やーい弟を引っ張ってくるしかできない臆病もの
昔のわたしがどれほど馬鹿だったかはよく覚えていて、今でも馬鹿だったと思っているのにどこかあの時の自分を捨てきれないでいた。
わたしは友人から「そんなの買うの?」と言われながらもそれを買った。それはどう見ても原価のことを考えるとぼったくりもいいとこでみんなから「そんなニセモノを」と言われたけれど、わたしには大事なものだった。
チャラリと音がしてわたしのカバンにつけているドラゴンが巻きついた魔剣のキーホルダーに折木は興味深そうにわたしを見つめた。
折木の弟。名前は知らないので「折木のところの弟くん」という呼び方をしているが。わたしが彼と一緒にいるのは同級生だった折木に呼び出されていたからだった。
「それって……」
「はい?」
「! いや、なんでもないです……」
折木の弟はわたしのキーホルダーを見たあと、少しして「なにを買ってるんですか?」と直球で聞いてきた。折木の姉の考えていることが分かっているのか、わたしという人間を怖がっているのか。
わたしは薄く微笑んだ。
「このキーホルダーは関係ないのよ。昔のわたしが欲しがっていたものだったからね、買ってあげたの。あるでしょ? 大人になったら買おうと思ってるものって」
「……はい」
「でも、こんな修学旅行で見られるようなチャチなものじゃないでしょうね。……わたしは、これ。これがよかったの」
折木弟はわたしをじっとみていた。探るような目付きだった。
「……わたしはね、よくあるものだけどお水を売ってるの。これがほんとの水商売ってやつ」
渾身のギャグを言ったつもりだったけれど、折木の弟は笑わなかった。今度はわたしのことを可哀想な目でみていた。わたしは居心地が悪くなって水をしまった。チェーン店といえど、店の中で他の場所から持ち込んできた水を出すのは客としていい印象を与えないことはよくわかっている。
わたしのカバンにつけられているキーホルダーはどう見ても普段使いされるようなものではなかったしすぐに馬鹿にされる代物だった。旅行という非日常の中でついつい買われてしまうようなそんな代物だった。でも、それを人生でずっと大事にしていたバカな昔の自分は嫌いではない。
わたしはなぜ折木に呼び出されているのか少しだけ自覚があった。つまり、わたしが入れ込んでいるそれが「カルト」で「現実に帰ってこい」というのを弟を利用してやろうとしているのではないかということだ。
なぜそこに弟くんが呼び出されているのかは分からないが、わたしはしっかりとこれがカルトであってよくないことにのめり込んでいるという自覚もあった。だけれども、しょうがないのだ。わたしのことをこの現実に引き止めてくれるのはそのシステムだったし、キーホルダーだったのだ。
「わたし、今の生活に満足してるの。ホントに」
「俺にはわかんないんですけど、でも、その水のために周りの人間も犠牲にしていいんですか」
「わたしは犠牲になっていないし……。周りの人は、わたしを拒絶しないからそれが答えなんじゃない?」
折木の弟は何も言わなかった。
姉は弟の自分が言うのも変だが、かなりよくできた人だと思う。そんな姉がこちらに「お願い」とまで言って頼み事をしてくるのは意外だった。
姉という生き物は弟のことをぞんざいに扱って当然と思っているのかと。わざわざ電話をかけて本気の声で「お願い」と言われて「いやだ」と言えるほどの性格はしていなかった。
会った女性はミョウジと名乗っていた。千反田とどこか似ているような、生真面目な性格の人なのだろうと思った。ただその雰囲気に似つかわしくない安っぽいドラゴンと剣のキーホルダーが気になっていた。
「それって……」
ついつい口から出てきた言葉に彼女は嫌そうな顔ひとつせずに教えてくれた。
話をしていて思ったが、この人は本当にカルトにのめり込んでいるようには思えなかった。姉の言い分と彼女の姿はどうにも重ならなかったのだ。
話をしていくうちに、姉がどうしてこんなことを自分に頼んでいたのか分かり始めた。分かりたくなかったがわかってしまった。少しだけわかるのだ、その気持ちは。
自分にとって大切な人が道を踏み外そうとしていると思う時、それが本人にとっては大切なものだとわかっているとき、こっちはどうしたらいいのか分からない。
大切な人だからこそ、こちらの自分たちのいるフィールドに連れてくる方法がわからないのだ。彼女を拒絶してしまえば確かに楽になる。でも、楽になりたくないのだ。そんなことをしてしまえば、もう二度と、話せなくなるかもしれないから。
ミョウジという人は、姉のことなど本当にどうでもいいのだろう。だからこんな風に気持ちを踏みにじることができる。そんな人に惚れ込んでいる姉も姉だが。
「……きみは、お姉さんから頼まれてここに来たかな?」
「……隠しても仕方がないことなので言いますが。あたりです」
「彼女に心配されてるのかな、わたし」
イエスともノーとも言い難い。姉のフィルターを通してみている彼女に向けられている感情は心配なのか、それとも渇望なのか。
「……本人に、言っておいてくれる? 弟に頼むほどの女にはわたしはなびかないって」
彼女の笑顔が千反田のものに重なった。それがとてつもなく怖いものだと思った。