無意味な言語「姿を現わす」「盲目な」「演説」

 その生徒はやけに騒がしい男だった。ユニーク魔法が静寂を司るものだったせいなのか、彼本人はとてもうるさいのである。クルーウェルにくっついてはげらげらと下品な笑い声をあげてイタズラをしかけていた。困った男だ、とクルーウェルはいつも怒って鞭を振るのだが当時のサバナクロー寮では彼の人気も高かった。クルーウェルから#名前2#をかばうこともあったのだ。 「学園長!!! あの男を今すぐ副寮監の立場から降ろしてください!!!!」 「それができないんですよねえ」  クロウリーは優雅に紅茶を飲んでいる。横にある書類のことは無視するつもりらしい。またトレイン先生に怒られるぞ、と思いながらもクルーウェルは黙っておくことにした。自分のことは自分で何ちかするだろう。  クルーウェルはなぜですか!と怒ったが「私、優しいので生徒の自主性を尊重したいと思ってるんですよ」とクロウリーは笑う。それでもクルーウェルの怒りはおさまらなかった。優しいとかそういう問題ではない。#名前2#という問題児には困っているのだ。クロウリーはニヤニヤと笑ったまま「私情で寮監を変えることなどできませんよ」という。 「ぐっ……」 「寮監は仕事ももちろんできますが、何よりその実力がある人がなりますからねえ」  クロウリーは飲み終えた紅茶のカップを見て「おや、ティータイムはもう終わったようですね」と指をひらひらと動かす。仕方ない。クルーウェルは黙って部屋を出た。学園長は当てにならない。何とかして#名前2#に一泡吹かせたかった。  いらだって鞭を片手に歩いていると生徒たちがビックリして道を開けてくれる。クルーウェルはそれをいいことに怒ったような素振りでそのまま突き進んだ。錬金術の準備室にこもりたい。こもってあの男には解けないだろう試験を考えたい。そう思っている時ほど原因というものはやってくる。 「やあ! クルーウェル先生! ご機嫌いかがですかな」  ポムフィオーレにいても活躍しそうなその演説口調の男はサバナクロー寮の副寮監こと#名前2#・#名前1#だった。そしてクルーウェルを困らせる男の一人だ。にこやかにクルーウェルに近づいてきて鞭を持っている手に魔法をかける。痛みをひかせるための魔法だった。気づかなかったが強く握りしめたせいで爪が皮膚に切れ目を作っていた。気づいたとたんズキズキと鈍い痛みを感じる。魔法のおかげで少しは楽だ。部屋に戻ってから薬を塗らなければならない。  #名前2#を見るとにっこりと笑ったままだった。困ったことにこの男は突然姿を現わすことが得意だった。ユニーク魔法を使ってか彼は神出鬼没を自称しているのだ。 「先生、出された課題を提出しに来ました」 「……チッ。見せてみろ」 「ここで出してもいいんですか?」 「ああ?」 「あはは、やだなあ。光を集める薬を作れって言ったのは先生じゃないですか」 「…。完成したのか?」 「ええ。ちゃんと光を集められるかどうか調べましたよ。あとで寮監に叱られましたけどね」  叱られた、と言ってもどうせ彼のことだから気にもとめていないだろう。サバナクロー寮の寮監は#名前2#に対して盲目的なところがある。クルーウェルにはそれも気に入らなかった。こんなイタズラばかりの男になんの面白みがあるのか。  クルーウェルは仕方ない、と準備室に連れてきた。植物園では育てるのが難しい植物や、危険な薬品たちはここにしまわれている。謎の生き物たちも瓶に詰め込まれているので#名前2#はこの部屋に入るといつもニコニコしているのだった。クルーウェルにはイタズラ者のパックが楽園に来たようだ、と唇の端をゆがませて言ったことがある。それを聞いた時#名前2#は「おれ、シェイクスピアの人間っすか!!? 嬉しいですね!!!」と笑った。あの時の笑顔は年相応で可愛かったのに、3年も経つとなぜこんなことになったのだろうか。 「おい、薬を出してみろ」  黒い布袋を用意すると#名前2#は「ああ、大丈夫ですよ。もう包んでありますから」と彼は胸ポケットからハンカチで包まれた小瓶を取り出した。小指の先ほどしかない小さな小さな瓶である。クルーウェルにはその瓶に思い入れがあった。 「おい、それに入れてきたのか」  苦々しい顔をするクルーウェルを見て#名前2#はいつもとは違って貴族のように笑った。 「はい。そろそろお返ししないといけないのかなあと思ったのでご用意しました」  この小瓶はクルーウェルが#名前2#に初めて出した特別課題で使ったものだった。あの時の#名前2#はまだイタズラをするわけでもなく、演説口調でもなかった。一人の少年が一生懸命に考えて答えを出す姿がいとおしかったのだ。だからクルーウェルは彼を目にかけていた。それが……。#名前2#が副寮監として指名されたことで彼は変わった。寮のためと言って彼は自分を殺してしまった。それこそ、彼のユニーク魔法は静寂を使うもの。うまく使われたことだろう、と思う。純朴だった少年はあの寮監が憧れ、信仰するものとして姿を変えてしまったのだ。 「卒業したらどうするつもりなんだ」 「先生のおかげで俺の進路も決まりましたよ! 嬉しいことに、薬品工業の仕事につきます。魔法士ではない人たちを助ける仕事に就きます!」  彼は最後まで仮面をかぶったままだった。この小瓶さえも学園の中に置いてけぼりにされるのだろう。 「先生、お世話になりました」  最後まで、男は静かなままだった。昔の彼とはもう会えないのだろうか。それはなんだか寂しく思う。イタズラ好きのパックではなく、ハーミアとライサンダーのように自分の気持ちに素直になるのではだめなのか。  クルーウェルはそっと小瓶の包みを開いた。ふわり、と光がなくなる。日差しが少し入るくらいの薄暗い部屋になった。目をよくこらせば#名前2#の姿が見える。口を開こうとした#名前2#に「黙っておけ」と先に口にしていた。 「ここは誰もいない場所だぞ。ここでくらい、素直にしゃべっていけ」  #名前2#から、ひひっと昔のような笑い声を聞いた。 「先生、大好きでした。ずっとずっと、前から、大好きでした」  過去形の言葉に体が止まる。#名前2#はもう部屋から出ていってしまった。