流星群がそそのかす
Note
2019年、漫画5巻までの時点で書いたもの。再録
五条にも好きな人がいる。その人は術師にしては平凡な性格で戦うことに随分と向いてない人だと思った。彼は五条を見るとへにゃりと笑って「お疲れさま」と声をかける。周りからは「あの五条が疲れるはずがないのに」と笑っていたが#名前2#は気にした風もない。いつも通り「お疲れさま」と声をかけるのだった。 #名前2#がこの学校に来た日のことを今でも覚えている。暑くてたまらない、夏の日だった。白い雲と光る青空と、日の光に照らされてさんさんと輝く緑たちの中をやけに黒い男が歩いてきたから覚えている。真っ黒なコートに真っ黒な髪の毛をワックスで塗り固め、黒い革靴をコツコツと鳴らしていた。そして黒の長い傘をまるで刀を提げているかのように腰に差して歩いてきた。やばい人が来たねえ、と五条は思った。分かりやすい武器であるが、傘が武器って何だよと言う話である。変な人が同僚になったな、と思った。 「#名前1##名前2#です、よろしくお願いします」 「五条悟です。えーっと、よろしく?」 知らない家の名前だ。彼もこの界隈では苦労したのだろうか、と思うが奇抜な彼の服を見ているとそんなことも吹き飛ばされる。笑ってやりたい気持ちを我慢して握手を交わした。彼は手袋もはめていて、素肌をほとんど隠したままだった。 彼が素肌を隠したままでいるのは彼の中に巣食う悪魔のせいらしかった。呪いじゃないの?と聞くと#名前2#は微妙な顔をした。彼の頭では説明が上手くできないらしかった。光に照らされると活発に彼を乗っ取る動きを見せる。悪魔なんだから闇夜に動いてほしいよ、と笑って言う彼に何ともいえない苦い笑みを浮かべてしまう。彼の中に居る悪魔がいつ変に進化するとも分からないのだから、滅多なことは口にするものではない。馬鹿だな、この人と思った。だが、#名前2#の見せる子どもっぽい表情は嫌いではなかった。 彼はすぐに他の術師と仲良くなったが、五条を見た時の微笑みといったらなかった。なんとなく、他の人と違う微笑みを向けるのだ。甘酸っぱいそれはいつか置き忘れてしまった青春というものを思い起こさせる。五条は内心、自意識過剰じゃんと自分を叱りながらも「見た、今の顔。俺に向けた顔」と誰かに自慢したいような変な気持ちになった。 結局それは彼の自意識過剰なわけだった。#名前2#はその後、こんな風に五条に話しかけた。相談相手になってくれないか、と。彼は#名前2#の恋の足掛かりにされたのである。それに気づいた途端に今までの自分がどんなに愚かしいことなのか気付いてしまった。そして、そうまでして勘違いさせたこの男が憎々しくてたまらなかった。#名前1#の恋なんて破れればいいのに、と思った。居酒屋に行くと恥ずかしそうに#名前2#が「相談相手になってくれてありがとな」と言うのでイライラした気持ちがまた顔を出す。相談を受けたのは自分なのに苛立つ気持ちの原因を#名前2#に押し付けた。そしてすぐ後で#名前2#は恋人にはどんな顔を向けるのだろうかと思った。あの笑顔よりも、この恥ずかしそうな笑みよりももっと素晴らしいものを恋人に見せるのだろうか。そう考えると腹の中が黒いもやもやしたもので埋まっていく。苛立ちよりももっとおぞましい、嫉妬というものだった。 「で、誰が好きなのさ」 投げやりな言葉をかけてしまった自覚はある。#名前2#はキョトンとした顔を見せてから顔をかっと赤くさせた。酔っ払いでもないくせに! なんていう顔してんだ、と腹の中のもやから声が出る。#名前2#の中にいる悪魔に配慮して明るくない、汚い居酒屋を選んできたというのにその表情はハッキリと見えてしまった。 「あ~~、それは言えない、かなあ」 恥ずかしそうに言う彼に更にもやが溜まっていく。頼んでおいたビールが運ばれてくると、乾杯しようと差し出されたグラスを無視して一気に煽った。 「じゃあ、何の相談だよ!!」 五条にとっては恋心からくる悲痛な叫びだった。自分でも変だと思う。普段の自分ならこんな風に気持ちをぶつけることなんてない。#名前2#は驚いた顔をしていたが、すぐにまじめな顔に仮面を変えてしまった。時間がもったいないとでも思ったのだろう。 「告白のシチュエーションって、どんなものがいいのかな、って」 #名前2#はやっぱり照れたような顔をした。五条に初めて見せる顔だった。がつん、と大きな衝撃を受けてしまった。自分は返事もできなかった。#名前2#は自分のプランを聞かれてもないのにぺらぺらと喋り出す。そんな彼を見ているとやっぱり失恋したんだなあ、と実感させられた。相談などやっぱり断ればよかったのだ。僕だったらこの汚くてうるさくて臭い居酒屋でだって告白されれば一発でイエスを出すのに。そう言いたいけれど言ったらこの友情関係すらも無くなってしまう。べぇっと心の中で口を出しながら薄っぺらいアドバイスを口にした。 「誠心誠意、伝えればいいと思うよ」 ―おいおい、お前、さっさと告白しねえのかよ。 腹の中から声が聞こえてくるというのも変な話だろう。#名前2#はそんなことを考えながら彼の喜ぶチューハイを飲んだ。悪魔と便宜上呼んでいるが、#名前2#も実際にはコイツがどういうものかよく分かっていない。五条に質問を受けた時、正直何と答えればいいのかよくわからなかったのだ。だが、五条は煮え切らない返事にげらげらと笑った。笑い飛ばすしかない、とでも思われたのだろう。#名前2#にはそれくらいで良かったのだ。 そうやって五条を気にし始めたと思ったら恋心なるものを抱いていたわけだが、どうやって伝えようか考えすぎて知恵熱を出した。あの最強と呼ばれる彼に平凡な術師である自分がどうやって告白しようか、と思ったのだ。そうして腹の中に居座る悪魔が話しかけてきた。 ――もう、いっそのこと本人に聞いちまえよ。 それはいい案だ、と思えた。たまにはお前も役に立つなあ、と本気で思った。そして誘った結果がこれである。五条は疲れたような、投げやりのような言葉で誠心誠意、伝えればいいと思うよ、と言った。やっばい、失敗した。そうは思っても、ここからどうやって挽回しようか#名前2#には分からなかった。