神様、あなたはどうしているの
死体遺棄ネタです畳む
きさらぎ駅という場所に行った友がいる。というより、行ってくると言われたあと連絡が取れなくなった友がいる。
彼女から聞かされていた「きさらぎ駅への行き方」をふと思い出したのは、わたしが今人を殺してしまったからである。
轢き逃げとも言えない。わたしは事故を起こしたのだった。珍しく関東に雪が降っていた。チェーンはまいていた。それでも急な雪に対してわたしの車はスレッドタイヤに変えていなくて、雪道から突然あらわれた人間を轢き殺してしまった。
なんとか血まみれの雪を近くの場所へと隠し、わたしは死体を車の中に押し込んだのだった。隠蔽したい。わたしの仕事はまだあるし、結婚もしてないし、自分の人生がたかが雪の事故によって壊されるのかと思うととてつもない理不尽のように思えてしまったのだった。
でも、どうやって? ふと思い出したのはあのきさらぎ駅の話だった。
死体を連れた車できさらぎ駅に行けるのかどうか。……無理だろう。わたしはひとまず死体を何かにいれて電車に乗る方法を考えた。死体を処理するスペースなどは家にはない。燃やすのも無理だ。
車庫に入ったあとなんとかスペースを広げた。自転車なんて買わなければ良かった、と昔の自分に文句を言いながらも作業を続けた。
むかし海外旅行へ行くように買っていた大きなキャリーケースは車輪が壊れている。わたしは諦めてそれを使うことにした。ないよりマシだった。死体から洋服と靴とを奪い取り洗濯機に放り込んだ。あとで処分するのに楽な気がした。
髪の毛をハサミで切り取って新聞紙にまとめる。赤ん坊のように丸めた死体をなんとかキャリーに詰め込むとはみ出た首をボストンバッグで隠した。どうせ雑誌の付録で使っていたものなのでハサミで底を開けることに抵抗はなかった。
少し考えたあと、先程洗濯機に放り込んだ洋服たちをボストンバッグに詰め込んだ。そしてわたしは新浜松駅を目指したのだった。
異世界エレベーターのようにわざと電車を乗り過ごし、反対の線に乗るということを繰り返していたらきさらぎ駅へとたどり着いた。
噂に聞いていたように人がいる。そして過去の友人もいた。わたしのことを覚えていないのか、もしくはわたしのことを年上すぎて誰か分からないのか。彼女はわたしに敬語で話しかけてきた。
「ここ、異世界なんですよね……」
「そうそう、まじでやばいところだし!」
女子高生も同意してくる。話に出てきたことがない女の子だった。わたしが知っているのは酔っぱらいのおじさんと、謎の関係性の男女三人組と、年をとっていないままこの世界に囚われている友人のみだった。わたしは彼女たちにバレないようにここに死体を置いて逃げ帰らなければならなかった。
そのためにはこの荷物を置いてでも「逃げる」ことを意識しなければならない。
「ね、ねえ……。そのやばいって、何?」
「! おばさん、迷い込んじゃったんだね……」
「ここはきさらぎ駅っていう都市伝説の異世界で……」
彼女は丁寧に説明してくれた。線路を歩いていくと謎の老人に追いかけられるということ。先にトンネルがあるということ。
「それで……」
「あ、ハルナさん! あの人たちまた外に行っちゃいますよ!」
「やだ、また止めに行かなきゃ……」
慌てて駅舎の外へといく春奈を見ながら「堤春奈」という人物について軽く思い出していた。もう、苗字さえもすぐには思い出せない友人だった。
わたしはスーツケースを線路に放り投げた。酔っぱらいのおじさんがビクリと肩を震わせて「何してんだよあんた!」と叫んできた。
「うっさいわね、わたしは……ここから、逃げたいのよ……」
「はあ?」
スーツケースの中から死体の一部が見えていた。さっき線路から落としたのが悪かったのだろう。男はひぃっと悲鳴をあげていたがわたしはそれを無視して走り出した。
線路では「線路を歩いたら危ないよォー!」という声が聞こえてきたがそれを無視して必死に走っていた。わざわざアディダスのスニーカーをはいてジャージにしたのはここを走り抜けるためだった。
「線路を歩いたら危ないヨォー!」
何度も聞こえてくるその声が近づいてくるのが分かる。ここであの老人は駆け寄ってくる。それは知っていた。
ぐっと勇気をふりしぼり振り返ったわたしは来る時に持ってきていた包丁を老人に向けてぶっ刺した。もう人はひとり殺しているのだ。ここで殺したってどうってことない。
老人の腹にささった包丁は痛いが、自分の未来のためには仕方がない。老人はなにか異音を叫んだと思ったら血の塊を吹き飛ばして消えた。
飛び散った老人の向こうに春奈たちが見えた。まって、とかなにか叫んでいる気がした。そしてその手にスーツケースらしきものが見えた。
どうして? なんでそんなものを持ってきてるの?
「ふざけんじゃねぇよ!! それはここに捨ててくやつだっつーーのッッ!! 勝手に化け物になってりゃいいのよそんなやつはァーーッ!」
トンネルを必死に走り抜けたさきで、わたしは作業服を着ている男に会った。車乗っていきますか? という言葉を言う前にわたしはその男を線路にあった石でぶん殴った。老人の時のように消えなかったので何度も頭をぶん殴り、ぐちゃぐちゃにした。ポケットから車のキーを奪うとなんとか走り出した。
次に目指すのは神社だったはずだ。春奈から聞いたところによればそうだったはず。
ふだんはオートマ車なのでマニュアル車に乗るのは久々だった。ギアを5速に入れて車を飛ばしていたら、突然さきほど殴ったはずの男がふらりとあらわれた。
あの事故を思い出す。わたしがここに来なければならなかった事故のことを。
「ふざけんな、死ねってんだよクソがぁああああァア!!」
男の死体は猛スピードの車に撥ねられて空を舞った。しかし、後ろに倒れたはずの男はばたばたと追いかけてくる。わたしは車のアクセルを踏み続けたが段々とスピードが落ちていくのがわかった。つまり、この世界はそういう仕組みになっているのだ。
わたしはせめても、と車を振り回し道端の木にぶつかるようにして車から抜け出した。あの轢き殺した男はいなかった。
そこからも必死に走った。わたしはここから逃げるのだ。そして、絶対に、この世界から帰るのだ。
神社を見つけて、謎の白い光を見つけた。そこまで走っていけばいいはずだ。わたしは吐きそうになるのを我慢しながらも走っていたが、光のすぐ前に酔っぱらいの男がゾンビのように立ち塞がった。
「邪魔だよ!!」
最後の手段として持っていた塩をぶん投げてみたが伯方の塩はわたしを救ってはくれなかった。ぶるぶると顔をふって向こうはこっちへと近寄ってくる。
「わー、バカバカふざけんな!!」
一か八か、わたしは逃げるのに持っていた車のキーを適当に放り投げた。あれには自分の家の鍵もついているがここから逃げたら作り直せばいいのだ。
後ろから春奈の声が聞こえていた。あの女子高生の声も。わたしのことを心配しているようだった。
「じゃあね!! ハルナ!!!」
白い光の中へとはいったわたしはこれで現実世界に帰れると思った。はずだった。
そこは真っ白な世界だった。いや、夜で、雪が積もっていて、それっぽく見えているというだけ。
寒い。わたしはどこか分からないまま何とか雪道をあるいていく。ただのスニーカーなので雪がしみて痛くてしょうがなかった。
ふらり、と出てきたのは車道だった。それは見覚えのある道だった。
あれ?
車のブレーキ音が聞こえる。そこにあったのは、わたしの、車だった。
「なんで」
叫びそうになっている自分の顔がフロントガラスの奥に見えていた。おい、嘘だろきさらぎ駅。バカバカ、何してくれてんの。
そして交通事故は起きてしまった。