戻ろうかというときに俺は自分が忘れ物をしていたことに気がついた。 「ロジャース、先戻ってて。俺、マジカルペン落としてきたっぽい」 「は?? アホじゃん、待っててやるけど」 「いいよ、そんなのしなくて」  教室に戻るとさっきまでネタにして笑っていたトレイに会ってしまった。具体的に言うとしゃがみこんで探しているトレイの背中に会ったというべきか。NRC特有、男同士のラブハプニングーーということはない。さっさと自分のペンを持って帰ろう。教室の外に向かおうとしたのにぐるりと体が別方向に動いた。え、なんだこれ。俺の検討もむなしく体は勝手に動いていく。これは、きっとうちの寮の……!! 犯人は分かってるのに顔が振り向けない。ぎくしゃくと動いた俺はそのままトレイの後ろに立っていた。ぐいっと腕が勝手に伸びる。トレイが気配を感じて後ろをゆっくり振り向いたと同時に俺の手はトレイの頭に乗っていてわしゃわしゃと撫でていた。ぱっと体の自由がきくようになった。慌てて手を離すとトレイは「???」と変な顔をしてこっちを見ていた。 「ごめん、今のはなんだ、えっとー、あれだ! 前からその髪の毛が草っぽいなとかなんか、そういうあれだから!!」  あとで絶対にラギーとロジャーを殴る。絶対にだ。恥ずかしいことを言ってる自覚はあった。トレイはみるみると顔色を変えていく。真っ赤になってまるでクリスマスカラーである。 「お、おまえ、そういうの急に言うなよ……」 「え、なにが」 「……。分かってねえのな」 「あ、食べようとかそういう気持ちは全くないから。シマウマだけど人の髪の毛は食べない」 「わかってる、わかってるから」  トレイは恥ずかしそうに立ち上がって背伸びをした。何を探したのかと思えばいつも使ってるペンケースのキーホルダーだったんだとか。トレイの言葉を聞く限りそれはキーホルダーじゃなくてチャームって呼んだ方が見つかると思う。魔法の融通が利かないところが裏目に出てトレイは自分で探す羽目になったらしい。トレイにそう教えると彼はまたもや恥ずかしそうにしていた。何も言えない、という雰囲気の彼が今までの印象とは全く違って見えた。 「なあトレイ。また今度、お前の髪の毛撫でたいって言ったら怒る?」 「……まさか」  トレイは笑ってうなずいた。  宣言通り、あのあとラギーとロジャースを殴ったのだがレオナさんに「何やってんだお前ら」と俺も殴られる羽目になった。あの人、なんで寮生のもめごとにだけ首をつっこんでくるんだろう。トレイとはなんとなく仲良くなれたのか……もしれない。向こうは時たま昆虫同好会の集まりに顔を出すようになったし俺もへんに副寮長だからってネタにして遊ぶのはもうやめた。  トレイの髪の毛を撫で終えたときに「もうやめんの」と言われるようになる少し前の話である。