よろしい歯並び

Note

失恋夢ワンドロで書いたもの

 おれの最愛の姉に人生で大きな傷をつけた人間はふたりいる。ひとりはヤンキー。もうひとりもヤンキー。残念ながらこのトウキョウという場所は、そういう若い女性を食い物にしてなぶって痛めつけることがよく起きる。しかも、相手が不可抗力だった場合にはなんとなしに許されてしまう世界なのだった。警察は当てにならない、と言いたいのではない。警察よりもヤンキーたちが一枚どころか何枚も上手なのだ。だから被害にあう女は泣き寝入りするのが基本だった。姉も、同様に。  物心ついた時には姉と仲がよかった。姉がおれのことを心底大切にしてくれるのが分かったし、みんなが言う「暴君」では姉は全くなかったのだ。  姉いわく、笑っていればなんとかなると言うが。そうやって笑っていた姉に対して無免許運転の男が事故を起こし、さらにはヨタヨタ歩いている姉をおもしろがってレイプする男がいたとなるとさすがに「笑って終わる」ことはできなかった。  おれはヤンキーになると宣言した時、姉は笑っていた。 「あんたの夢はそうなっちゃうのかぁ」と笑って言うが、おれの夢は元々ヤンキーだったわけではない。さらに言えば、姉のためにヤンキーになったのではない。おれは、おれの復讐のためにヤンキーになった。  おれの入った東京卍會は「女は殴らない」ということをモットーにしていた。おもしろいことに、それは幹部たちによる考えであり下っ端からすれば「この名前を使えばどんな悪事も許される」という免罪符になっているのだった。ねえねえどんな気持ち? と総長に聞いてみたいがそれだとおれの復讐が終わる前に殺されてしまうので諦めた。  公務員になって安定した将来をおくりたいと思っていたが、その堅実な未来を復讐のもとへと変えればレイプした人間が東京卍會の手のものであると分かった。どうやって復讐するか迷っていたがやはりここは突然あらわれて殺しに行くよりも懐に潜り込んだ方がよさそうだと入り込むことにしたのだった。  そうして配属された二番隊で、おれは自分の姉を轢いた男を見つけた。レイプ犯が下っ端なのはまだいい。手こずることなく、うまく処理できるだろうと思っていた。だが幹部はまずい。総長からの信頼がある。おれは作戦を変えることにした。ひとりずつ確実に、ではなく。この組織をうまく使いこなすことを目指すのだ。  ふだんは兄貴分のように振る舞う三ツ谷に、大丈夫ですかとやさしく触れる彼はまだ新人の男だった。たしか名前は長原と言ったか。隊長に対しても物怖じしねぇなと思っていたが、誰にでもその優しさを向けているのか抗争がある度にあわあわとしている男だった。腕っ節は悪くなかったが、どうにも耳が悪いのか周りの叫び声に反応できず相手の攻撃をもらうこともままあった。  しょうがない、と三ツ谷が彼のサポートをしはじめると八戒が案の定うるさくなったが次第に八戒も彼に懐くようになっていた。姉を持つものどうしで息があうのか、八戒と長原はよく会話するようになっていた。最初のうちはよかった。八戒とも仲良くなってるみたいだし、二番隊の中でもうまくやっている、と。  だが、段々と彼の愛情が物足りなくなっているのも感じていた。ふだん自分が甘やかされることが少ないからだと思うが、八戒と自分の扱いが違うということにずるさを感じるようになっていた。  意を決してお前の特別になりたいと言えば、長原はにっこりと笑った。その微笑みがいつもの優しさあふれる笑みでOKをもらえたとそう思った。 「おれ、無免許運転の人間とは付き合えません」  彼が絶対にバイクに乗らないというポリシーは、なぜだったのか細かくは聞いたことがなかった。怖いとか、そういう話だったと思う。  まっすぐ三ツ谷を見ている長原は続けるように「もしそのバイクで人を傷つけた時、責任取れないでしょ」と言った。    おれそこら辺、堅実なんですよ。  心臓がバクバクと鳴っている。目の前の男と、視線が合わせられなかった。