あなたの背を押す追い風となって

Note

百合夢ワンドロで書いたもの。テーマは「おそろい」

 シュリーがこの世界に回帰するまえに、ひとりだけ、たったひとりだけ自分の心をほどく相手がいた。同じ貴族で、ほんとうは男とセックスするのはいやだと泣いてしまうような、弱い立場の女性だった。彼女も夫に見初められ後妻となった人だった。自分と似た境遇だったからか、その泣き顔が印象的だったからか、彼女に対してシュリーは「鉄血のブラック・ウィドウ」という名前も脱ぎ捨てて接してしまったのだった。  フラン。そう呼びかけるだけで、彼女は笑った。初夜を迎えたあと、旦那である伯爵を蹴っ飛ばしたということで彼女はまた世間の的を自分のモノにしたが伯爵は彼女のことをほんとうに、それはもう狂気と言えるくらいに愛していたらしくシュリーの記憶の中では彼らは離婚することもなく罪に問われることもなく結婚生活を続けていた。  シュリーがジェレミーの結婚式の後は別荘へ移動するという計画をはなしたとき、フランはひとこと「羨ましいですわ……」と言った。 「わたしもあなたと一緒に行けたらいいのに」  幼い子どもたちがワガママを言う雰囲気でフランは呟いた。シュリーはそれに簡単に同意はできなかった。それに頷いたが最後、シュリーがこの国を支えるノイヴァンシュタイン侯爵家の人間であることも顧みず伯爵はシュリーを殺そうとするだろうから。 「それができたら、どんなによかったでしょうね」  叶わない夢だということはお互いにわかっていた。フランは「そうね」と笑うだけだった。彼女の笑顔はまるでなにか薄い布を張りつけたようなそんなぎこちなさがある。グウェンに言わせれば「仮面の笑顔」というものらしい。  自分とこの人をどれほど似させれば神さまは気が済むのだろう。信じてもいない神のことを考えながらシュリーは馬車に揺られて自宅へと戻った。まさか、その後オハラに自分の過去をつきつけられるとは思ってもみなかった。      回帰したあと、フランに出会ったのは偶然だった。自分の子どもたちと心を通わせられることを知ったあとバタバタと人脈作りにいそしんでいたので、彼女という浮草が社交界ではないものとされていることをすっかり忘れていた。彼女の方もシュリーがその傍観者たちに紛れ込んだと思ったのか全く話しかけることはなく、嫉妬深い伯爵が彼女を連れてパーティをすぐに出ていくのでおいそれと簡単に話すこともできなかったのだ。  それが。ジェレミーの裁判で、彼女は臆することなくやってきて声を荒らげた。騎士のような格好をした彼女は一瞬誰かわからなかった。 「この場で、性的交渉のなかったことを発表した彼女の勇姿をバカにする者はわが夫にすがってでも罰しに行きます。公平性を信じられないこの場で、彼女の誠意に傷をつけることは断じてあってはなりません」  伯爵はたのしそうにフランのことを呼び、君のためならなんだってできるよと笑っていた。伯爵は辺境の地でこの国を守護する重要な役割の人だ。彼が反旗を翻したならば、この国はあっという間に崩れ落ちてしまうだろう。  男と性交渉したくないと嘆いていた彼女が「すがってまで」シュリーを守ろうとしたという事実がシュリーには辛く悲しかった。そんな自己犠牲は、周りの人間のためにはならない。回帰前にシュリーは存分にそれを思い知った。伯爵はフランのことを愛しているが、それは身を破滅させてまで欲する愛情だ。彼女の自己犠牲とぴったり当てはまり、そして容赦なく削る愛情。  だが、その犠牲にシュリーが救われたこともまた事実だった。心を軽くしたことも。  シュリーがひと仕事終えて礼を言うためにも、と全く会話したことがなかったフランへ手紙を出すとすぐに返事が来た。都にある別荘へ来てほしいというお願いだった。あの伯爵のことを考えるとそれは悪手のように思えたが、このまま拒否するのもおかしいし逃げられない……と行くことを決めた。伯爵の噂は聞いていたのか、メイドたちはせっせとシュリーを着飾ってくれた。まだ十代の少女だというのに、彼女には華美なドレスは着させる機会はあまりに少なく悔しい思いをしていたのだった。  フランはその点、後妻かつ母親という立場ではあるもののシュリーよりはよっぽど派手なドレスを着ていた。それは彼女の個性でもあったが、周りから反感を買うものでもあった。  屋敷へ訪問すると、彼女はいつものような華やかなドレス……ではなくシュリーが普段着るような大人しさをもったドレスを着てあらわれた。  お互いに「あれ?」という顔をしていた。はっと先に貴族の顔を取り戻したのはフランだった。 「お、お呼び出ししてごめんなさいね」 「いえいえ、こちらこそ。その節はほんとうにありがとうございます……」  ブレンドティーなんです、とお茶を差し出される。メイドはあまり連れていないのかフランについているのは髪をひっつめた厳しそうなメイドひとりだった。ここは心して会話しなければ、とシュリーは居住まいをただした。  フランは会話してみれば、昔と同じくたのしい人だった。どうして彼女という親友を回帰後にあとまわしにしてしまったのか、シュリーは少し後悔していた。今回も、すてきな友人になりそうだと思っていたが。フランの方から「わたしがあなたを助けたのは、あなたのことが嫌いだったからです」と言われ自分の甘さを悟った。 「あなたは、とても優しい人だったから。わたしに対しても会話の輪に入れるように配慮しようとしてくれたときもあったでしょう。でも、残念ですが、わたしはあなたのその優しさが辛いです。あなたの優しさはわたしをひとりにさせます」  だから、これが最後のお茶会なんですとフランが言う。ならば、とシュリーは意を決して踏み込んだ。 「それじゃあ、そのドレスは今日の日のために用意してくれたんですか?」  フランは目をぱちくりとさせてふっとあどけない笑みを浮かべた。それはシュリーがよく知る、彼女の笑顔だった。 「本当は。あなたと、おそろいを楽しみたかったんです」  でも、ダメですね。旦那様との約束があるので失敗したけどこれが最後です。  フランの夫がどういう人物かは知っていた。フランが「すがりつく」という言葉を使ってまでシュリーを助けようとしてくれたことがどういう意味を持つのか、分かっているようで自分は分かっていなかった。彼女は、たった一度もお茶会すらしていない相手に対して自分の願いをかえてまでシュリーのことを助けてくれたのだ。 「……あなたの優しさこそ、わたしをひとりにしてしまうわ」  泣きながらシュリーが言うとフランはへにゃりと笑った。 「そんなところがおそろいにならなくたってよかったのに」