不思議、寂しくならないよ

 
 三井寿という男が不良をやめてバスケ部の道へと戻ったという噂は瞬く間に学校をかけめぐった。いや、彼らについて噂をするとどこからともなくヤンキーに絡まれるので女子たちはひっそりとトイレなどでその話を流していたのだが。とにかく、友達が少なく噂にうとい私でさえも知るぐらいにはそれは広まっていた。
 三井くんという男は不良だった。暴力沙汰もあったし、変なやつと絡んでいたという話も聞いている。パチンコや麻雀にも出没していたらしい。わたしはパチンコ屋は分かっても麻雀をどこでやるかは知らなかったので別世界の人なんだろうなと思っていた。のだが。
 彼はわたしの後ろの席になったと思ったらやたらと話かけてきた。
 ――宿題やった?
 ――プリント見せてほしい。
 ――ペンかしてほしい。
 ――昼飯どこで買ってんの?
 いろいろ聞かれる度に私は吃音をならして答えるのだった。三井くんのような男はとても苦手だった。私みたいなつまらないやつにどうして話しかけるのかもよく分からなかった。
 いつも一緒にご飯を食べる友達からは「好きなんじゃない?」と笑われたけども、私にはただただ自然災害のような気がしていた。少女漫画だったならもっと好感度があがるポイントはあっただろう。おそらく。現実はそうでもない。
 彼がそんなふうに私に話しかけてきたのは席が近い時のみだったけれど。それでも怖くて怖くて仕方がなかった。次第に私は担任にとにかく席替えをしてくれるよう頼んだが、学期が変わるぐらいにしかやりたがらないし、三井くんの出席率がいいからという嫌な理由で私の願いは却下されたのだった。
 それでも、三井くんがバスケ部に戻ったということはきつもと私にも何かいい影響がある気がした。なにせ、キャプテンの赤木くんという人がどれほどいい人なのか、私はよく知っているから。三井くんも、赤木くんにしごかれていれば私にちょっかいかけるとかそういうこともないだろう、と。なんとかあの非日常のような息苦しい世界から逃げられるのかな、とホットしていた。のだが。
「なあなあ、ミョウジさん。ここどーやんの」
「はい……。そこはですね……」
 余計にひどくなってしまった。不良の時でもバスケ部に入ってからでも彼は変わらなかった。ことある毎に「ミョウジさん……」と声をかけてくる。朝読書の本なんて自分で適当に選んでほしい。私がオススメするような本なんてまともに読まないだろうに。
 だが、私は友達は少なくバスケ部に知り合いもいない。お宅の三井うんという人に困ってるんですけどどうにかなりませんか、なんて言えない……。

「いや、やっぱりそれ好かれてるよ」
「絶対嫌なんだけど」
「嫌がる素振り……は無理か」
「三井くんとそんなに仲良くないしさ……。断るにしても伝え方? が分からない」
 私の言葉に友人は唸っていたが「まあ、アプローチの段階だしね……。マジで告白してきたり、デートとか誘われたらキッパリいけば?」と言い出した。縁起でもないこと言わないでよ、と返した私は神様に見放されていた。
 放課後、私は三井くんに告白された。
「俺、三井寿は、ミョウジさんのことが好きです」
 俺と付き合ってください、と手を差し出す彼を見て私は彼に断られるという感覚はあるのだろうか、と怖くなった。彼は不良だった。今は違うけれど、確かに、彼は悪い噂がついていた。私にだけ優しいとか、そんな甘いことを考える暇などなかった。
 返事ができない私をみて三井くんは「……怖がらせたか」と聞いてくる。
 こわかった。彼を断って私はどうなってしまうのか。たたでさえ友達も少なくて、高校ではひっそりとこっそりと過ごしている人間だった。他人から陰口を言われていても我慢してきた。三井くんと付き合ってるんじゃないかという噂をされても我慢してきた。
 怖くて、泣きそうで、我慢していたことがなぜかその時になって一斉に押し寄せてきた。
「三井くんが、こわかったの」
「……」
「ごめんなさい、付き合えません」
 私は逃げるようにして教室から出ていった。



 三井くんのいるバスケ部はインターハイに出たがベスト16という結果で帰ってきた。私はそれがよい結果なのかどうか分からなかったけれど、彼を尊敬する不良たちの叫びからどうやら前回の優勝校を打ち破ったらしいことを知った。
 それでも優勝はできなかったのだ。彼らの運命はそこまでだった。
 世の中には、どれだけ願っても叶えられないことがある。人生とはそういうものだ。仕方がない。
 三井くんが私のことを好きだというのは色んな人に伝わっていたらしく、私が彼をフッたとき「どうしてだよ」という言葉をかけられたのは少なくなかった。でも、そんなことに理由なんてない。湘北高校が負けたことに理由がなかったように、私が彼を好きにならないこともまた同じだ。
 ただ、バスケ部の後輩だという二人組には困ってしまった。ミッチーはいい人ですよ、と赤髪の一年生は必死に伝えてくれた。それでも私は三井くんへの気持ちが変わることはなかった。でも、以前のような「疲れる」感覚ではなかった。私が困っている、と三井くんが察したのか二日ほどでその質問の嵐はやんだのだった。
 三井くんの察しの良さがどうして恋愛面において発揮されなかったのか、それはちょっと謎だが、彼も恋愛には夢を見る人だったのかもしれない。
「ミョウジさん」
「………うん」
「勉強教えてくれてありがとな」
「ぜんぜん……。インターハイ、お疲れ様」
「! ああ、あんがと!」
 三井くんとは友達ではない、微妙な関係のままだ。彼から無闇にアプローチをされることはなくなった。その代わりに、というか、普通に勉強を教えてほしいと言うようになった。赤点があるとインターハイに行けないから、という真面目な理由を知ったら断る気はなかった。
 三井くんは私に謝らなかったし、私も彼に謝ることはなかった。三井くんのバスケをする姿を私は結局最後まで見ないで終わった。
 三井くんは怖い人ではなかった。