愛の小手調べ
おじさんがテレビ局の人と知ってから、わたしは会う度に「モデルの○○さんに会ったことある?」「お笑い芸人の△△って性格悪いの?? ほんとに??」なんてたくさん聞いていた。そのおじさんがなぜ家に来るのか、わたしはよく知らなかった。
ただ、おじさんはわたしのことをめんどくせーって顔をしながら「会ったことねえ、俺たちの仕事じゃ会わねえよ」「極悪だ」とか適当な返事をしていて……あれ、おかしいな、もっといい話をしようと思ったのに。
そんなわけで、おじさん……工藤さんはわたしにとって頼み事しやすいおじさんだったのだった。
授業参観に来てもらえないとあったときには泣いてすがりついて全く似合ってないスーツを着て来てもらったんだっけ。誕生日のプレゼントも必ずくれた。仕事熱心な父親よりもよっぽどわたしのことを愛してくれていると思った。
いつからだったか。おじさんがわたしに教えてくれたのは変な口裂け女の話だとか、笑って現れる幽霊の話だとか、相撲をする河童の話とかだった。わたしはそのお話を聞く度に怖くて眠れなくなっていたのに、おじさんは絶対やめなかった。
そして最後にしてくれたのは、わたしのお母さんの話だった。
「お前の母さんは、いい人だったよ。いい人だったから死んだんだ。俺のために死んだんだ」
わたしは母親が死んだってことを知ってたし、葬式も参加したし、自分の心の中でちゃんと割り切れてるって思ってたのにそんなことなかった。工藤さんの言葉がずっとずっと右から左に流れていって怒りで視界がかっと変わってしまった、
わたしは泣いてないて工藤を殴った。最悪、なんだコイツ。なんでうちに来てるんだよ。なんでわたしに優しくしようとしてたんだよ。ばーか、キモいんだよ、ボランティアで親と顔を同じにしてねーんだよ。
でも、いえなかった。工藤は男だから。わたしは女で、子どもで、工藤が暴力振るったらわたしは抵抗できないから。
「ごめんな」
工藤のその言葉がずっと耳の中にあった。何に対しての謝罪なの。そんな一言で慰めてるつもりなの。バカにするのもいい加減にしてよ。
工藤とはそれからずっと会ってない。
わたしのいないところで、お父さんと工藤が話をつけたみたいで工藤はもうわたしの前に現れなかった。
――――――
工藤とお母さんは大学時代からの友人? とかそんな感じらしいけど、お父さんのあの口調と表情からしてむかし付き合ってたんじゃないかなって思った。
お父さんはわたしを見る度に「ナマエに似てる」と言うけど、わたしは似ているとは思えなかった。わたしのほうが可愛かったし、写真の中のお母さんはまあまあ普通の人だった。
でも成長するにつれて、わたしの可愛さは子どもの時だけあったもので自分の顔はコンプレックスだらけだと気づかざるをえなかった。
夢はアイドルだった。でも諦めた。工藤が「お前より可愛いやつはいっぱいいる」と言ってきて、それもそうだなって思った。
次の夢はケーキ屋さんだった。でも職場体験ですごいクレーマーにぶちあたって、お仕事したくないなって思った。工藤はそんな客殴ればいい、と言ってたけどふつうは捕まると思う。工藤が特別すぎる。
自分の人生に工藤は入り込みすぎていた。それこそ怖いくらいに。
「お前は母さんそっくりじゃねェか」
その言葉がどんな意味を持っていたのか、今となってはとても怖い。おばあちゃんが話してくれるお母さんの話がそのままわたしに降り掛かってくるのがとても怖い。
わたしの人生はわたしのものなのに、母の影が被せられている。大学時代からの知り合いのはずなのに、あいつはどうして。
受験生に土日は無い。いつものように模試を終えて単語帳の発音をチェックしながら歩いていたら急にバンが横に停まった。ぞわりと、嫌な予感がした。
「ナマエ、久々だな」
久々に聞いたその声にわたしはただパクパクと口を開くだけだった。