檸檬をひとつ買った。昨日読み終わった本に出て来たのだった。題名がそれだった。母いわく教科書に出てくるらしいのだが、兄の高校の教科書をめくってもめくってもそんなタイトルはなかった。おれは瑞々しい檸檬を本屋に置いてみようか迷って営業妨害になったらあいつに怒られるかも……と自分の部屋に持ってきた。がさごそと本を開いて檸檬を上に置いた。写真を撮って彼に送り付けると「何馬鹿なことしてるの」と怒られた。おれは続けざまに本の表紙を写真に撮ってメールした。この本のこと読んでないとでも思った?と厳しい言葉が返ってきた。 雲雀と知り合ったきっかけはおれが並森中と合同練習した時に体育館ではしゃぎ倒していたのを他校生がいる、と襲いかかられたからである。あの時のおれは噂に聞いていたヒバリキョウヤがこの男だと知らなくて、不審者がいる! と叫んだのだった。愛国心ならぬ愛校心が強い雲雀はそれにまた怒りおれのことを捕まえようと躍起になった。おれがブルース・リーに憧れて体を鍛えてなかったら大怪我をして訴えるところだった。骨折、奥歯がとれるなどの怪我はあったものの雲雀と戦ってそれぐらいで済んだのはラッキーだった。結局、雲雀とはそれ以来、なんだかんだと会話をしている。 君は草食動物じゃないみたいだね、と言われたので「そうだな、おれはドラゴンに憧れているからな!」と返したのに「は??」と冷めた声で返したあいつのことをおれは許さない。 雲雀へのメールの返信を考えたが特に言うこともなくなって本を読み進めていたら携帯に電話がかかってきた。兄貴か母さんだろうと適当に返事をしながらとると「本は面白かった?」と声が聞こえた。 「雲雀だ」 「僕だよ。なに、また名前も見ないで電話とったの?」 「おれの携帯の電話番号知ってるの家族と雲雀くらいだしいっかなって」 「よくないでしょ」 よくないのかなあ、と笑いながらおれは本のページをめくった。本を読むスピードはそんなに早くない。いま読んでるところはKの昇天という話だった。とにかく不思議な話で自殺したというKのことはよく分からなかった。 「……ねえ、今本読んでるでしょ」 「おっ、よく分かったな」 「ページめくる音だって聞こえる。僕の耳がいいのは知ってるでしょ」 「雲雀さあ、どの話がおすすめ?この梶井って人の文章難しいからさあ」 雲雀は少し間を開けたあとKの昇天と答えた。ちょうどいま読んでるところだ。いま読んでる!はりきって答えたおれに雲雀はふっと鼻で笑った。今鼻で笑ったよな?おれの確認の言葉に雲雀は返事をしなかった。 「あの話の主人公はKのことをどう思ってたんだろうね」 「え?おれの言葉は無視?」 「無視してるわけじゃない。ただ、友人が死ぬことをどう思ってるかって話だよ」 友人が死ぬなんて想像したくねえなあとおれは言ってるのに雲雀は「僕が死んだらきみはどうする?」と聞いてくる。 「普通に泣くと思うけど」 「死んだ理由までちゃんと考えてよ」 「お前が死ぬのって並森に関することじゃねーの? らしい死に方しそうだし」 「全く。#名前2#の中の僕がそんなにつまらない人間だなんてね」 でもお前が死んだらめちゃくちゃ泣くだろうし先に死ぬなよって怒ると思う。おれがそう言うと雲雀は「あんまり泣きすぎちゃダメだよ。涙は赤血球がないだけで血とおなじなんだから。出血死しちゃうよ」と言い出した。そこまでは泣かないから安心してほしい。
#名前2#は僕が死んだら泣くらしい。その光景はちゃんと見てみたいと思った。死んだら多分それは見られないので死んだって嘘をついてみるのがいいかもしれない。 僕は#名前2#が死んだらきっと泣くと思う。#名前2#の死体を燃やすのも怒るだろうし墓場にずっとくっついてるかもしれない。もしくは、#名前2#が送ってきた写真の小説のように死体と桜の苗を一緒に埋めようか。 ベッドから起き上がって電話の切れた携帯電話を見ながら#名前2#の本の感想を考えた。きっと適当なことを言いながら、それでいて僕に対してほしい言葉をくれる。#名前2#はそういう男だ。 初めて会った時からそう。草食動物みたいな顔をしてたけど、すぐに違うと思った。他の生徒と遊んでるからそういう風に見えただけだ。でも肉食動物かと思うと微妙だった。#名前2#は別に強くありたいわけじゃなかった。ただブルース・リーという男が好きで憧れて必死に頑張っていただけなのだから。よく分からない生き物で「君は草食動物ではないみたいだね」と言ったら「おれはドラゴンに憧れてるからな!」と言い出したような男。ドラゴンはなぜか僕が困ってるときにすぐに会いに来る。僕のことを引っ張り出して笑いかけてくる。 本棚に置いてある檸檬をとってベッドに戻る。僕が死ぬとき#名前2#は泣くらしい。やっぱりその姿を見てみたいから、いつか偽装葬式をやれるように準備しておこうと思った。
君にはずっとぼくにしか分からない理由で好かれていてほしい
あわよくば君もぼくのことを好きになってほしい。
死ぬほど愛する気持ちを実感してほしい。