世界は金と才能でできている

 レオン・ローは自分の過去が嫌いだった。成り上がるまでの苦労を厭うことはおかしいと思うが、あれ程の苦労をしないとこの立場になることが難しいという不平等が嫌いだった。だから、その男に会うまでは上流階級の人間なんてとずっと見下していた。  ある日開かれたパーティーで彼は本物の貴族の男を見た。このご時世に貴族なんて、と思われるが彼は称号を受けた本物の貴族だった。彼は自分が何者にも汚されないと思っているのか白いタキシードで会場に表れた。清廉さを象徴するような白だった。立ち振る舞いも美しく優雅だった。  レオンが彼の前に立たされた時、背の高い彼に見下ろされた。しかしその視線は見下すようなことはなかった。猫背気味に屈んで「初めまして」と声をかけた。綺麗な英語だった。むしろ、堅苦しすぎてこわいほどだった。その音を聞いただけで自分の矮小さを見つけてしまった。心臓がバクバクと高鳴った。レオンはその時真面目に返事ができたかどうか自分ではもうよく覚えていない。ひきつる口許を必死に取り繕った。 「#名前2#と言います」 「……ええ、知っています。サー」 「はは、おやめください。わたしはただの働き者です」  わざとらしい白襟を見せた彼は世間知らずのおぼっちゃんなのだ、と思った。  本当に美しいものを見た時人はどんなことを思うのだろうか。宝石も美術作品も興味が無いレオンには初めての感動だった。あんなに美しい男の傍にちっぽけな自分がいることに耐えられない。レオンは自分を大きく見せることに慣れてしまっていた。だからこそ、小さな自分を認めることも、それに付随して感じたようなあの感動も認められなかった。箱の中に押し込めた。縛り付けて叩きつけた。壊れろ、と何度も願った。だが見事にそれは壊れてくれなかった。なんでだ、とレオンは泣いた。その感動は彼がかつて成り上がるために捨てたもののはずなのに。なぜ2回目は消えてくれないのか。  ある日、連絡が入った。何かと思ったらあの貴族の男からだった。突然の知らせにレオンは訳が分からなくなりなぜか電話をとってしまった。 「やあ、ミスター・ロー」  甘い声だった。それは彼が元から持っているものだ。上に立つ余裕がある者がかける言葉だった。レオンはまた泣きたくなった。彼に触れる度に自分は何か大切なものを失っているような気がした。 「何でしょうか」 「仕事の依頼がしたいんだ。君の警備会社に」 「はぁ……」  個人的に頼むということは何かやましい事があるのでは、とレオンは疑った。しかし男は「折角だからきちんと連絡がしたかったんだ」と言う。そこには爽やかな感触さえあった。レオンはその声のどことなく甘いものを含んでいる理由がなんとなく分かった。 「………」 「ミスター?」 「いえ……何でもありません。お引き受けします」 「ありがとう。でもまだ細かな話はまだじゃないか。無理そうなら言ってくれ」  詳細はメールを送るよ、と彼が言って電話が切れた。レオンは背もたれに体を預け全身の緊張を解いた。完敗だ、認めるしかない。  あの感動は、干からびた心をさらに干上がらせるものなのだ。火が灯ったのだ。きっと自分のことなど何も考えていない、見てもくれない男に焦がれることになるのだ。レオンは自嘲気味に笑った。最悪の気分だった。