白い窓の外、青い海の底

 それなりに学校では有名人だった虎杖はいつの間にかいなくなっていた。それがどうという意味ではないけれど、まあオレの恋心は落ち込んでしまって次の恋に吹っ切れるように頑張ろうと思っていた。事件があったのは何となく覚えている。だが、どういう事件だったのか具体性はよく分かっていない。ひそやかに話されているのは陰謀論めいた言葉ばかりだった。  オレはあの日からずっとその陰謀論に囚われている。変なことを調べ始めたという母と父はオレを見る度に嫌そうな顔をする。なにを頑張ってるんだ学業に専念しろよ、と兄には言われたが急に泣き出したオレを見て黙った。どうしたんだよ、と言われてオレは初めて自分の好きな人がいなくなった理由を知りたいのだと気づいた。じゃあそう思った理由って、なんだ? 理由を知ったところでいなくなった事実は変わらないのに。 「好きなやつが消えたぁ?」 「転校したって言われてる」 「それと陰謀論だか都市伝説だか分かんないものを繋げてるって? 馬鹿じゃねえの、ちゃんと現実見ろよ」 「……うっせえな」  現実は、見えている。オレの調べ物はただの現実逃避だ。  オレはそれなりに悲しかったのだ。自分の気持ちを伝えられなかったことではなく、虎杖がいない生活でもオレはあまり辛くなかったことが悲しかった。自分の恋心と言えるものがほんとうは紛い物だったのではと怖くなった。だからその理由を調べたかった。なにか理由を知ることができたらオレの気持ちも変わるんじゃないかと思った。  結局、たかが男子高校生が調べたところで何か出てくることもなく。オレは早々に大学受験の準備を始めることにした。部活には元から入っていない。バイトと受験と。その二つのことで頭をいっぱいにさせていた。  ある日のこと。オレのバイト先にひとりの青年がやってきた。同い年ぐらいだったのでおそらく高校生とかだと思う。テーブルを片付けていたオレをじっと見ていたので怖かったのだが、注文をとりにいった先輩から「#名前1#、お呼びがかかったぞ。6番テーブル」と言われては行かざるをえない。おそるおそる行ってみると頭を下げられた。 「あの、#名前1#さんですか」 「はい、そうですけど……。えっと、どちらさまでしょうか」 「あの。虎杖の友達で」  虎杖。虎杖悠仁のことであってるだろうか。じゃあ彼は転校先の同級生? クラスメート? なんで代わりに来てるんだろうか。 「これ、渡して欲しいって、あいつに頼まれて」  そう言って渡されたのはずいぶんと昔にあいつに貸していたシャーペンだった。返すの忘れてた! と言われて、長い間放置していた。オレたちは友達ではなかったが、席の近さから貸し借りすることが何度かあった。なぜ会いにこないのか、理由は全く分からないがオレはようやく虎杖と関係が切れたことを実感した。 「ありがとう、ございます」 「あの、あいつ。本当は自分で持ってきたかったと思うんですけど、今体動かなくて」 「そうなんですね……」  なんでシャーペンだったのか、本当によく分からないし今ここで返されるのもよく分からない。 「……あいつ、これ本当に大事にしてましたよ」 「そう、ですか」 「はい。好きなやつともう1回話せるチャンスだからなかなか返せなかったって」  え、と思わず口に出していたオレを見て青年は「……あ」ととぼけた声を出した。 「……すみません、今のオフレコでお願いします」 「えーー」 「虎杖、また会いに来たがると思うんで」 「はぁ……」  今、完全に吹っ切れたところでなんていう爆弾を落としていくんだこの男。青年は気にした様子もなく「注文いいすか?」と聞いてくる。注文は構わないが納得がいかない。