嘘は薄口


 術師になるために勉強していたんだから、その手の世界がやばいことは分かってるだろうに。彼女は今も貢いでいる。なぜそれが分かるのかと言えば、彼女にはわたしが雇っている呪霊がついているから。口座も見ようと思えばチェックできたしコントロールだってできたが、風俗の仕事は現金前払いなどが多くて稼いだ金をそのまま持って本命の担当に会いにいってお金をほぼ全額使い果たしてしまうのでこっちが管理していても全く意味がないなと思った。
 今では毎日とりあう連絡だけが頼りだった。ぽちぽちと打ち込む度に既読のマークがついて安心する。電話をかけるのは週に一回。ナマエの都合がいいときだけ。
 その一回を待ってずっと携帯を持っているわたしもわたしだが、しょうがない。あの女のことを見捨てられないのだから。
 一度でも自分の体を売ってしまえば、女には「売春婦」というラベルが貼られる。ホストが女とセックスするときにはどんな営業と呼ばれるのか知らないけれど、女はずっと売春婦のままだ。

 ナマエにそのラベルがついたのは高校生と呼ばれる時代だった頃。高専に入ってから1年も経たないときに夜蛾センが警察に呼ばれてナマエの援交がバレたのだった。
 ナマエは怒られていても全く気にした様子がなくて次の日も普通すぎてわたしはナマエが捕まったことも夜蛾センが親代わりに呼ばれて迎えに行ったことも知らなかった。
 ナマエに反省の色が見えないって、夜蛾センは今まで見た中でいちばん怒ってて、五条や夏油もすごいビックリしてた。ナマエだけがふつうに笑ってた。
「あれがさぁ、一番お金稼げるよ」
 若い女の子とお金払えばヤラせてくれるってさぁ、やっぱり夢なんじゃない?
 ナマエはそうやって笑ったあとカバンから退学届けを出して「風俗いくんでやめまーす」とあっけらかんと言い切った。
 ナマエのその後はすぐには追いかけられなかった。夜蛾センに止められてものすごい妨害を受けた。五条たちはあんなビッチのこと忘れろよ、と言ってきたけどわたしはどうしても諦められなかった。
 ある日、疲れた顔した夏油にコーヒー奢るから風俗の噂聞いてきてくんない、と頼んだらものすごい顔でこっちを凝視してきた。
「……ナマエのこと、まだ追いかけてるんだ?」
「そうだけど」
「あの子いなくなったのいつだっけ? 入学してすぐじゃなかった? もう1年過ぎたっけ……」
「ちげーよ、さすがに2ヶ月半はいたしギリ1年過ぎてない」
「ふは、そんな細かい時間まで覚えてるの」
 夏油は「まあ面白そうだからいいよ」と言った。その顔はどうみてもファミレスに五条を連れていく時と同じ顔だったが、文句は言えなかった。そして夏油は報酬を要求してきた。予想していたことだった。
「あいつに関することならお金要求してくれていいから」
「そこまで言うんだ!?」
 夏油は予想とちがってひぃひぃ笑って「いいよ、そんな理由なら。お金は適当にちょうだい」と言ってきた。
 ナマエは夏油と、仲間はずれは嫌だと駄々を捏ねた五条によって見つけ出された。今の名乗りは「ネム」だそうで、ほらと差し出されたパソコンの中にはあの頃とは考えられないくらいに色香をつけたナマエがいた。
 ソープ嬢だってよ。
 五条の言葉が耳から耳へとすり抜けていった。

 ナマエに依頼を出してみたら、向こうはこっちをちゃんと覚えていた。
「えー久しぶりじゃんショーコちゃん」
「うん……久しぶり」
「ゲトーって人がネムのこと探してるって言ってたから、あれーって思ったんだけどね。ホントにうちの人たちだったんだねマジウケる」
「……今も本命いるの?」
「あー、あいつはやめちゃった。なんかさ、女孕ませたとかなんかでホストやめるって言い出して。お前が夢見させてくれるっつーから遊びに行ってたのにさ。まあ、それで今はサブが格上げされて虚無期間のほんめーって感じ。マジのエースじゃないからなー、適当に生きてるよー」
 ナマエは今はソープとチャットレディというものを兼任してお金を稼いでいた。本命じゃないんだからやめればいいのでは、という考え方はナマエにはないようで元サブの男へもそれなりに金を掛けてやっているようだった。
 ケラケラ笑うナマエはあの時と変わらないまま可愛くて綺麗な女の子だった。メイクしてオシャレになって戦いとかそういう血みどろな世界から離れていった彼女は風俗の世界にいるのになんだか眩しく見えた。夜職なのに眩しいとか、本人に言ったら笑われるだろうけど。
 口が寂しくなり飴を用意するとナマエは「あっ!」と可愛い声を出した。客相手に癖になっているような喋り方をしていた。
「まだそのアメなめてるのー? わたしも今も好きだよッ」
「……うん、そーなの」
 あんたに教えてもらったこの飴が好きだったから今も舐めてるんだけどね。口の中でそれは飴と一緒に飲み込まれた。
 わたしもきっとナマエがキャバ嬢とかになったらお金を貢いでいたかもしれない。ナマエがエースになることは嬉しくないけど、お金でナマエが喜ぶならきっと支払う。
 でも、ナマエは多分そういうのを求めてない。
 ホストにハマってるのはただそこに自分の居場所があると思えるからだ。お金払ってその分自分を甘やかす時間つくって、優しい夢を見せてくれる場所がほしいだけだ。そして、それは異性でなければいけない。ナマエに同性のわたしは求められていない。
 時間が来て別れたあと、ナマエと連絡先を交換した。ついでに夏油から貸してもらった呪霊もつけている。
 また連絡していい? わたしが聞くとナマエはニコニコ笑って「いいよぉ」と返事をする。どう足掻いてもわたしはお客さまから先にはいけなくて、ナマエから引かれた線をわたしはただじっと見つめていた。

 ナマエとはその時からずっと連絡をとりあっている。本当にたまにしか返事が来ないものにわたしは縋っている。ホストは羨ましい。男というだけで、ホストというだけでナマエに好かれるんだから。
 わたしはナマエにホストになってほしい。そうしたらわたしだって通ってみせるから。ナマエの前では煙草も我慢するし仕事ちゃんとこなすしていうかナマエにそんな売春婦としての仕事やらせないし性病かからせることだってないから。だから、本当はわたしを選んでほしい。性別なんかでわたしを捨てないでほしい。
 わたしはナマエと同じように捨てられないように必死に携帯を見つめている。お金なんてなくとも、あんたがいればわたしはそれで満足できるのに。
 ナマエにとってわたしはそうじゃないんだよね。