言葉の通りだ夢を叶えに来たよ
眞人という男は、おれが知る限りでは「いちばんこわい人」だった。彼は軍需産業により金をこさえていた家で、自分でそのありがたみが分かっていなかった。
俺たちのような農民の子どもたちが大根飯を食べている横でひとり白飯食べてのんびりしているようなやつである。そりゃあ嫌われるだろう、という話だ。転入初日には車に乗りつけて来たと言うし、喧嘩したと思ったらやつはなぜか頭に大怪我を負ったとかで学校で問題になった。こんな時だからこそ仲良くしましょう、なんて校長は言っていたが周りは「そんなことしていない」と口々に言っていた。あのお坊ちゃんのことだから、適当な場所で転けたんじゃないのかと思ったが真相は分からずじまいだ。
それから何週間かたって、やつは突然やってきた。今度は自分の足で歩いてやってきた。なにか手に持っているものを手慰みのようにいじり続けていた。もちろん周りはそれが気に食わず、また取ろうとしたりもしていたが、おれはその手の遊びは好きではなかった。牧が「あっ」と声を上げた時、自分で作ったパチンコで大将の右手に小石をぶつけた。
「いてっっ!」
「た、大将!」
「大丈夫かよ」
「マサルぅ、もうやめようぜそんなの」
「ナマエ、なんだよコイツの肩を持つのかよ!?」
「こいつ、昔とはもう違うと思うけど」
あの時のようなあの不貞腐れた斜に構えた姿はなかった。牧はまっすぐにおれたちを見て挨拶をしたから。大将のマサルはふんっと鼻息を荒くしてさっさと行ってしまった。マサルの手から放り投げられた真っ白な石のようなものを拾い上げると牧はおれがそれを奪うとか考えていないかのように「ありがとう」と手を差し出してきた。
「……返してほしいのか?」
「返してくれるんだろ」
牧の視線はやっぱり真っ直ぐで、おれは意地の悪い言葉を飲み込んで「今度は自分の服にでも結びつけておけよ」と笑った。
持ち歩いている小さな石みたいなのは、本人曰くお守りだそうだ。ここいらでは見たことがないほどの真っ白な石である。どこで見つけたのか、都会にはそんなものがあるのか。色々と聞いたが牧は「自分でもわかってないんだ」と自分にも言い聞かせるように言うのでおれはそれ以上は聞かなかった。
それ以来、なぜか牧はおれの傍にいたがった。教室はみな自由に座るが、大体席は決まっている。おれの隣にいたのはモズというあだ名ののほほんとしたやつだったのに。牧はモズに何を言ったのか自分の席と交換してやがった。
「よく分からないけど一緒にいたいんだよ」
牧はおれのことを兄か何かのように慕ってきた。それがどんどんと重荷に感じるようになったことを牧は気づいていなかった。
牧がおれの名前を呼ぶ度に、くっついてくる度に、おれの家にまで押しかけて迎えに来る度に、自分の爪を噛んでしまう時間が増えていった。
食事を残した時、親にも心配そうに見られていたが自分がいちばん自分の不調に気づいてしまった。これじゃあダメだ、と思った。
翌朝、家にまで迎えにくるようになった牧をぶん殴った。馬乗りになり、その顔に何度も拳を打ち付けた。どうして、と小さな声で牧はおれに聞いた。転入したばかりの頃の、あの時の牧はそこにいなかった。
「おれは、今のお前は嫌いだ。自分で進む道も決められないお前なんて」
牧はその瞬間、ぐっと拳を握りおれを殴り返してきた。シャツの下にお守りの石を入れているという小袋が見えていた。細い紐で首からさげられているそれは、喧嘩の衝撃からかちぎれていた。
「僕は、……! 自分で、戻ってきた。あそこにはいられない、と戻ってきたんだ……!」
牧に今度はおれが押し倒された。頭にじくじくとした痛みが走る。ぐっと肺から空気を押し出すように牧はおれに体重をのせた。
「お前に、ナマエにはそんなこと言ってほしくなかった……!」
牧の見ているおれとは一体なんだったのか。覆い被さる牧の向こうに、アオサギが1匹ゆうゆうと空を泳いでいた。