好きって気持ちがなくてもいい
#ガラスの仮面 #姫川亜弓 #非恋愛夢
※作者は2.5次元舞台もふつうの舞台もどちらも好きです。
※作中の思想は作者のものではありません。すべてはフィクション。
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「わたし、2.5次元って好きじゃないの」
彼女は笑顔で2.5次元舞台について語っていた女の前でそう言い捨てた。舞台の照明役という大切な裏方の人間をわざと傷つける言葉を吐き捨てた。周りの人間はざわめいていた。そのセリフにも、わざとらしいその言葉にも。
舞台、芝居は演者だけでは完成しない。たくさんの裏方の仕事もあって初めて舞台の幕はあがるのである。演者だけではその幕をあげる仕事さえもできない。だからこそ、みな関わる人間たちそれぞれを尊重して仕事するのである。
その輪をかきみだした-名前2-に周りはなんと言えばいいのか分からなかった。
そこにコツコツとヒールの音が響いてくる。特徴的な、規則正しい音だった。
「ねえ……。-名前2-さん、それは言い過ぎではないの?」
「あら。亜弓さんはあんな程度のものを舞台と思われるの?」
-名前2-は挑発するように亜弓に視線をやった。
-名前1--名前2-は今をときめく人気女優である。そんな彼女が舞台に立つということで観客は「演技は大丈夫なのか?」という心配と「彼女ならきっと」という期待と、一部のファンは「トラブルを起こさないか心配だ……」と思っていた。
-名前2-は自分の気持ちに対して素直すぎる女だった。というのも、ストレートプレイという言葉に関してあまりにも赤裸々にテレビで語ったがために彼女はものすごいアンチファンをつくりテレビに出ることは許されなくなった。本人はアンチがいることを全く気にしていないのだが、事務所としては大問題なのである。バラエティに出るのは控えて映画やドラマなどの作品にのみ出るようになった。
そんなわけで、彼女がストレートプレイと呼ばれるタイプの舞台に(彼女いわく翻訳劇)立つということはとても、とても心配されるようなものだったのである。
そんな彼女の相棒として共に戦う女を演じるのが姫川亜弓だった。演劇界の天才であり、あの紅天女候補と呼ばれる彼女である。むしろ亜弓ファンは「亜弓さまが主役では無いなんて……!」と叫んだりもしたそうだが、本人のインタビューでは「こういう役も試してみたいんです。女性と恋に落ちる女性というのを」と語っていた。
亜弓は男への恋の仕方を学んだが、女の場合にはそれとはまた違う演技が必要だとも思っていた。つまり、友情から愛情へと変わる瞬間を求めていたのである。魂が惹かれ合う人間を紅天女の前に知っておきたかった。
そして丁度いい、と白羽の矢が立てられたのは「ザ・ラスト・デュエル」というレイプ被害者について語られた翻訳劇だった。原作では男と男の対決をメインにすえていたが、今回の劇では翻案作品として被害にあった女と彼女を助ける女騎士の物語に変えられている。その翻案に世間は褒めも否定意見もそれぞれあったが、フェミニズムというテーマに真っ向からぶつかってきた商業演劇ということもあり話題性は確かだった。
稽古を見る限り、-名前2-はそれなりにうまいと亜弓は思っていた。きちんと、自分の中の「人間」ができていてそれを自身で描ききることに躊躇いがないのだ。テレビで培った「美しい女」のイメージをかき捨てて泥にまみれ血を流し声のある限り恨み言をさけぶ女をみて亜弓は確かに好感を抱いた。この女性を必ず守るという、騎士としての自覚がうまれたのだった。
だが舞台の稽古がおわると-名前2-は途端にいやな女へと変貌する。亜弓はそんな彼女を見ることが嫌だった。自分のライバルである北島マヤとはまた違う「演技へののめり込み」だった。
そして今日も……。2.5次元舞台を見に行ったという感想を話していた照明助手にわざわざ酷い言葉を投げかける。それが彼女のちょっとしたストレス発散であることは分かっている。だが、それを許せるわけではない。舞台の上で好きになった女を、ずっと愛していられるわけではないのだ。舞台と現実はちがうのだから。
「わたしは、ああいった舞台が馬鹿にされるものだとは思わないけれど」
「あの程度の演技力と歌とでお金を貰っているのに? アホらしい……」
「そういう貴方は、自分に実力があると思っているの?」
亜弓の言葉は最もだった。-名前2-は「想像していたよりは上手い」の範疇であり、まだ見ぬお客様に高評価をもらえるかどうかは分からないのである。なのに、今盛り上がっていてなおかつファンのひとりが褒め称える作品をそんなふうに下げた言葉を使うのは演者としてとても品のない行為だった。
-名前2-はかっと顔を赤くさせて背を向けてしまった。足早に立ち去る姿に照明助手は泣きそうな顔で「あゆみざんっっ!」と叫んだ。
「ごめんなさいね、思わず口を挟んでしまって」
「いえ! いえ! 本当にありがとうございます。私たちだとあんな風に言い返すなんてできなくて……」
「でも、なんか意外です。亜弓さんは2.5次元舞台なんて興味ないかと思ってました」
まあ、それはある。亜弓はあまりそういった演劇は見ない。そもそも原作のアニメなどに触れることが少ないし見ている暇がない。見なければならない、という芸術性も本当は感じていない。若手たちの演技やパフォーマンスはバラバラであり、セリフがききとれなかったりこの歌をはやく終わらせて欲しいと思うようなものもある。けれども。観客たちの輝く視線と拍手とアンコールの声を聞いていれば、この舞台はこれでいいのだと思える。
マヤがひとりで劇をすすめたジーナと青い壺のことを思い出す。そう、あれだって本来求められているものと全然違っていたのに観客の気持ちをすべて奪っていったのだ。
「……嫌いじゃないの。2.5次元舞台って」
亜弓は微笑んだ。評価されなくとも、愛されるものがあればその作品はいいものなのだ。北島マヤに、亜弓はそれを教わった。そしてそれがはやく-名前2-にも伝わればいいのにと思った。