当たり前のことをして生きている


 あのダフネと一緒に買い物に出かけるとなったとき、わたしは何のジョークかと思って「どこへ行くつもり? 墓場とか?」と返してしまった。なさけない返事だったのにダフネはへらりと笑って「あなたとの墓場なら行きたいわね」と返してくれた。
 わたしは彼女の墓場にまで邪魔をするつもりはなかったけれど、ダフネはぐっとわたしに抱きついて「そうなったらいいのにね」と笑っていた。わたしにはそんな大それたことはできない、と言ったらダフネは苦笑いをうかべた。

 女の映画監督というものは、中々に世知辛いものがある。映画は男社会の歴史がはびこっているからだ。いや、たかが百十数年程度の歴史だけれども。それでも、男たちは「自分のモノ」という意識が強かった。
 ダフネとわたしはそんな世界に中指を突き立ててやり、ふたりしてバッシングを受けて、仲良くなったのだった。ふたりとも性的暴行が「映画のため」という理由でまかり通るのは絶対に許せなかったのだ。
 だが、わたしたちの考えは似ていてもわたしたちの趣味や見た目は全く違っていた。わたしたちが本当の意味で仲良くなるのには時間がかかった。お互いにリスペクトをしながらも、好きなことがあまりにもバラバラすぎたので折り合いをつけるのにかなり時間がかかったのだ。

 ダフネの買い物はとてもパワフルで、わたしはそんなに簡単に買うことはできなかった。しかたがない。自分がどこへそんな豪華な服を着ていくのか全然想像がつかなかったし、わたしは自分にどんな服が似合うのかもよく分かっていなかった。
 いつかレッドカーペットにずんずんと突き進むミシェル・ヨーのような存在になりたかったけれど、心のどこかでそれが叶わない夢のような気がしていた。
 わたしの夫はそんなわたしへのリスペクトと、愛情とをいつも示してくれた。わたしがパーティーなどへ呼ばれるときはいつも彼に示されたドレスを着ていた。ダフネはいつもわたしのドレスを聞いてきて、絶対にわたしよりも美しい姿で仕上げてきた。わたしは彼女に負ける立場で、彼女を輝かせるための道具のようかと思った時もあったが夫もいたので自分の心はなんとか保っているのだった。

 配達の指定をして、ダフネはまた買い物をするのかと思いきや「飲み物がほしい!」と公園にいたサンドイッチトラックにすたすたと走っていってしまう。彼女のそういうところがわたしはとても好きだった。
 ダフネはわたしの分も予約していたのか、わたしが到着した頃には「はいこれ」と手渡してくれた。
 ベンチにふたりで座り、香ばしい匂いをさせたサンドイッチをほおばる。おいしかった。
「ダフネ、わたしの好きな物よく分かったね」
「……そりゃあね!」
 ダフネはなぜか怒ったような顔を見せたあとふっと笑った。その笑顔は彼女のいつもの明るく元気なそれではなくて、涙をこらえたようなそんな表情だった。
「……あなたが、あの人と結婚していて本当によかったわ」
「……何、急に」
 もしかして不倫でもされているのか、と疑うわたしにダフネは「わたしが男だったら、絶対にあいつより先にプロポーズしたのに」と笑っていった。
「……急にどうしたの、ほんとに」
「ううん。ただ、こういうこと楽しんでたら、そう思っただけ」
 わたしは彼女に何も言えなくなった。その熱い視線の意味がなにかも分かっていて、返事をできないわたしを見透かしているようだった。