平均的な優しさ「偶然に」「手で触れる」「ふたつ」

  見ない間に一回り大きくなっていた少年に、「おとこのこ」の偉大さを感じた。彼はどうにも海に行くたびに俺の知らない顔になって戻ってきている気がする。  診療所を開いたのは父の代からだ。俺は二代目。それまでふわふわな医療知識しかなかったこの島でもようやく専門家が生まれたと言っていい。まだまだガキで馴染めなかった俺と一番最初に仲良くなってくれたのがハイハイで外に脱走する悪癖があったジョニーである。脱走したジョニーを捕まえては家に戻すのが俺の初めての仕事となり、島民たちに受け入れられた経緯がある。ジョニーはもう忘れてしまっているけれど、そういうこともあったのだ。  日に焼けた青年の頬には大きな「海」という字がある。意味を聞いたらoceanという意味で、ワノ国の文字らしい。何でジョニーがワノ国について知っていたのかは分からないが、もしかしたら海にさすらう誰かが教えてくれたのかもしれない。  ジョニーにはピッタリな文字であるが、それを顔に彫るあたりが向こうみずな彼らしいと思った。……それが今日は珍しく、魚のせいでよく見えない。魚を担いでいる彼は少年の時のような明るい笑顔を見せた。 「せんせー、見てくれ。デカい魚が獲れたんだよ」 「おぉ……。すごいじゃないか」 「だろう?」 「ただ、それは素手で触れるとまずいやつだぞ」 「んぇっ」  驚く彼の手を開くと皮膚の厚さがいい方向に働いたのかそこまで大きな被害はなかった。魚をタライの中に入れてもらい、ジョニーを診察室に連れてきた。彼がいると潮の匂いが強くなる。普段は窓を開けた時ぐらいしか感じないそれが強く鼻をくすぐって「ジョニーが帰ってきたんだな」と謎の実感を覚えた。 「こいつは触れたものに気づかれないうちに毒針をさすんだ。ほら、小さな穴がふたつあるだろう」 「あ、ホントだ。うーん、なんか変な感じがするなと思ってたんだけど」 「まあ、体をしびれさせる程度の毒だけど念の為治療しておこうか」  薬品棚から塗り薬を取り出すとジョニーは「そんなんでいいんすか?」と心配そうに言う。 「これは念の為の痛み止めの方だよ。解毒は注射」 「そっかぁー」  ジョニーは興味津々という顔で俺が準備するのを見ていた。昔は注射なんて大嫌いだったのに、人は変わるものだ。血管が太いのでジョニーへの処置はすぐに終わった。毒はあるけれどこの魚の身はうまい。ゴム手袋をさせて皮と針をはぎとり、刺身におろしてもらった。ジョニーも自分の家に帰らないというので診療所の看板をひとまず下げて居住スペースに移った。島民たちに何かあったらこちらに来てくれるだろう。  刺身にはこれだ、と渡されたソースをかける。ジョニーお手製らしいが普通のソースとは違ってさらさらしていてちょっとしょっぱい。 「ん、うまい」 「よかった。美味いって聞いてたから#名前2#さんと食べたかったんすよ」  ぐっ、と言葉を飲み込んだ。好きな人に、そういうことは言うもんだ。診療所でぼんやりと過ごしている男じゃなくて。情けないことに自分は「ありがとな」と微笑むしか無かった。  #名前2#さんにまた伝わらなかった。普通に考えて、漁師が毒のある魚が分からないわけが無い。なのに偶然にも素手で持ってきて毒にあたってしまって、治療を受けているのは、ひとえに#名前2#さんに構って欲しいからだ。それを、この人は気づいているのか。いないのか。きっと気づいてないんだけど。  いつまでこの関係が続いてくれるのか分からない。俺が魚を持ってきて、捌いて、一緒に食べるなんて。他の人にはしてないのに。#名前2#さんだけが特別だけど、この人はまるで気づかない。  ストレートに一緒に食べたかったって言ってみても流されてしまう。ちぇっ、この人の前では俺はまだガキなんだろうか。 「はぁー、美味いなあこの刺身」 「でかいため息で言っても美味しいのか……??」 「美味い。うまいよ」  魚はうまいんだよ、ばーーか。