そこの曲がり角からもう一度わたしたち始めませんか

 立場的には同じである。カテゴリー的には、きっと。ただ、彼女の方が人気だという意味ではわたしたちの立場は同じではないのかもしれない。わたしの動画の再生回数は多くても300回程度である。彼女の動画はいつだって一日ですぐに一万を超える。そしてどんどんと伸び続け、ミリオン達成を祝うコメントがいくつもついていくのだった。それだけ彼女は魅力的で、最高の女だった。彼女の動画にわたしも勇気をもらっている。心を癒してもらっている。けれども、その才能に嫉妬しないわけではない。  聞いているうちに涙が出てくることが何度かある。彼女は歌を歌うVTuberだ。そしてその才能は唯一無二と言われるほど。音楽番組にもVTuberとしてそのまま登場し、スクリーンの向こう側から観客をおおいにわかせた。最近では年末のあの歌番組にも出演するのではないかともっぱらの噂である。  わたしも歌を歌っている。趣味の範囲なので、勉強しているわけでもない。歌うのが好きだったのもあるけれど、ニコニコ動画の歌い手の影響の方が大きかった。歌い手っていいなあ、と思いながら大きくなっていきバイトをして自分でお金を稼ぐようになったときにはVTuberという職業がすでに世界にあふれていた。  わたしは美人ではないし、コミュニケーション能力もあんまりない。歌い手は人気になると露出が激しくなる。しない人もいるけれど、わたしはやっぱりいつかライブをしてみたいと思うし、その時に観客をこの目で見てみたいと思う。そのためには、VTuberになった方がいいと思ったのだ。  だが、わたしには才能もないので人気度が目に見えて数値化できるのであれば0にとても近い場所にいる。0ではない、と信じているのは高評価がぽちりぽちりと送られてくるからだった。その押されているという実感だけがわたしを安心させてくれるものだった。  わたしが彼におくったメールの返信はいつまでたっても返らないのに、彼女にはすぐに返しているのか「めちゃくちゃマメでありがたいよ~」と配信で話しているのが聞こえた。ゲーム配信はその人の素が見られることが多く、好きな動画だった。ゲームをしている相手が、自分も知っている人物であるとわかったのは、彼の方からバラしてくれたからだった。 「俺ね、なんとあのウタさんと仕事ができるようになったんですよ!」  他愛もない世間話のひとつだった。彼はVTuberデビューしたいというわたしの願いを聞いて手伝ってくれた。動画撮影のやり方、配信画面の作り方、Twitterで必要なタグはなにか。会社と契約しているわけではないので、非常に細々としているが準備することは楽しかった。  そうして、今でも分からないことや心配なことがあれば彼にメールを送っている訳だが自分への返信は2週間ぐらい放置されることもざらにあり、反面、ウタの動画にはよく出演している。まあ。まあ、仕方がないことかもしれない。ウタと自分を比べたら月とすっぽんもいいところである。人気度で例えるならば、宇宙とすっぽん。スケールの比べようもない。だから、そう。返信がないとか、彼のTwitterでわたしの動画が紹介されたことがないとか、そういうことを気にしていたらメンタルばかりが消耗していてダメになってしまうのだから。  ウタのデビューは鮮烈だった分、彼女に対するアンチやヘイトのコメントも少なからずあった。ウタの性格は、そんなものにくよくよ悩むことはなかったが、ただひとつ気になったものがあった。Twitterでふと見つけてしまったものである。 「この人の歌はすごく綺麗だし力強いけど、悲しいよね」  わたしはこういう歌い方はしたくないな、とリプライが続いていた。  なんだ、お前。ウタはイライラしながらそのVTuberというアカウントを開き動画を聞いた。歌はどこかの誰かのもの。歌声はそんなに綺麗じゃない。歌い方もまあまあだ。でも、なぜかウタはその動画が好きだった。プレミアム会員になっていたのでオフラインにしていても動画は再生できる。  何度も何度も聞いてるうちに、ウタはファンになるということを覚えた。   いつかCDとか出してくれないかな、めちゃくちゃ買うのに。  そんな夢物語が叶わないことはウタも分かっている。なにせ、彼女の動画の再生回数はめちゃくちゃ低かったからだ。なので、せっせと投稿された動画には高評価ボタンを押し続けた。ファンがいるよ、と伝えたかった。コメントもつけた。ウタの公式アカウントですることは制限されていて、仕方がなく別のアカウントを作った。それは、ウタ自身が「推しに認知されるのはそれはそれでなんか違う」というファンの心理を得たからでもあった。  彼女のTwitterも、フォロー用につくったアカウントで見に行った。あまりTwitterで呟かないので通知がくるようにして。彼女を見つけたあのコメントは、今ではもう削除されておりウタのスマホのスクショにしかない。それでもよかった。出会えたことが奇跡だったから。  本当はウタとして彼女とコラボしてみたいが、彼女は企業でVTuberをやっているものではなくほんとに個人として細々とやっている人である。なかなかコラボレーションのお誘いをかけられなかった。ファンとして、会ったらまともにしゃべれない自信もあった。  彼女が歌を歌う配信以外にもちょこちょことゲームやおしゃべりなどの動画を投稿するようになった。やってみろ、と誰かがおすすめしてくれたらしい。見知らぬ誰かに「よくやった!!!」と声をかけながらウタは動画を追いかけていた。もしかして、ゲームとかなら対戦と称してコラボレーションしやすいかもしれない……! そう思い、自分もゲーム配信をはじめた。ウタは自分の才能をよく分かっている。類を見ないほどの「歌姫」としてウタは君臨してしまった。そこに彼女を呼び出せば、あの頃のアンチやヘイト以上のコメントが募るだろうことも分かっていた。だがゲームならウタは、残念ながら、そう、そんなに、うまくないので。彼女とだってコラボすることが万が一の可能性であるのである。0に近しい可能性のことを考えてウタはにっこりと笑う。推しがすこやかに生きていてほしい。あわよくば自分とコラボしてほしい。ウタはもはや信仰にも似たなにかで彼女のことを推していた。  ある日、中堅と呼ばれるようなゲーム実況の人とコラボすることができた。あまり有名ではないゲームだったが、どうやら彼の実況がおおいに「バズった」らしく、その時にウタの話が出ていたことが関係してコラボ企画にいたったそうだ。  彼はとてもいい人だった。ゲームについての知識が深く、連絡もマメにしてくれるのでこちらとしてもやりやすかった。  ゲーム配信は何回か分けて行われることになり、ふたりの都合が合う日に細かく動画を撮り溜めしていった。  日が空けばその分感覚を忘れてしまうこともあるが、彼のサポートは丁寧で、ゲームの合間にはいる雑談でウタのこともリラックスさせてくれる。こうやって人気をつくっていくのだな、と感心していたら話題はVTuberの方にうつっていった。  俺の知り合いもね、VTuberやってるんですよ。個人だけどね。Vとしての名前が――と言い出した彼は、聞く限り、ウタの推しの中の人をよく知っているわけで。  え、中の人知ってるなんてずるいよ!!  ウタは思わずそう叫んでしまった。