「どうして思い出してくれなかったの?」
ある日、あなたに突然見えるようになった女の子は「サヨ」と言った。
サヨはあなたが新しいお父さんと仲良くするのは嫌だと泣いていた時に突然あらわれてお父さんを食べてしまった。ぎゃぁ、という叫び声をあげてお父さんはその後空中からひょいっと落ちてきた。
新しいお父さんはなぜか髪の毛が真っ白になっていて、あなたに触れてくることはなくなった。あなたはおっぱいもおしりももう触られないし、お父さんと一緒にお風呂に入らされることもなくなったし、抱きしめておまたのところをモゾモゾされることもなくなったのだと分かるまでに時間がかかった。
お母さんのために我慢しなくてもいいのだ、と気づいた時にあなたは喜びで涙が出そうになった。
あなたはお父さんとお母さんが仲良くしているのを見て元気になれた。あのお化けは本当に怖かったけれど、あなたに対して攻撃をしてくることはなかった。
また会えたらお礼を言おうと思っていたところ、その機会はすぐに訪れた。あなたがプール用男子更衣室に閉じ込められてしまったときに、あのお化けはまた現れた。あなたのことを包み込み、目を開けた時には女子トイレの個室にいた。あなたはおそるおそる扉を開けた。外には誰もいなかった。
ありがとう、と呟いてあなたは教室へ戻った。教室ではあなたをいじめてくる女の子たちがあなたを見てビックリしていた。あなたはそんな女の子たちに何と言い返そうか考えて、言葉が浮かばずに諦めてしまった。あなたが席についた瞬間、地震がきた。東京ではよくあることなのでクラスのみんなは「またか」なんて言っていたが揺れは次第に大きくなりみんな慌て始めた。避難訓練の時のように机の下にあなたは隠れた。あなたをいじめていた女の子たちは運悪く落ちてきたハサミで顔に傷をつくり、またあなたを無視したり嘲笑っていた男の子たちは机に頭をつよくぶつけて血を流していた。
あなたの目にはあのお化けがいた。
最初はほんとにほんとにおそろしいお化けがいたと思っていた。だが、お化けはあなたの前にやってくると可愛らしい女の子の姿になっていた。同じなのか疑ったけれどもお化けはお構い無しに話を始めた。キラキラした瞳。あなたが憧れた真っ直ぐな髪の毛。リボンが揺れていて、ピンク色の可愛い着物を着ている。お姫様みたいだと思った。ヨーロッパとかじゃない、日本のお姫様。
「わたしサヨって言うの! あなたは?」
あなたはおそるおそる自分の名前を言う。サヨは大事そうに名前を呟いた。
「素敵な名前ね……。わたしが呼ぶのがちょっと勿体ないくらい。そうだ、あなた、クリームソーダって食べたことあるかしら!?」
あなたは炭酸が苦手だったのでクリームソーダに限らずおしゃれな炭酸系飲料はすべて経験したことがなかった。サヨは自分が炭酸が平気かどうかも知らないようで「挑戦するのも一苦労なのね……」と悲しそうに言った。
「……一緒に、のんでみる?」
あなたはサヨが物に触れるのかどうかもよく分からないままとりあえず聞いてみた。サヨが嬉しそうに頷くのであなたはお小遣いを考えてから、盗まれたり捨てられたりした時用に文房具類を買い溜めしてお金がないことに気がついた。
サヨは愉しみにしているのに。あなたはいろいろ考えて、帰り道にあるスーパーへ行って炭酸飲料をペットボトルで買った。サヨにクリームソーダをあげられないことを謝罪すると、彼女はなぜか涙を流した。
そんなに飲みたかったのかと焦ったあなたは「お母さんにお金借りてくる……!」といつものように言ってしまった。いじめっ子たちに対して口癖のように出してしまう言葉だった。サヨはそれを聞いてまたぼろぼろと泣き出した。
「あなたが、あなたが幸せになってくれないと困る」
「ど、どういうこと……??」
「わたしに対して誤魔化したりしなくて、わたしのために考えてくれて、でも、わたしはあなたを助けに来るのが遅くなっちゃったから」
サヨの言っていることのほとんどが嗚咽でよく分からなかったが、あなたはこのままではまずいとスーパーから飛び出して駐車場の端っこへとかけた。体育の時間で走るよりもすごく速く走ることができた。
あなたはその嬉しさもあいまってサヨに「わたしいま、すごく速く走れた!」と言ってしまった。サヨはぽかんとした顔になったあと笑顔になった。
「昔から速かったわ、あなた」
あなたが知っている限り、クラスでは下から数えた方が早いくらいのタイムだった。あなたは照れたように笑った。
あなたが高校生になる頃にはもうサヨは狂骨という妖怪であることや、あなたには前世があること、サヨと前世の自分は仲が良かったことを聞いていた。前世のあなたは働き者だった、と言われてお姫様ではないことにがっかりしたが今こうしてサヨに会えたのだからまあいいかなと思ったりした。
あなたには高校に入って、恋愛的な意味で気になる人ができた。水木というひとつ上の先輩で、同じ放送部に入っていた。水木は内申点のため、というスタンスを崩さなかったが力量は確かであり、あなたは憧れていた。
サヨはあなたの憧れの男を見るや否や「あの人はやめましょう」と呟いた。感情のない顔つきだった。
「あ、あの人も、前世で関わってたの?」
「……そうかもしれない。ごめんなさい、わたしも、わからないの」
サヨのそんな複雑な表情は初めてで、あなたは何も言えなかった。
サヨと一緒にいた年月と、水木との恋愛を考えて、あなたは後者を選んだ。水木に告白をしたのだ。水木は「ごめん」と言う。
「……好きな人がいるんですか」
あなたが聞くと、水木はへんてこりんな顔になった。
「昔から、霊感みたいなのがあってさ。見えちゃうんだよな、色々と。……君に取り憑いてるものは、俺になにか言いたいことがあるように見える。でも、我慢してるみたいだから。この告白ってそれじゃぁ一体なんなのかって思っちゃうし」
あなたはサヨのことを見られなかった。あなたはサヨの気持ちを踏みにじったという自覚があった。でも、前世も関係なくあなたは自分の人生のことを信じていたから水木に告白したのだった。
「サヨ、言いたいことがあるなら今のうちだよ。……ちゃんと、伝えるから」
サヨは少ししたあと一言つぶやいた。
―― 。
あなたにはその一言がサヨの人生を詰めた言葉だと思った。そして水木の答えはあなたに向けた言葉と同じだった。
あなたは水木とは付き合わなかった。それで良かった、なんていう恋の折り合いはまだつけられていない。きっと水木の放送に心を動かされるだろう。
水木とはいい関係のまま終わりたいと思っているし、あわよくば卒業後も連絡をとれたらいいなとは思っている。ただその目的は恋のためではなかった。あなたに取り憑いたまま、どこかにいる不幸せな女の子を助けているサヨのためだった。
今度は、あなたがサヨを助ける番なのだ。