いつか交わる日が必ず来る


 マーティおじさんの口癖は「This is heavy.」だった。小さかった頃のおれを抱き上げては嬉しそうにそう言っていた。ママは「また成長したってことね」と笑っていた。
 マーティおじさんは世界的に有名なミュージシャンで、おれと彼の関係性は叔父と甥ということになる。そう何度も会えるわけではない…… と世間は思うだろうが、おじさんは故郷であるヒルバレーが好きなのか何度もこの場所に帰ってくるのだった。
 マーティおじさんの口癖はもうひとつある。「My Doc would say this.」
 そのドクという人が誰なのかは知らなかったけど、おじさんの大切な人で口癖としてすぐぱっと出てくるくらいには大切な人なんだなあって思った。ドクは目が大きくてもじゃもじゃの髪の毛をしていて天才発明家だったんだって。おじいちゃんよりももっともっと年上だったって言うからお墓はどこなの、と聞いたらマーティおじさんは悲しそうに笑ってた。
「お墓はないんだなぁ、それが。おれが消したあと、ずっと置いてない」
 今思うとあのときの話を聞いていたおれは幼すぎてマーティおじさんの心に寄り添うことはできなかったわけだが、マーティおじさんにとっては語るだけでもよかったのかもしれない。ドクという人物が生きていたことを伝えられたら、それで。


 ある日、いつもの様に病院に向かおうとしたら入口のところで知らないおじいさんに声をかけられた。まんまるな目に、ぼさついた髪の毛、そしてちょっと風変わりな格好をしているおじさんだった。しかも持っているのは携帯じゃなく、なにか薄い板みたいな金属だった。
「なぁ、ここにマーティンマクフライがいると聞いたんだが……」
 マーティおじさんのいつもの熱狂的なファンだろうか。また病室まで追っかけられたらたまらない。おれは素知らぬ顔で「さぁー、聞いたことないですね」と笑う。「そうか……」とおじさんがションボリしてしまうのは可哀想だった。その可哀想な姿がどうにも頭から離れないまま、おれは1階にまで降りてきたエレベーターを放置してまたエントランスまで走っていた。おじいさんはぼんやりと空を眺めてまだそこにいた。
「おじいさん!!!」
 おれが急に大声を出したもんだからおじいさんは肩をはねさせて「あれ!? おいおい、どうしたんだ君は!!」とおれと同じくらいに大きな声を出した。
「おじいさん、マーティおじさんに会うのなら!」
「いや、いいんだ!! もう時間が無い!! だからこれだけ、これだけ奴に渡してくれ!! 君ももう早く行け!! 時間がないぞ!!!」
 おれは言われるがままにおじいさんから放り投げられたものを受け取ってマーティおじさんのいる病室へと走った。マーティおじさんはたくさんの音楽と楽しさとを世界に届けすぎたから、喉の病気になったとかで今日は手術をする日だった。もしかしたら今日がしゃべれる最後の日になるかもしれなかった。
 扉をあけたとき、マーティおじさんはおれを見て「来てくれたのか!」と快活に笑ったあとおれの持っていたものを見てケタケタと笑い始めた。薄汚れたシャツと、なにかの……なんだろうこれは。小さめの望遠鏡??
 おれにはよく分からなかったが、マーティおじさんは笑っていたのに段々と泣き始めていた。
「お、おじさん?」
「ドクに会いたい……。会って話したいことがまだ沢山あった」
 おれはその時ようやくあそこにいたおじさんがドクだったのか、と思い至った。やばい、まだ入口にいるかな。慌てて窓の方に駆け寄ったらバタバタとなにか変な音が聞こえていた。
「マーティ・マクフライ! 君の未来はまだ続く、大丈夫だ、恐れるな!」
 それは先程のおじいさんの声だった。どこにいるのか分からないけれど、確実だった。マーティおじさんにもそのゴーストの声は聞こえていたようだった。高らかな笑い声は段々と遠くなっていく。マーティおじさんはまた泣いていて、おれはわざと後ろを見ないようにしていた。