その燭台は完璧な娘の形をしている


 野薔薇の元にやってきた任務は、ホストの他担から買った恨みが依頼人を蝕んでいるというものだった。ホスト。他担。これらのワードからでも分かるように、依頼人がホストに貢ぎこんでいる女性だと知り、野薔薇はげんなりとした顔になった。田舎に住んでいたのでホストというものには全く縁がない。さらに言えばたかが男にどうしてそんなに貢ぎ、恨みを買うのかもよく分からなかった。
 補助監督がなぜか「すみません」と謝った。向こうがわるい訳では無い。かといって、この依頼人も悪い人ではないのだろう。
「あ、あの……」
「これ、ほんとにやらなきゃダメですか?」
「そう、ですね……」
 ただ、野薔薇にはこのような女性に対して「救い」を与えられるのかは謎だった。

 野薔薇の前に現れた女性はまるでどこかのお嬢様のようなスタイルのファッションでこの人が自分の体を売って金を稼ぎホストに貢いでいるなんて言われても絶対に信じなかっただろうなと思った。
 この人がホストに貢いで、ほかの人にマウントとって恨みを買ったの? マジ? あんぐりと開いた口からそんなことを読み取られてしまったのか、依頼人は「ホスト好きな人間は、みんなこうやって綺麗なカッコするんです」と笑った。嘘か本当か、ホストには縁がないし行きたいとも思わない野薔薇にはよく分からなかった。
 ただ、歌舞伎町で待ち合わせをして、彼女があらわれた瞬間周りの人間の目の色が変わったので「そういう女」として見られているのは肌で感じ取れた。
 カフェにでも行きましょうという彼女に、話しかけようとする男たちもちらほら居たがどう見てもナンパとかスカウトのようには思えなかった。
 チェーン店のカフェに入ったあと「今の人たちって……」と思わず質問をしてしまった。任務には関係のないことなのについ。
「外注に会うのって初めてですかね……。あ、でもお若いからたしかに……」
「ガイチュウ」
「いまは客引きとかできないから、そうやって請け負った人たちがいるんですよ」
 わたしの仕事もそうやってまわしてもらうことありますし、と言う彼女はセックスワーカーとしての経歴がそれなりに長いのかもしれないと思った。これ以上の深堀はやめよう、と呪いの被害について話を聞くと「わたしは怖くないんですけど。彼の方が怖がっちゃって」と言い出す。
「彼?」
「はい。ホストなのに女の怨念が怖いとか今更なのにね」
 話をちゃんと聞いてみると、依頼人の女はどうやらホストの男と同棲をしているらしい。でもお店にはいくんですよね? と聞くともちろん~と笑って返された。
「そういう関係性なんですよ、エースとホストって」

 家に案内されると、中は想像以上に呪いの巣窟となっていた。補助監督が男だったために「彼に申し訳ない」ということで中に来たのは野薔薇しかいない。
 中にあった呪いに関しては随分とお粗末なもので、この空気の淀みは本当に恨みつらみを重ねてできたもこのだと認識させられる。お粗末なものだがとにかく量が多いのだ。
 彼女いわく、ホストがスピリチュアルで売っているのでその分他担の女もそういうものにハマりやすいんじゃないかということだった。
 まるで自分は違う、という素振りの女に野薔薇はなんとなくトゲのある口調で返した。ここにあるものひとつに力は少なくとも、溜まれば害あるものだ。きっとホストだってそれは分かったのだろう、本能というもので。
「……あなたは、うちを知ってるくらいだけど信じてないんですか?」
「知ってますよ。でも、見えないものはいないものも同じだから」
 この女とは合わねぇな、というのが正直な感想だった。依頼人は野薔薇の藁人形を見て「こういうのって自作なの?」とからかうように笑っていたが一通りの仕事を終えたと分かると「それじゃあ帰ってもらえる?」と野薔薇を追い返すようにつっけんどんに言った。
 補助監督は苛立ってエレベーターをおりてきた野薔薇をとっ捕まえて「無事でしたか!?」と慌てて聞いた。
「無事もなにも普通に終わらせてきましたよ」
「そ、そうでしたか」
「なんですか……。もしかして、あの人が本当はあの部屋の住人じゃないとか言い出しますか?」
「そんなことはないです」
「はぁ」
 ただ五条さんから「嫌な予感がする」という連絡が入った、と言われ野薔薇は我慢していた堪忍袋の緒がきれた。可愛い一年生をそんなめんどくさい事件にひとりで突っ込むんじゃねぇ!!


 この話のエンドロールは突然にやってきた。ある日、野薔薇がチェックしていたSNSでホストが昼間から飛び降りをしたというニュースが話題をかっさらっていた。
 どう見ても自殺には見えないような捻れたホストの写真がアップされていた。すぐに野薔薇はスマホを閉じた。グロテスクなものに心がやられたわけではない。呪術師として今の画像が一体どういう意味を持っているのかが分かってしまったのだ。
 あの依頼人は、きっと我慢ができなかったのだろう。呪いの写真はSNSで拡散され、ホストという話題にひっかかった人間たちを伝播することだろう。そうして、目当ての人物を殺しにいくものだ。
「……勘弁してよ」
 野薔薇は、実際にあるものをもとにその呪いを伝って持ち主へと送り返すことを技としている。今回の事件は野薔薇は対応する術を持っていなかった。
 そしてあの女は、きっと野薔薇の技を見極めてわざと実行したのだ。
「見えないものは信じない」
 野薔薇が見せた技だけをほんとうに信じきって彼女は実行したのだ。脳裏であの美しい女が笑っていた。